3章の3
B&Bの広くないダイニングを見回すと、目はすぐに目的に行き当たった。
ダイニングには木製のテーブルが数卓置かれ、それぞれに椅子が四脚ずつ収まっている。壁際には暖炉。民家の一室の延長に思える空間は素朴で、温かみが感じられた。
年季の入った床板を踏み、唯一クロスが掛けられている一卓へと歩む。
アリストがテーブルの脇に立ってようやく、エルは顔を上げた。
「ん」
トーストをくわえたまま、んむんむとマイペースに咀嚼している。
テーブルの上にはずらりと料理が並んでいた。フライドエッグに厚切りベーコン、チーズやマッシュルーム、焼きトマト。フルーツの盛り合わせまである。パンはトーストスタンドこそ使っていないものの、カリカリに焼かれた薄切りが皿の上に綺麗に並べられている。横には瓶入りのマーマレード。そして卓の中央には、紅茶の入った大きなポットだ。
「フル・セルティッシュ・ブレックファストじゃないか」
驚き交じりの声で呟いた。この、知っていない限り朝食には絶対見えない料理の数々は、セルトの伝統的なブレックファスト・スタイルに則ったものだ。普通はフルコースらしく一皿ずつサーブされるが、先にテーブルに着いたエルに合わせたのか、最後の皿まで出て狭いテーブルの上を埋め尽くしていた。こうして一度に並ぶと圧巻だ。
上流階級の食卓やゲストハウスならさして珍しくないフル・セルティッシュだが、辺境の町のB&Bで登場するとは夢にも思っていなかった。
「ああ……ここでも気を遣わせたのか」
黒眼鏡を押し上げながらため息をついた。この規模の宿ではまず無い事だ。貴族の一員を泊めている、と言うだけでこんな所にまで気を遣わせてしまう。自分の素性がバレてしまった事が心底後悔された。
しかし一足早く食卓に着いていたエルは、どこ吹く風でナイフとフォークを駆使していた。フォークの先からつるりと逃げるマッシュルームを追いかけ、カチカチと皿を鳴らす。
口の中のトーストが消え、更にフォークがマッシュルームを仕留めた所で、アリストはようやく問いを口にした。
「エル、鈴音はどうしたんだ? まだ寝てるのか」
テーブルについているのはエル一人だけだった。袴姿の少女はどこにも見当たらない。
「リンネ、いなかったよ」
「え?」
「部屋にいなかった。ベッドもからっぽ。だからあたし一人できたの」
アリストは眉をひそめた。
「いつから居なかったんだ?」
「わかんない。でも昨日はベッドでねてたよ?」
アリストは頭を抱えて呟いた。
「今度は鈴音か……頼むから、出先で勝手に居なくなるのは勘弁してくれ」
そして引きかけた椅子を戻すと、テーブルに背を返した。
「どうしたの?」
「鈴音を探してくる。エルは先に食べててくれ」
と言ってもエルは既に、自分の皿の半分以上を平らげているが。
背中に頷きが返ってくるのを感じながら、アリストは再び扉へと戻った。
「まさかあいつ、本当に日の出を見に鉱山に登ったんじゃ……いや、鉱毒の事は話したか」
しかし、何でこんな時に限って姿を消す――
「……夢の事を言ったら、笑われるか?」
夜見た夢が、アリストの心臓を再び締めた。
あの夢が確かならば……
と、アリストは顔を上げた。
廊下の先で変わったフォルムの服が揺れていた。
「鈴音」
声を掛けると、彼女は俯けていた顔を上げた。
「……アリスト様」
ふらつきながら歩いていた足が止まる。
真っ直ぐこちらを見る鈴音の表情は、やけに憔悴しているように見えた。
「……どうしたんだ? 調子が悪いのか」
「何でもないです。長旅でちょっと疲れちゃったみたいで」
彼女は疲れた顔を隠すように、ふにゃっとした笑みを浮かべた。
「あっ、この服ですか? あはは、昨日の一式はちょっと汚しちゃって……」
アリストが問う前に、鈴音は両袖を広げて見せた。
着物と袴だが、上下共に昨日と全く違う。白い着物に、緋色の袴。黒眼鏡越しでも鮮やかな色合いが伝わってくる。柄が一切無い組み合わせだが、白と緋色の組み合わせは何故か見ているだけで緊張が走る。
「その衣装、確か神術師の正装なんだろ」
頷く鈴音。いつ何があるか分からないから、遠出の時はいつも一着トランクに入れていると言っていた。
「今回は着替えがこれしかなかったから……だから別に、意味なんてありませんよ」
もう一度笑みを浮かべると、鈴音は突然、真顔をアリストに向けた。




