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3章の8

「え」

 目を丸くして辺りを見回す。マルベルの影はどこにも無い。

 体は今も、どこかから発せられる細いイーゼルを感じている。普通の人間では分からない強度だ。鈴音も、ここに来るまで全く感じていなかった。

 ネイバンの街門を抜け、緩い丘を三つ越えた地点だ。ここから勾配の強い丘が始まる。恐らく丘陵一帯で一番高い丘だろう。

 鈴音はペンデュラムに目を落とした。指し示す方向は相変わらず真っ直ぐだ。

 前方は壁のように急な坂になっていた。

「……本当に合ってるんですか?」

 猜疑の目を送ると、十字架は何かされると思ったのか、急に方向を変えた。

「え? 右?」

 今度は本気でダウズを疑いかけたが、ピンと来た。

「丘を迂回しろって事なんですね」

 十字架が示す通りに歩む。丘の勾配を避けて進むと、正解だったようだ。ペンデュラムは少しずつ方角を変えながら、丘の麓に沿って円を描く道を示した。

 隣の丘の斜面が折り重なるように被さって、一時的に見通しが悪くなる。それでも十字架の示す通りに進んでいると、視界に不思議な物が飛び込んできた。

「石? 遺跡ですか?」

 ちょうど、高い丘をぐるりと回り込んだ場所だった。丘の麓に大きな石が塊を作っている場所があった。天然の岩場に見えたが、よく見ると人為的に作られた物のようだ。

 正面に立って眺めてみると、これが古い建造物であると確信できた。

 石造りの小屋。所々くずれてはいるが、それでも建物である最低限の条件は満たしている。壁と、扉は無いが入り口がちゃんとある。

「誰かが住んでいたんですかね」

 鈴音は呟いた後、眉をひそめた。微弱なイーゼルは、この朽ちた石小屋から発せられていた。

 しかも右手のペンデュラムは、真っ直ぐに小屋の入り口を示していた。

「この中……」

 鈴音はペンデュラムを懐にしまうと、一歩ずつ小屋へと進んだ。

 何でこんな所に天使の骨が。一体この中にどんな事実が待っているんだろう。

 じゃりっ

 草履の底が砕けた石を踏む。

 屋根を失った小屋の中には、陽の光が差し込んでいた。

 一部屋だけの空間。石の床の上にはとうに朽ち果てた木のテーブルや、見慣れない器具の残骸が転がっていた。

 そして正面の壁。

 むき出しの石にもたれ掛かり、一体の白骨が首を垂れていた。

「……てんし……?」

 幾多の風雨にさらされボロボロになった骨は、わずかに残った主のイーゼルを鎹に互いを繋ぎ留め合っている。そのおかげで、一つ一つが果てしない年月を刻んだ質感であるにも関わらず、全身の骨格像が保たれている。

 白骨の体は人型をしていた。

 死してなおイーゼルを残す事は、無魔種の人間では叶わない。

 人型のマルベル。しかも、これほどの年月を経ても枯れ果てない程のイーゼルを持つ種。

「でも、これ……」

 鈴音は骸に近づいた。初め、目の錯覚かと思った。

 ……誰かに刺されて死んだの?

 白骨の腹部には、一本の剣が突き立っていた。

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