エピローグの2
ネイバンの町に戻ると、アリストは気のせいか、妙に熱い視線を浴びせられているように感じた。
「……何だか、見られてませんか?」
隣の鈴音も違和感を覚えたようだ。エルに羽織らせたローブをさりげなく確認し、裂け目から骨の翼が出てこないように調整する。
ローブに触れる腕の刀傷は、すっかり癒えていた。
瞬く間に治癒した理由は、タリアの丘に湧いた水を飲んだからだ。ネイバンに伝わる天使の水の原水とも言える水のおかげで、傷は瞬く間にふさがってしまった。
そしてエルの翼も然り。切断された翼の骨を合わせて固定したら、元通りに繋がってしまった。
天使の水の伝承を教えた時、鈴音は目を丸くした。
『じゃあ、この羽はまだ生きてるんですね』
水面を覗き込むエルに、アリストは『持って行くか』と問うた。
しかしエルは首を振った。
『いらない。この羽はここにいた方がいいよ』
そう、天使の水は今もネイバンの人々から必要とされている。ネイバンの鉱山で採れる鉱石は毒気を帯びている。町の人々が毒に苛まれず生活を営めるのは、この天使の水を飲み続けているからだ。この町から天使の水を奪えば、きっと町全体が鉱毒に侵されるだろう。
エルは人を想ってくれたんだ。
エルの申し出に首肯したアリストの隣で、黒猫も嬉しそうに鳴いていた。
そんな風にタリアの丘を後にし、ついでに天使の水のおかげでイーゼルまで回復した一同。ごく普通を装って町に戻ったのだが、どうも視線を感じて仕方が無い。
「丘のマルベルの死体を見られたんですかね」
鈴音がバツの悪そうな顔で言う。
「いや、町の人はあまり丘まで出ないらしいから、大丈夫だとは思うけれど」
「それじゃあ、またアリスト様にあらぬ疑いが……」
「アリスト、わるものなの?」
「断じて違う。そう言えば鈴音、昨日パブで何か言われたのか?」
「え?」
鈴音が首を傾げたその時、
「クラット様!」
本通りに大声が響いた。三人はびくっと身をすくめてその場に固まった。
ちょうど、昨晩入ったパブの前だった。扉に体当たりするような勢いで出て来たのは、この店の女主人だ。その後ろからひょっこりと主人が顔を出す。
「今までとんだ無礼を働きまして! ほんっとうに申し訳ありませんね!」
大きな体を折り曲げる。
「ほら、あんたも頭を下げないかい!」
急かされ、主人も慌てて腰を折った。
勢いに圧倒され、ぽかんと呆けるアリスト。
「いや、あの、無礼なんて。そんな事をされた覚えは……」
「いいえ! あたしたちはホーント失礼な勘違いをしていたんですよ!」
ピンと来る。
女主人の向こうを覗き見ると、案の定、札をはがしてくれた少女がにこりと笑って頭を下げた。
「っ……とにかく! 頭を上げてください。俺は何とも思ってませんから」
自分たちの否を訴えては謝る彼ら。何とか宥めて頭を上げさせた。
女主人はアリストの黒眼鏡が掛かった目をじっと見ると、
「ああ、おいたわしい。その目がいつか報われるように、ワーカーの修行を頑張ってくださいね。あたしたちネイバンの町民も応援してますよ」
「が、頑張ってくださいね」
隣で主人がカタコトの激昂を掛けてくれる。
いつの間に、ここまで話が広がったんだろうか……。
小さな町は噂が広まるのも早い。人同士の結びつきが強いから、感情まで一緒に伝播されてしまう。昨日まで避けられていたのも、今日から町一丸となって応援される羽目になったのも、そのせいだ。
アリストは中途半端な笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとう。……頑張ります」
慣れない表情のせいで、黒眼鏡が傾く気がした。




