表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/63

3章の19

「……ぁっ」

 ぽたり、と血液が床に落ちた。

 白い刃の上を赤い筋が伝っていく。

「――はっ!」

 石の床に落ちた血液を見、ピクシーの少女は笑い声を上げた。

「やったわ! 天使が死んだ! ついに復讐を遂げたのよ!」

 喜び勇んで、うずくまったままの二人へと駆ける。

「さぁ、次は魔法使いたちの生き残りを――」

 言葉が途切れる。

 ピクシー、そしてエルの目は、血液に濡れた剣へと吸い込まれていた。

 白い刃は、軌道を遮った鈴音自身の左腕に深々と埋まっていた。

「リンネ」

 エルが手を伸ばした。小さな手が触れた鈴音の頬は、透明な液体に濡れていた。

 涙の伝う頬を、鈴音はやさしく微笑ませた。

「……もう、大丈夫ですよ」

 刃を阻んだ左腕は、早くも溢れる血液に濡れていた。剣を引き抜くと、深紅の液体は煙のようなしぶきを上げた。

 からん、と剣が乾いた音を立てて床に落ちる。

 自由になった右手で鈴音は、エルの頬に散った自らの血液を拭った。 

「なっ、何よ! バッカじゃないの!?」

 背後でピクシーの少女が罵声を上げた。

「アンタたち二人とも殺してやるわ!」

 はっと振り返ると、少女はイーゼルを帯びた短刀を構えていた。

「エルっ」

 鈴音はエルを抱き寄せた。

 激痛が突き上げる左腕で、天使の頭を胸にかき抱いた。

「死ね!」

 短刀が刃を鳴らしかけた。

 それよりも早く、鈴音は土鈴を高く掲げた。

 低く澄んだ音が空気の中に響いた。

 有魔種のイーゼルを激震させる鈴の音。

 マルベルにとって生命とも言えるイーゼルを揺さぶり破壊する。それがこの神具の力だった。

 鈴音はもう一度、右手の土鈴を鳴らした。

「きゃっ、いっいやああああああ!」

 がらんっ、と短刀が床に落ちる。

 少女の手が耳をふさぎかけた。

 もう、無駄ですよ。

 鈴音は冷静に判断した。

 その通り、彼女の両腕は耳をふさぐ願いを叶えられないまま虚空に停止した。

「あぁぁぁぁぁぁあああああ」

 壊れた楽器のような音を叫びながら、直立した身体ががくがくと震えた。

 鈴音はそちらを見ながら、ぎゅっとエルを抱きしめた。

 力の抜けかけた左腕でエルを抱え、胸と手の平で耳をふさいでいた。

 耐えて。お願い守らせて。

 殺さないでいいと、また今日も気づいたから。

 体の感覚は淡く霞みつつあった。

 靄の掛かりかけた視界で、ピクシーの少女が身を崩す。

 どっと体が倒れたのを確認すると、鈴音は土鈴をゆっくりと下ろした。

 小屋の中の空気はまだ、鈴の音の余韻に揺れていた。

 これが消えるまでは……

 これが消えるまではまだ、この子を抱きしめていないと。

 エル、と淡く呟いた。

 遠のいていく意識に、この名を初めて紡いだ時が映し出される。

 エル。エンジェルのエル。私が付けた名前なのに、ちゃんと呼べないのは悔しいなぁ。

 目が覚めたら、もう一度呼びますからね。そうしたら、ちゃんと返事してくださいね。

 そしてエルも呼び返してくださいね。鈴音、って。

 波が凪ぐように、小屋の中の空気が止まる。

 静穏を取り戻した空気は、不思議なくらいに澄み渡っていた。

 朽ちかけた小屋の中はまるで凪の水面のように、降り注ぐ光に静かに照らされていた。

 遠くで鳴った猫の声を、閉じた意識の中に聞いた者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ