2章の12
給仕の少女が紅茶を持ってきたところだった。エルの分のカップが続き、それからテーブルの中央に大きなポットとミルクピッチャーを置く。
「悪いけど、サーブはセルフサービスです」
「あ、わかりました」
鈴音が頷くと、少女は鈴音へと目を向けた。
戸惑っているような不思議な表情に、鈴音は首を傾げる。
「どうかしましたか? セルト人じゃないけど紅茶の入れ方はわかりますよ?」
「いえ、あの……」
少女は一度店内をぐるりと見回した。そして小さく息をついてから口を開いた。
「あの、怖くないんですか?」
「え?」
まじまじと少女の顔を見つめ直す。
「何がですか?」
「だってあの……あの人、アリスト=クラット様ですよね。クラット家の長男の……」
「そうですよ。でもどうしてそれだけの理由で、アリスト様を怖がらないといけないんですか?」
鈴音は眉をひそめ、語気を強めた。
「アリスト様は貴族の生まれであっても、私にとってはセルトに生きる一人の人です。それに異邦人の私から見てもすごく良い方です。怖がる理由なんてありませんよ」
すると少女は怪訝な顔をした。
「もしかして知らないんですか?」
「何がですか」
鈴音の問いに、少女はひそめた声で答えた。
「あの人、自分が魔具を手に入れるために、魔法使いに生贄を差し出したんでしょう?」
「――――は?」
耳に聞こえた言葉が信じられなかった。
「い……けにえ?」
少女が頷く。
「アリスト=クラット様。いくら修行しても全然魔法を使えるようにならないから、魔法使いに頼んで〝人間を魔具にした〟って話ですよ」
人間を魔具に?
それも〝魔法使い〟の手で。
「っ」
鈴音は弾かれたように立ち上がった。
しかし目を下ろした先に、かの天使の姿は無かった。
「あれっ? エル?」
「どうしたんだ?」
アリストが戻ってきた。給仕の少女は「ひっ」と息を呑むと、急いで店の奥に消えてしまった。
「あ、ちょっと! それは誤解ですよ!」
「何を話してたんだ?」
アリストが首をひねる。
「えと……いえ。……別に……」
「ところで、エルはどこに行ったんだよ」
空になった少女の席を、アリストは心配そうに指差す。
「わからないです。いつの間にか居なくなってて」
「探した方がいいだろうな」
再び踵を返しかけたアリスト。
そこへ、
「さあさ、食べてくださいな!」
テーブルの上にどんっ! と巨大な皿が置かれる。
二人が顔を上げると、女主人の強烈な愛想笑いがあった。
「ビールのおかわりも、ご遠慮なく言いつけてくださいね」
更に料理をもう一皿テーブルの上に置くと、深々と礼をして去って行った。
「……」
「……私が探してきますから、アリスト様はこっちをお願いします」
「なっ、何でだよ」
「目を離したのは私ですから。アリスト様はお酒とお料理を楽しみながら待っててください!」
無理やりアリストを椅子に落とすと、鈴音は駆け足でパブの入り口に向かった。
「鈴音!」
立ち上がりかけるアリスト。しかし女主人の笑顔が見えると、否応なしにテーブルに向き直るしかなかった。
「これを一人でどうしろと言うんだ……」
目の前には、巨大な皿を埋め尽くしたチコリのサラダと、丸々一本分のローストビーフ。山盛りのマッシュポテト付きだ。
あいつ、確かサンドウィッチも頼んでなかったか?
鈴音の注文を思い出し、アリストは更に頭を抱えた。




