3章の28
アリストはペンデュラムを取り出した。
ひと時この手を離れていたが、十字架は相変わらず透明な輝きで迎えてくれた。
「無茶な質問だけれど、俺の目なら答えてくれるよな?」
ふっと笑みを送ると、鎖を剣の柄へとくくり付けた。今まで何度も行ってきたダウズの様子を頭に描き、思惑が形になるよう調節する。
「これでいいな」
立ち上がり、両の手の平で剣を抱え持った。
この剣は術に過ぎない。真に奇跡を起こしたのは、絶望に潰えなかったアリスの意思だ。
アリストは天を仰いだ。
そして求める奇跡のための術を、自らの目に導かせた。
「エルの翼は、どこだ」
十字架から光が発散する。
手の平の重みがすっと無くなる。そう感じた瞬間、剣は弾かれたように身を放った。
すさまじい勢いで空中を突き進む剣。強烈な風が、くくりつけた水晶球をこすっていく。その痛みにアリストは呻き、右目を強く押さえた。
「っ……行け。その剣に道を示し出すんだ!」
焼けるような激痛が右目を襲う。
こんな痛みなど構わなかった。
願う。イーゼルの続く限りに願う。
奇跡の終焉に嘆きは必要ない。七百年前に拓かれたのは、救われるための道なのだから。
「――ぁあっ!」
ずしっ、と右目に強烈な衝撃がのしかかる。アリストはバランスを崩して後ろに倒れ込んだ。
どさりと背を地面に打ち付ける。天を向いた視界に空が大写しになった。
薄く雲がかかった空。淡いブルーの中に、光を抱えた太陽が浮かんでいる。
ああ、まるで海の中から空を仰いでいるみたいだ。
雲の波越しの太陽は淡い光と共に小さく揺れている。
求めれば、求める事さえすればいつか、空と海は溶け合える。少なくとも境界の一部は今、崩れ始めているのだから。
アリストは手を伸ばした。
今、たまらなく空は近い。
伸ばした手の平の向こうに、小さな影が躍った。
ぐんぐん迫ってくる黒い影。次第に大きくなり、三つに分かれている事が視認できた。
アリストは立ち上がった。
また、受け止めてみせる。あの軽い体なら、この腕で何度でも受け止められる。
上空を仰いだ途端、強烈な立ちくらみが襲い掛かった。
「っく……」
天地が反転しかけ、慌てて首を振った。イーゼルを消耗したからだ。
歯を食いしばり、両足を踏みしめた。
イーゼルが尽きようが、倒れるわけにはいかないんだ。
ばっと天を仰いだ。
少女の体は舞っていた。
逆光に塗りつぶされた幼い体。墜落してくるエルの真下へ、アリストは走った。
間に合う。
絶対に間に合う!
「エル!」
地を蹴り上げた。




