3章の27
「っ?」
ぱしりと受け取ったそれは、十字架のペンデュラムだった。
「エル?」
「アリストの目、かえすね」
エルを見上げると、彼女はまた背の骨をしならせた。
「あたし、その目も白い方の目もすきだよ。きれいだから。きれいな世界の始まりだから」
ふわりと浮かんだ表情は、淡い微笑みだった。
「それからね、リンネもすき。何度も笑ってくれて、うれしかった。それからあたしに名前をくれた。ヘンだけど、すきだったよ」
「エル……」
ふわっ、と少女の体が上昇する。
「二人のとなり、きれいだったよ。ちょっとだけだけど、あたし、きれいな世界にいたの。だからもう、いいの。あたしの願いはちゃんとかなったよ」
「……」
「復讐は、おわり。たった今、終わったの。空と光とアリストの目が、終わりだって教えてくれた――」
さぁっ、と風の音が語尾に掛かった。
「あたし、みんなの所に行く。きっとみんな待ってる。場所はわかるから、アリストの目が無くてもだいじょうぶだよ」
そう言うと、エルは上空を仰ぎ、背の翼を大きくしならせた。
「エル! どこに行くんだ!」
「――光のなか」
少女の体が一気に上昇する。
「! エルっ! エル!」
エルはもう、返事を返してくれなかった。
天使の体は空に吸い込まれるように小さくなっていった。
アリストは上空を仰ぎながら、最後の坂を駆け上がった。
黒眼鏡をむしり取る。
「エル! まだ終わらせないでくれ!」
少女の影が消えていく太陽の輪郭へ、必死に叫んだ。
「お前も〝気づいた〟んだ! ペンデュラムが教えたのは終わりなんかじゃない。お前が辿り着いたのは次の時間の始まりなんだよ! だからエルっ……くそっ!」
もう、いくら叫ぼうと届かない。砂粒よりも小さくなった少女の影がそう言っていた。
アリストは拳を握りしめた。
「気づけば誰も命を手放す必要なんて無いんだ……誰も」
うなだれ、足元を見た。視界が淡いブルーから緑に塗り替わる。
両目に発散していた太陽の残像が消える頃、アリストは視界の端にある奇妙な色に気が付いた。
「……え?」
牧草にうずもれかけた物体をよく見る。それは骨色をした細い棒だった。
頭をよぎった〝彼女〟の記憶が、その正体を示し出した。
「ワンダーワーカーの剣……っ!」
牧草の中から、ばっとそれを掴み出した。
白く冷たい光が躍り出る。
記憶の中と全く同じ、骨色の剣。七百年もの年月を経ようと、時間に褪せた部分は一箇所も見当たらない。
「これが……エルの翼の剣」
その剣は驚くほど軽かった。
これで彼女は奇跡を紡いでいった。
アリス=ザ=ワンダーワーカー。生命がこの地に生まれて初めて、遍く全てを救った少女。
彼女はこの剣で、魔法使いから天使の羽を奪い返した。
そしてここで奇跡を起こした――
アリストはばっと空を仰いだ。
裸眼に捉える淡い光の海。もはや天使の影はどこにも見当たらなかった。
「――エル」
その名を呼んだ自らの声音は、再び望みを取り戻していた。




