表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/63

3章の7

 次第に建物の迫間から開けていく。景色へとひた走りながら、鈴音は握りしめたペンデュラムへ問いを掛けた。

「天使の骨はどこですか?」

 しかし十字架はウンとも言わず、疾走のリズムでちゃらちゃらと揺れるだけだった。

「っ、どこにあるんですか!」

 叱りつけるように怒鳴る。すると罵声に驚いて跳ね起きたように、十字架が一方向を指し示した。今走っている方角とほぼ同じだった。

「わかりました。ありがとうございます」

 鈴音はペンデュラムをねぎらうと同時に、かっとなって怒鳴った自分を深く責めた。

 お前には探す資格も無いと言われたような気分だった。

 無理やり主から奪い取った挙句、当然のように問いを投げつける。そんな輩に、真実の答えなど教えるつもりは無い。十字架の態度はそう言っているように思えて仕方無かった。

「……」

 鈴音は走りながら顔をしかめた。

 どんどん悪い方向に向かっている気がする。繰り出す足が踏もうとしているのは、何よりも虚しい結末なのかもしれない。

 嫌われたかな。嫌われたよね。

 それらしい言葉で繕っても、やっぱり裏切りは裏切りだよね。

 そうですよね、アリスト様――

「……っ」

 涙がこぼれそうになる。

 わけのわからない理由をつけ、突然別れを押し付けた私。あの人が一番大切にしているペンデュラムまで奪って、勝手に隣を離れた私。

『何でここまで拒むんだよ』

 耳に甦る彼の言葉が、ついに涙の堰を砕いた。

「っ……だって……」

 涙に歪んでいく景色。

「だって、だって私ついに……」

 緩く緩く速度を落とし、足を止めた。

 ここで町は終わっていた。通用口のような小さい街門をくぐると、すぐに丘陵の起伏が大地を動かしている。

 鈴音は肩で息をしながら、この広い緑の景色を見た。

 いや、緑の一部は黒く汚れていた。

 そよそよと揺れる牧草の中にうずもれた何かが、数多の染みを作っている。

 ずきん、と、心臓が痛いくらいに収縮した。 

 鈴音は白装束の胸元を掴みながら、緩い前進を再開した。

 草履が牧草を踏む。足袋越しに草のやわらかな質感が伝わってくる。

 黒い何かの点在する景色が一歩ごとに近づいて来た。

 マルベルの死体。

 少女はとうに、それを知っていた。

「……全部私がやったんです」

 握りしめたペンデュラムに、細い声で吐露した。

 昨日の晩、私は狂った。銀色の月明かりの中に、無数の血液の雨を降らせた。

 憎いモノを潰すあの快感。胸の中に押し込めていた、たまらなく醜い快感が一気に甦って体中を駆け巡った。

 満ち足りた。

 有魔を殺すと言う行為に、笑って肯定を返した。

 ひたすら殺した――月が紅く濡れるほどに、風が黒く染まるほどに。

 頭の中が壊れかけるほどに。

「もう……私の願いは叶わないですよね」

 涙の伝う頬が歪む。

「あなたみたいなワーカーになりたいなんて、願う資格も無いですよね」

 死を願われる命なんか一つも無い。あなたはそう気づかせてくれた。そしてセルトの皆がそう思える世の中を作るために、あなたは必死に努力している。

 願いを叶えてほしい。あなたが願いを叶えて、セルトの全てを救ってほしい。

 そしてその尊い願いを、私はトーアまで持って帰るつもりだった。

 海の向こうの故郷まで、セルトそしてあなたの思いを広げるつもりだった。

 ずっとずっと、そう願っていたのに――

「……っ」

 鈴音は再び駆け出した。

 早く終わらせる。そうでないと、綺麗な思い出までもが汚く塗りつぶされてしまう。

 彼に掛けた神術は本当に他愛も無い物だった。神具である札が取れれば術も解けるし、少し時間が経てば自然と失われもする。

 あなたはすぐに自由になる。自由になるけれど。

 お願い。追ってこないで。

 この景色を見ないで。

 あなたの綺麗な瞳に、この汚れきった景色を映さないで。

 はっ、とペンデュラムの水晶球を思い出す。

 彼の右目から作り出された千里眼。この目が、彼の代わりに見ているような気がした。

 慌てて覆い隠しかけたが、先程の失態を思い出して止める。

「もう……抗っても意味が無い所まで来ちゃったんですね」

 諦観をのせて呟く。ふと空を見上げると、高く澄んだ空に千切れ雲が流れていた。

 この場所も空だけは美しかった。

 この、トーアには無い空に微笑むのも、きっと残り少ないに違いない。

 かつては天使が舞った空。純白の羽が躍った青い空。

「エルと一緒に飛ぶ前に、終わりになっちゃいましたね……」

 その時、鈴音は微弱なイーゼルを感知した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ