後悔と懺悔、その先へ
『攻略対象者視点』
2人目は、伏見 昂柳 です。
「そこの女子、待ちなさい」
「え~・・」
風紀副委員として、委員長と会議に出た帰り道だった。俺の目の前を横切って行った女生徒が目に付き、いつも通りに呼び止めた。
俺が呼び止めた後も、その女生徒はケータイから視線を離さずに生返事の様な返事をする女生徒に、先ほどの実の無い会議も相まって普段から気を付けている俺には珍しく声も僅かながら威圧があったかもしれない。
「・・・話している相手の眼を見て話すという事も習わなかったのですか?」
「ん~?なんでしょ・・・ぅ?!」
漸く顔を上げたその女性とは、苛立ちを隠そうともしていない俺の顔を見て面白い程にその顔色を変化させた。
まぁ、気持ちも分からなくはない。特に口外などしてなくとも、この学園は俺の家が経営しているという事は当然皆が知っている通り。そして、何度も生徒会から誘われてなお俺が風紀委員に在位する事に拘るのも、特にこだわりがあるわけではないが、この学園を大切にしていらっしゃったおじい様がよく口にされた事と関係があるのかもしれない。
「ケータイを見ながら廊下を歩くとはなんですか、それが事故の元となると分からぬとは・・・その頭は飾りですか?あと、その服装はなんですか?制服はキチンと着なさい。制服の乱れは心の乱れにも繋がります・・・返事は!!」
唖然としたと言うよりは、ポカンとした間抜け面とでもいう方がしっくりくる表情の女生徒は、一気に言い切った俺の強い言葉にようやく我に返り、敬礼でもしそうなほど勢いよく返事をした。
「は、はい!も、もおしわけありませぇん!!」
「はぁ・・・分かればいい。今日は注意だけにします。次見つけた時は大きく減点しますよ、いいですね」
「はい、気を付けます。二度としませんっ」
思わず出たため息は仕方がない事だろう。90度に腰を折ってのあいさつに、俺は「そうか」とだけ口にすると、そのまま女生徒の横を通り過ぎて行こうとした
――――が。
「あ、あのっ!せんぱぃ!」
「・・・?」
呼びかけられたと同時に上着の裾を引っ張られ、俺は渋々ながら振り向いた。
そして、後悔した。
「みさぁ、かきもとぉみさきといいまぁ~す。4月に入学した新入生でっすぅ」
「・・・は?」
初等科・中等科・高等科と制服が勿論異なり、学年によって色分けされたラインが制服に入っているし、シャツもその色に区別されている。現在の高等科3年生は赤色・俺が所属する2年生は黒色・新入生の1年生は淡い青色だ。
因みに現在は5月も終わり新しい月になり、もうすぐで衣替えの時期・・・一応言っておけば、俺はこの学園の生徒を全て覚えているので、この女生徒の事も知っている。
『昂柳・・・僕らのみぃが胸糞悪いビッチな小動物もどきに言いがかりを付けられた』
『心配ないよ。多分誤解だと思うから・・うん、私は大丈夫。気になんてしてないから』
入学して間もないころ、君は俺たちの可愛い魅に何をしたか、そしてその時動いたのが俺だって気づいてる?
魅の・・・あの時、あの表情が――――俺たちの中でいつまでも残っている事に変わらぬ憤りが湧きあがる。
しかも学年など、言わずとも制服さえ見れば一目瞭然ではないか?もし言うとしても組や所属の部活や委員会がこの学校の暗黙のルールになりつつあるのに。
しかし、さっきのはなんだ?挨拶?いや、まさか。幼稚舎に通っている子供ですらもう少しましな名乗りが出来るはず・・・なんだなのだろう、この頭の弱そうな女は。
「・・・C組、風紀委員所属の伏見昂柳です。私は忙しいんです、離しなさい」
「えぇ・・・はぁい、お時間をぉとってすみませぇ~ん」
もじもじと俺を上目づかいで見上げる女生徒の身長は俺の胸の辺りまでしかなく、大きくくりっとした瞳にふわっふわの長い髪をツインテールにしている。
少し頬を染めて見上げてくる様はまるで小動物の様で一般的には可愛らしいと分類されるのだろうが、目の前の上目使いで首を傾げて見上げてくる女生徒を見て居ても不愉快と言う気持ちしか湧きあがってこない。
「え・・あ、あれ?」
謝りながらも一向に上着を離そうとしない女生徒に、俺は上着を引っ張って距離を取ると無言でその場を後にした。
「こ、こぉりゅー・・さぁん?なんでぇ?!なんでみさを無視するのぉ?!ここから会話が、みさのことお姫様ってぇ!」
背後で何か騒いでいる声が聞こえるが、特に興味はない。それどころか、あの女生徒が握った上着の裾からじわじわと何かが来るようなそんな嫌悪感に上着なしではまだ早い季節だが俺はそのまま上着を脱いだ。
季節的に日が傾いたこの時間は少し肌寒い気もするが、それでもこの上着を着て居るよりはよっぽどいい。
「魁の気持ちがわかった気がする」
以前魁もあの女生徒に触られた上着を持って、雑菌に置かされたと顔を顰めていたが・・・こんな気持ちだったのだろうとおもうと、知らず顔を顰めそうになってしまうが、とりあえずここは学校だと自身に言い聞かせる。
『あの女生徒は危険だ。最悪の電波女で間違いないはずだ・・・理事長たちに無理言って監視設備を整えて本当によかったよ。また言いがかりを付けられるかもしれない』
『そうだな。冬弥と響も招集して監視をしてみようか』
俺自身も学校では巨大な猫を被って生活するようにしているが、それでも魁よりはましだと思っている。丁寧語で無表情の俺よりも、魁は全てをあの笑顔で覆い隠してえげつない事やドス黒い事だって、一切何を考えていくかなんて周りに絶対悟らせない。ハル兄さんなんか魁の事を稀に暗黒大魔王とまで言っている事は生徒会役員知っている。
「あら、お疲れ様です。昂柳さん如何なさいましたの?」
「お疲れ様です。伏見君が制服を着崩しているなんて珍しいわね」
俺にしては珍しく考え事をしながら廊下を進んでいたら、前方の教室のドアが開いて同じクラスの女生徒が帰り支度を済ませて出てきたところだった。
「お疲れ様です。吉野さん恵水さん、お二人も委員会が終わられたのですね」
あの女生徒ではない事だけでこれほどまでにホッとするとは思わなかったが、自分では知らずに苦笑していたらしく、目の前の2人は頬を赤く染めている。
何故か良く分からないが、あの女生徒に比べると他のすべての女性が善良で魅力的に見えてくるから不思議だ。
「えぇ、わたくしはこれからお稽古ですの」
「私は部活よ」
「そうですか、頑張ってくださいね」
「「はい、ありがとうございます」」
この学園には良家の子女が集まっている事でも有名で、私立の中でもTOPクラスだと自負できるだろう。そして、公認非公認とどちらも存在するが、この学園でも特に人気のある人物には男女問わずにファンクラブなんてものが存在していることも知っている。
自慢ではないが、俺にも僅かながらにそんなグループが存在していることと目の前に居るこの2人がそのメンバーという事も知っている。三宮会長に魁を始めとした生徒会メンバーは基本公認していて、一般生徒は任意、俺達風紀委員は非公認と言うのが決まっている。
「まだ放課後は冷えます、昂柳さん・・お風邪を召されますわ」
「ご心配ありがとうございます。少し不愉快な思いをしたもので・・・よろしければ、コレを処分しておいて頂けますか?」
心配そうな表情をする吉野令嬢に頼むことではないが、不思議なことにこんなことでもファンサービスと呼ばれるものになるらしい。俺にしてみたらファンクラブの事はどうでもいいのだが、昔から魁に言われているし・・そういうものがあることも学園の運営の一つと言うのもおじい様に聞いたことがある。
「は、はい!お任せくださいませ、わたくしが責任をもちまして処分いたしますわ」
「面倒を押し付けて申し訳ありません」
「いいえ、伏見君忙しいもの。お手伝いできることは何でも言って!」
困ったように手にした上着を上げて見せれば、吉野令嬢も恵水嬢も顔を赤くしたまま頷き受け取ってくれた。
「ありがとうございます。では、私はこれで・・・お礼はまた後日致しますね」
「「!!」」
俺にしては珍しく微笑んで彼女たちに手を上げると、彼女たちは信じられないと言ったような顔をしてさらにその顔を赤くした。あまり血圧を上げるのは良くないと思うが、これも将来継ぐ予定である円滑な学校運営に至っての事と思えば色々と考えられる。
『伏見先輩に言われて可能な限り監視カメラ等で見張っていました。件の女生徒は多数の男を侍らせて笑みを振りまいているようですが・・・その・・』
『響どうした?言いにくい事なのか?』
『ハァ・・まぁな。俺たちの見間違いでなければ、昂柳と魁を含め・・・大稀兄と兄さんに明斗と将彦。相手にされてないみたいだが、鷹彰の側に現れる事が多いな。しかも、見計らったかのように突然だ』
『ストーカーだな、まるでではなく絶対に。僕のみぃに心配かけない様に気を付けないと』
荷物を持ち、普段の俺にしては珍しく思考に耽ってしまった。それでも目的地に着くあたり、慣れた道とはいえさすがだと思う。
「珍しいね、昂柳がため息をつくなんて」
「え?」
溜息をつきつつも靴に履きかえようと下駄箱に手を伸ばしたところで、背後から不思議そうな顔をした魁に肩を叩かれた。
その後ろには、心配そうな顔をした魅が俺を見上げている。
「昂兄さま制服をどうなさったの?暑い日があると言っても夕方は冷えるよ?」
「あぁ、ちょっと不愉快な事が・・・なんでもないよ、心配しなくてもいい」
3人そろって正門までの道を歩きながらそんな事を話していると、濁した言葉に魅は首を傾げて次を促してくるが、魁は言わずとも理由がわかったらしく苦い顔をしつつも大丈夫だと言うような表情を俺に向けてくる。
「みぃ、昂柳は気が滅入っているみたい。元気を分けてあげないとね」
正門まで来ると、斎賀家の迎えも俺の迎えも車止めの所で待機していた。斎賀家の車より手前にあった為に車に乗り込もうと魁の方へ向くと、魁はにっこりと怖いくらいの笑みを浮かべてそう言い放つ。
「そうなの?昂兄さま元気出してね、嫌なことがあったら兄様も私も話聞くから」
魁に背を押され、魅が俺に抱きついてきた。背に回された暖かな魅の手とふわりと香る魅らしいさわやかで女の子らしい香りに、ささくれ立っていた心が凪ぐ気がした。
「やっぱり昂兄さま冷えてるよ。早く帰って温まって・・風邪ひかないでね」
魅は背が高く、高いと言っても俺の喉の辺りに視線が来るので必然的に俺を見上げるとなると上目使いだ。魅もデフォルトが無表情に近いが、彼女に近しい立場に居る俺らの前ではよく笑顔を見せてくれる。
「魅」
「ん?なに?」
「いや、なんでもないさ」
あの女生徒と魅の今の表情は同じ上目使いのはずなのに、天と地ほどのこの気持ちの変わりようは一体何なのだろう。あの女生徒の間延びした言葉づかいは ――俺はそう思わないが―― 可愛らしいと言われる者なのだろう。あの人嫌いで女を毛嫌いしているハル兄さんがかわいいと言ったくらいだ。
だけど、やっぱり俺には魅の方が魅力的に映る。魁と昔から色々と話をしてきてはいたが、俺達の理想を魅に押し付けた結果と言うか・・・魅は被害者かも知れない。
「みぃが笑顔を見せてくれるだけで、僕たちは元気になれるんだよって言っただろう。昂柳だってすぐに元気になるさ」
「ふふ、なんか恥ずかしいな・・でも、昂兄さまの笑顔久しぶりに見た!」
「・・・そうかい?」
無邪気に笑ってまたギュッと抱き着いてきた魅を抱きとめて、久しぶりな穏やかな気持ちで魁と笑い合うと。ふと、魁がどこかを見つめて急に険しい顔をした。
「・・・?」
「・・・」
視線で会話をするように、如何した?そんな思いで魁をじっと見れば、魁は魅に悟られない様に顎でどこかを差す。
その視線の先を追ってみると、そんなんで隠れている気なのか問いただしたい気持ちにもなるが、あの女生徒が俺達の事をまるで般若の様な壮絶な顔をして睨みつけていた。
その周りには、椎名始めとして数人の御曹司を従えた姿で・・。
あの中に今は居ないが、もしかしたら彼らが入っていくことがあるってこと・・あり得ない事だって思っている。だけど、それも0%とは言い切れない。
ハル兄さんは女好きなように見せて実は大の人嫌い。大兄さんは派手な見た目がコンプレックスの本当は心純粋な女性が理想の紳士。まるで小学生の域を脱していない鷹彰ですら、意外と一途な奴だったりする・・・俺は君たちの本当の心を知っているよ。
だから、幻滅させないでほしい。
+++
魁と2人で資料をそろえて父さんの所に持っていくと、読み始めてすぐに父さんは信じられないという表情をして俺らを見つめてきた。分かるよ、その気持ち。俺達も本音を言えば信じたくなんてないのだから。
それに、日本でも名だたる天清寺家の嫡子の廃嫡にもつながるかもしれない事件にもなりうることに、頭を痛める以前の事なのは分かる。
だけど一緒に渡した数々の証拠の元、少し青い顔をしつつも『分かった』と呟き本当にあっという間にいたるところに手を回してくれたんだ。
自分が慕っていた相手を断罪するなんて気持ちの良い事ではない。上手く隠し続け、何事もなかったかのように過ごしていればよかったのだろうか。俺達が断罪したことによって何人もの人間の今後の生活が様変わりしてしまったのだ。
魁も言っていたし俺も覚悟を決めて行動したが、この沢山の運命を狂わせた罪を背負っていくにはどうしたらいいものか。
「昂柳は悪くないのよ。そう自分を責めたりしちゃいけないわ・・・」
「・・・そうだろうか」
「えぇ・・正しいとは言い切れないけないし、違った道もあったかもしれない。だけど、最良ではあったと思うわ」
やっぱりどこか心の隅で信じていたハル兄さんや将彦、そして鷹彰は直ぐに現実に戻ってきてくれたけど・・・それでも、あの時の俺には彼らに裏切られたという思いしかなかった。
あれだけ注意を促したのに、あれだけ手を差し伸べたのに、あれだけ・・信じていたのに・・。
「貴方の心が凄く遠いわ」
もやもやした気持ちを今日も抱えながら見上げると、俺の心とは真逆なとてもすがすがしい外の景色が飛び込んでくる。
今年もまた白い雲湧き上がる日差しの暑い季節がやってきた。快適な温度に保たれた部屋の中、大きな窓から外を見つめる俺を彼女が支えるように後ろから抱きついている。優しい彼女の事だ、その表情はまるで自分の事の様に辛い顔をしているに違いない。
「・・・俺はここに居るじゃないか」
「何を考えているの?昂柳が罪を背負って生きていくと言うのなら、私だって同罪よ」
「何を言って・・」
彼女との婚約は予期していなかった。だから、始めからいつもかぶっている猫を取って接していたのに――――彼女は幾ら邪険に扱おうとも、彼女は俺の側に居続けて俺を支えてくれている。
今では彼女が居なくなることが想像できないし、まだまだ先だが婚姻の日が待ち遠しくもある。
「昂柳には言っていなかったけれど、私はずっと響の手伝いをしていたの・・・伏見先生はとても良い先生で、彼女に狂わされていく様子を見るのが嫌だった。狂わされていく人たちを見て居たくなかった」
「・・・」
「・・・悲しむあなたを視たくなかった」
「そう・・か」
一番信じて居たかった、大兄さんは・・・真摯に受け止め、自分の愚かさに後悔して戻ってくるものと信じていた俺等の希望もむなしく、あの女を連れて行方知れずになってしまった。
「だって、だって・・・みんなを見て居たくなかった。信じたくなかった・・・貴方に嫌われるかもしれないと思って言い出せなかった。ずるいわね、私」
「そんなことない!」
俺の背に抱きついている君を引きはがし、向かい合ってギュッと抱きしめると、驚きつつも俺に体を預けてくれる君がとても愛おしい。
現在は俺も大学生で彼女も学生。そんな俺らは婚約中の身で、あの日の共犯者同士。
「自業自得かもしれない・・・幸せに浸っている俺自身が、この時間がいつか消えそうで恐ろしい」
「過去は変えられないけれど、時は――」
皆が幸せになったとは言い切れないこの現状。穏やかな日常を過ごしている俺は、たまに自問自答してしまう。
魁と結婚し先日子供を産んだ由香利さんを始め、彼らの婚約者だった彼女らは現在皆とても幸せそうな笑みを浮かべ穏やかに過ごしている。
「――・・進んでいるわ」
一緒に消えたと思っていた椎名は全てを失いひっそりと生きていたが、俺たちの情報網を持ってしても大兄さんの消息はつかめず時間だけが過ぎている。
俺と同じく稀に愁いを帯びた表情を覗かせることがある魁も、将彦が里笹家に戻れるように色々と動いているらしい。
あまり悲愴になりすぎてはいけないと分かってはいるが、どうしてもあの日の様な夏になると憂鬱になってしまっていけない。
「私は、あの日・・・自由になれてとてもよかったわ。だって、こうして初恋だった貴方と一緒に居られるのだもの」
「・・・」
柔らかな笑みを浮かべる君を見て居ると、心がとかされていくように感じるよ。
でも、そうかもしれない。
あの日から幾重の季節が過ぎたのに、俺の心はあの日に捕らえられたまま・・・。
でも、君となら一緒に乗り越えていけそうな気がするよ。
「あぁ・・進んでいこう。一緒に、幸せになろう」
明日又更新します。