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#01 B



「つまり、エルフは聖域と呼ばれる森を領土とし、魔法が扱える種族。ドワーフは火山一帯を領土とし、強靭な肉体を持つ種族――という感じでしょうか?」

「はい、その通りです。そして我々人間は、広い平野を自国領とし、特色としては……まあ、他種族に比べると人口が多い、ってところですかね」

「なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」

「い、いえ! 私でお役に立てたのでしたら光栄です!」

 普段は高位の人間しか乗らないと一目で分かる立派な馬車の中、信善が頭を下げると、斜向かいに座る騎士も慌てて頭を下げた。

 動きやすそうな軽鎧に包まれた、すらりとした長身。肩口で切り揃えた栗色の髪と、同じ色の大きな瞳は、快活という言葉がよく似合う。

 そんな騎士の名はエミリア。名前の響きが表す通り、女性の騎士である。

 そしてさらに驚くべきことに、彼女は信善より二つ年下でありながら、王国騎士団の特務部隊長を務める人物であった。

 しかし、信善が驚いたのは最初だけ。その真っ直ぐな目と歯切れの良い受け答えが、エミリアの器をよく表している。そして、よく磨かれた鎧にうっすら見える無数の細かな傷が、彼女の実績を物語っているように見えた。

 それに何と言っても、団長たるラウムのお墨付きなのだ。道中の護衛として、間違いがあるはずがない。

 ――だけど、ここまで大仰にしてくれなくてもなぁ……。

 嬉しいような情けないような、何とも言えない思いで信善が視線を外に向ければ、そこには自分たちの馬車に並走する馬上の騎士が二人。そして同じく反対側にも二人。位置的に見えないが前方と後方にも二人ずつ配置されており、御者台に座る者も含めれば、総勢十名の護衛だった。

 どこまでも続く緩やかな丘陵地帯と、地形そのままに耕された大きな畑の数々。幅はそれほど広くなく、しっかりと整備されているともお世辞にも言えないが、しかし確かにそんな丘の中を縫うように走る一本の道。

 正直、こんな牧歌的な風景の中に危険が潜んでいるとは思えない。それに、たとえ何かあったとしても、これほど厳重な警備は必要ないんじゃないかと、信善には思えてしまう。まるで、かの大国の大統領になったような気分だ。

 だがまあ、そんな感想もあながち間違いでもなかった。

 現状、信善の扱いは国賓。万が一にも何かあったら国の誇りに関わると、ラウムにも強く言われたし、この警備体制であればと外出も許可されたのだから、なかなか文句も言えない。

 それに、この先のことを考えればこれも仕方ないか。

 そう割り切って、ガラス窓の向こうへ視線を移す。遠くからは黒っぽい塊のように見えていたそれが、密集した木々であると分かる距離まで近づいていた。

 フォリアの森――通称、魔女の森。

 王都から馬車で一時間も掛からないという場所にありながら、鬱蒼とした原生林が広がるそこには、その呼び名の通り、昔から魔女が住んでいる。

 外界との接触を一切拒み、強大な力・数多の魔法・面妖な道具を使いこなす混沌の魔女。その姿を見た者は呪われるとか、怒りを買えば国が滅ぶとか、夜な夜な人を攫って食べているなどと噂され、王都育ちの人間ならば誰でも一度は「言うこと聞かないと、魔女の森に置いてくるよ」と、親に言われたことがある――とは、ラウムの言葉。

 もちろん、噂に関しては冗談半分といった感じだったが、残る半分のことを考えると身を引き締めなければならない。

 何故なら、その魔女に会うことこそ、この物々しい一行の目的なのだから。


『――まったく、どれだけ電話掛けたと思ってるのよ……まあ、いいわ。とりあえず、あなたをこの世界に喚んだのは、私よ。詳しい話をするから、すぐにフォリアの森に来なさい』


 それだけ告げられ、一方的に電話を切られたのは、今から二時間ほど前のこと。

 もちろん、直後は何のことかさっぱりだった。話の内容もそうだし、それ以前に何故電話が通じたのか、分からないことだらけだ。

 しかし、そんな信善以上に驚いているのはラウムだった。

「なんと……ノブ様は、思念魔法をお使いになられるのですか……」

 感嘆の声で呟かれたそれを、「まあ、似たようなものですかね」と信善は苦笑いで濁した。

 正直、魔法という言葉を聞くのも初めてだったが、それを言えばまたラウムに頭を下げられるかもしれないし、これだけファンタジーな世界ならそれが存在していても全く不思議ではない。ニュアンスから考えるに、おそらくテレパシーみたいなことだろう。

 だから頭も会話も切り替え、信善は今自分が耳にしたことを説明した。

 電話口から聞こえてきた声が、若い女性のものだったこと。その人物が自分を喚んだと言っていたこと。そして、フォリアの森という場所に呼ばれていること。

 するとラウムから返ってきたのは、森と魔女にまつわる話と、

「して、ノブ様はいかがされたいのですか?」

 という、真摯な眼差しだった。

 主からの命を待つ騎士のそれ。

 信善はごくりと息を呑んだ。やはり本物は纏う空気が違う。

 しかし、すぐに信善もラウムの目を真っ直ぐに見返し、呑み込んだ息を言葉にするためのものに変えた。ここでしっかりと自分の望みを言わないのは、かえって彼に失礼だ。

 どうして自分がここにいるのか、それを知っている人物がいる。ならば、会わないという選択肢は存在しない。

 そしてその結果が、この護衛付きの輸送車というわけだった。

 だから多少やり過ぎ感を覚えても、とても文句を言える筋合いではない。それどころかラウムにはいくら感謝しても、し過ぎるということはない。

 何故なら、エミリアにさりげなく聞いた限り、信善の外出に関してエルフとドワーフがかなり渋ったらしいのだが、信善たっての願いということと、相手が魔女であるということ、そして騎士団団長という立場をフルに使って、ラウムが半ば強引に両国からの許可を得てくれたらしいのだ。

 ――まったく……助けてもらってばかりだな、僕は。

 心の中でため息を吐きながら、ぼんやりとしていた焦点を再び森に合わせる。

 どうにかあの森の中で、ラウムに喜んでもらえる何かを見つけられないだろうか。物でも事でもいいから、何か。

 そんな風に考えを巡らせていると、ふと疑問が浮かび、信善は馬車の中に意識を戻した。

「そういえば、エミリアさんは森に行ったことは?」

 道案内に疑いを持っているわけではないが、ラウムの話を聞くに、易々と立ち入れる場所ではない感じがする。噂は噂で、恐ろしい力を持っているものだ。

 すると思った通り、まさかといった感じで首を横に振るエミリア。

「触らぬ神に祟りなし。森に近付いてはならないというのが、この辺りでは暗黙の了解です。ただ……」

 と、そこで言葉を一度切ると、ちらりと外の騎士の姿を確認してから、彼女は潜めた声で続けた。

「実は一度だけ。夜間の野営訓練の際に、度胸試しだと先輩に言われまして」

「ああ、なるほど」

 確かにこの手の噂は、そういった使い方をされることがある。世界は違えど、人間の本質は変わらないらしい。

 信善がそんなことに感心していると、パタンと本を閉じる音と共に、凛としていた姿勢をより一層正し、エミリアは口を開いた。

「あの、私からも一つ質問してもよろしいでしょうか?」

 腰に帯びたものにも劣らぬであろう、真剣な瞳。

 そんなものを向けられて断れる人間はいないと思うし、断る理由があるわけもない。むしろ答えられることであれば、いくらでも答えたいくらいだ。

 というのも、今エミリアの手元にある本は、本来ならば信善が持っているべきもの。移動の時間を利用して、多少なりともエルシオンのことを知っておこうと、出発前にラウムに頼んで借りたものだった。

 では何故、今それをエミリアが持っているのか。

 答えは単純。文字が読めなかったのだ。言葉が通じているのだからという信善の安易な考えは、馬車が走り出して五分後、表紙を開いた瞬間に打ち砕かれたのだった。

 というわけで、今の今までエミリアには、本の内容を読み聞かせてもらっていたのである。それも、分かりやすいようにとラウムは教科書のようなものを貸してくれたらしく、しばらくの間、彼女には出来の悪い生徒に付き合わせてしまった。

 まあ、そのおかげでエルシオンの概要と、部屋に本がなかったことも理解できたが。どうやらこの世界には活版印刷の技術はなく、本は結構な貴重品らしい。

 だから彼女に少しでもお礼ができるなら、と「もちろん、どうぞ」と信善が笑顔で返すと、エミリアも「ありがとうございます」と表情を輝かせながら続けた。

「それではお聞きしたいのですが、ノブ様のいらっしゃったエデンとは、どのような世界なのでしょうか?」

「どんな世界、ですか……」

 今まで教えてもらっておいてなんだが、いざ自分が答えるとなると説明に困る。

 はたして、何を言えばいいものか。それに自慢ではないが、自分は狭い国のさらに狭い地域のことしか知らない。

 なので、僕の知ってる限りですが、と前置きをしてから信善は答える。

「こちらの世界に比べると、科学技術が発達した世界ですね。例えば……そう、車」

 そう言って板張りの床を指差すと、それを追ってすぐに視線を落とすエミリア。教師としてだけでなく、生徒としても優秀なようである。

 だから信善は、その様子を満足気に見ながら続けた。

「向こうでは、鉄などの金属で出来ています」

「ほう、それは頑丈そうですね! ですが、それでは馬の負担も大きいのでは?」

「――馬?」

 感嘆の声と共に上げた顔を途端に曇らせるエミリアに対し、信善の表情はぴたりと固まる。彼女は何の心配をしているのだろう、と。

 だが、少し遅れて彼女の言葉が頭の芯まで染み込むと、ああ、と信善は声を上げた。

「違います、違います。すいません、言葉が足りませんでした。向こうの車は馬車ではないので、馬は使いません。車自体が動くんです」

「車が、動く?」

「あの、ええっと……まあ簡単に言うと、車の中で燃料を燃やして、その力で車輪を動かすんです」

「なんと、そのような技術が!」

「ちなみに、それと同じような方法で空を飛ぶ乗り物も」

「なんと、空まで飛べるのですか!」

「他には遠くの人の声を聞いたり、遠くの景色を見たりすることのできる装置などもありますね」

「はぁ……なんとまあ、素晴らしい……」

 感銘を受けたと言わんばかりのエミリアの反応に、信善も一種の感動を覚える。これだけ喜んでもらえるなら、説明したかいがあったというものだ。

 しかし、続く彼女の、

「まるで魔法のようですね」

 との言葉には、思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。

 おそらく、その言葉は比喩でなく比較。実際に存在する魔法と比べ、そう言っているのだろうから何とも挨拶に困ってしまう。

 だが想像もつかない現代科学など、エミリアやラウムにとっては魔法と大差ないのだろう。それどころか、魔法のほうが身近で分かりやすいものかもしれない。

 なので、もう少し現実味があるところを、と信善は方向性を変えてみる。

「あと、向こうではエミリアさんみたいに役職に就く女性も多いですね」

 ラウムにエミリアを紹介された際、信善は正直驚きを隠せなかった。護衛の騎士と聞いて、てっきり男性だと思い込んでいたからだ。

 しかし、聞けばやはり女性の騎士というのは珍しく、さらに部隊長まで任されたのは歴代でも片手で数えられるほどらしい。

 だからこそ選んだ話題だったのだが、どうやらその予想は的中らしく、エミリアの瞳には再び好奇心の火が灯った。

「そうなのですか?」

「ええ。まあ、国や職種などにもよりますし、制度の整備もまだまだといったところですが、ウチの会社に限って言えば、社員の半数近くが女性の方ですね」

 事実、信善の働いているスーパーは女性が店長である。

 それに正社員のみならず、レジ打ちや各部門の担当者、試食販売や清掃業者など、数多くのパート・アルバイトの主婦や学生に支えられて初めて、一つの店舗は成り立っている。はっきり言って、彼女たちの力がなければ一日も開店できないと言っても過言ではないのだ。

 と、その辺りのことを語ろうかと思っていた信善だったが、残念ながらエミリアの反応は芳しくなかった。

「あの……カイシャとシャイン、とは何でしょうか?」

「はい? 会社と社員ですか?」

 思わず聞き返すと、ええ、と首肯するエミリア。その瞳は相変わらず真剣そのもので、質問が冗談の類でないことを物語っている。

 対して信善の口は、その機能を十分に果たせなかった。

「ええっと、会社……会社っていうのは……」

 とりあえず社員は、会社に所属する人間のこと、でいいだろう。

 だが、その前提である会社の説明が、うまく頭の中でまとまらない。

 普段、そんなことを意識したことがなかったし、それ以前に会社という言葉が通じないとは思ってもみなかった。しかも、それが通じないとなると、関連する言葉の多くも通じないと考えるのが妥当だろう。

 そう考えると、ますます信善の眉間には皺が寄り、口からは呻き声に近いものが零れる。

 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。エミリアに向けられた視線に応える義務が、信善にはある。

 だから子どもにも分かるレベルのことから、と信善が口を開いたのと、「お話し中、申し訳ありません」という声が耳に入ってきたのは、ほぼ同時のことだった。

「どうした?」

 どうやら声は御者台の騎士のものだったらしい。

 エミリアが首だけ回し、背後の声に応じる。その横顔は、瞬時に隊を預かる者のそれに変わっていた。

「はっ、実は前方で問題が発生しておりまして」

「問題だと?」

 やはり上に立つ者の判断は早い。疑問を口にするよりも先に、エミリアはぐるりと御者台のほうを覗き込んでいた。

 しかしそのおかげで、信善の位置からは前方の様子がうまく伺えない。

 やむなく、すっと視線を横へ動かす。すると件の問題の影響か、流れる景色はどんどんと緩やかになっていき、やがて完全に停止した。

「大変申し訳ありません。ただ今、進路上で少々問題が発生しておりまして、少しの間お待ちいただければ」

「どうしたんですか?」

 一度頭を下げ、続いて扉に掛けたエミリアの手を、信善の言葉が止めた。

 口調から考えるに、緊急性が高い感じではなさそうだが、何も知らずに待っているというのは、どうしたって落ち着かない。

 しかしそんな信善に答えたのは、エミリアではなかった。

「お願いします! 少しだけでも売ってください、お願いします!」

 幼さが色濃く残る少女の声。生憎、どういう状況なのかは分からなかったが、そこに必死さが含まれていることはひしひしと伝わってきた。

 そして職業柄、非常に気に掛かる言葉が含まれていたことも。

「……僕も一緒にいいですか?」

 同じく声を聞き、苦い表情を浮かべているエミリアに、信善は好奇心以上のものを混ぜた眼差しを向ける。もちろん多少強引であると承知の上で、だ。

 すると、彼女はより険しさを増した顔で数瞬宙を見つめ、

「私からは離れないでください」

 と、初めて聞く弱々しい声と共に、扉を開いた。

「だから、ハーフなんかには売れないって言ってるだろ!」

 エミリアに続いて馬車から降り立つと、信善の耳に飛び込んできたのはそんな怒声だった。

 半ば反射的に振り向けば、そこには道の真ん中を占拠する大小の二人組と、その二人を囲むように馬から降り、手綱片手に立つ先導の騎士二人の姿。

「ほら、騎士様の邪魔だからさっさとどいとくれ!」

 苛立ちを露わにしていたのは、二人組の大きいほうだった。全体的にくすんだ色合いの服を着、大きな籠を背負った女性で、見た目や声の感じから四十代前半といったところ。背丈は周りの騎士よりは低いが、その分横に広く、向かい合えばなかなかの迫力があることだろう。

 対して小さいほうは、縦にも横にも女性の半分あるかないかという感じの少女。使い古した雑巾を縫い合わせたと言われても信じてしまいそうな服装で、その下から覗く手足も心許ないほどに細い。

 しかしそんな体格差にも関わらず、女性の前に立ちはだかる少女は離れるどころか、さらに一歩詰め寄った。

「お願いします! お母さんが怪我してて薬草を……そ、それに、お金ならちゃんとあります! だから――」

「ああもう、しつこいね!」

 限界を超えたことを表す声と、衝動的に伸ばされたであろう腕。

 どん、という衝撃が薄い肩を突き抜け、見るからに軽そうな体がふらりと傾く。そして、とっさに動いた周りの騎士の反応むなしく、少女はいとも簡単に地面へと座り込んでしまった。

「――っ」

 それぞれがそれぞれの感情を顔に貼り付け、風がないわけでもないのに、空気が固まってしまったような錯覚に陥る。

 そんな中、一番に動き出したのはエミリアだった。

「ご婦人、いかがされましたか!」

 長としての威厳が感じられる張りのある声。言葉は気遣うそれなのに、どこか責めるようなニュアンスがあったのは、おそらく間違いではないだろう。

 その証拠に、ずんずんと向かってくるエミリアに、女性は身振り手振りを交えて慌てた様子で返した。

「い、いや、これはつい手が出ちまっただけで、別に……それに、この子もこの子でいけないんだよ。いつまでもあんな風に道を塞がれたら、誰だってイラッとしちまうもんだろう?」

「ですが、そうせざるを得ない理由が、その子にもあったのでは?」

「そ、それは……その……」

 エミリアの変わらぬ口調に、女性の手は止まり、口はうまく言葉を紡ぎ出せないでいる。

 しかしそれでも、エミリアの足は動きを止めることなく、雰囲気のせいか一回り大きく見える体を前へ前へと進めていく。

「…………」

 依然、この場の全体像を把握しているとは言いがたい。

 だが、離れるなという指示を守り、エミリアの後ろを付いて歩いていた信善にも、女性の目が何かを求めるように泳いでいるのが見えてきた。周りの騎士にも憐れみのような表情が浮かんでいるところから、かなりの窮地に陥っているのであろう。

 そして、ついにエミリアが女性の真正面で立ち止まる。

 びくりと女性の体に緊張が走り、それに倣うように騎士たちも背筋を伸ばした。

 再び訪れる、重く静かな時間。誰もがエミリアの次なる言動に注目し、立ち上がることどころか、呼吸さえ忘れてしまったかのような少女も見つめる中、しかしエミリアの口から出たのは深いため息だった。

「はぁ……分かりました、私がそれを買わせていただきます」

 そう言うエミリアの視線の先には、女性の背負う籠。中には青々とした野草のようなものが見え、話の流れから考えると、それが少女の言っていた薬草なのだろう。

「そして、それをこの子に売ります。それなら問題はありませんね?」

 先ほどまでとはまるで違う丸みを帯びた声音に、女性はしばらく目をしばたかせていたが、ようやく提案の内容が理解できると、

「……ああ、もちろん! 騎士様が買ったものをどうしようと、私には何も」

 と、安堵の表情で首を何度も縦に振った。

「ということだが、君もそれで良いかな?」

 エミリアがそう尋ね、未だ座り込んだままの少女に手を差し出す。その横顔は、騎士の立場など脱ぎ捨てたかのような、年相応の柔らかいものだった。

 しかし事態の変化にまだ頭が追いつかないのか、零れてしまいそうなくらい目を見開き、少女はそれらを何度も見比べる。大の大人でさえ驚きと緊張の連続だったのだから、まあそれも仕方ないことだろう。

 だが、やがて小動物のようにこくんと小さく首を振ると、おずおずと少女はその手を取った。

「あ、ありがとう……ございます」

 立ち上がり、しかしそれでもエミリアを見上げるかたちになった少女。

 その瞳は、左のそれだけがエメラルドのような色を帯びていた。



 誤字・脱字などありましたら、ご報告いただけるとありがたいです。

 また、感想などいただけたら、尚嬉しいです。


【あとがき的メモ】

 変更に次ぐ変更で、かなり時間を浪費。

 こういう時、ちゃんとプロット組んでおけばと後悔する。だが、反省はしない。

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