2章の9
「ひとまず夕食にするか。ついでにB&Bの情報も聞こう」
「さんせーい!」
鈴音が笑顔で手を挙げる。
「今晩のハイティーは何ですかねー」
「パブだから、フルコースなんて期待するなよ」
「そんな贅沢言いませんよ。紅茶があればパブでも大歓迎です」
馭者席から下りるアリストへ、鈴音は人差し指を立てて笑った。その横でエルが「またお茶飲むの?」と怪訝そうに呟く。
馬車に二人を残し、アリストはパブの扉へと向かった。
足元に黒い影がついてくるのに気が付く。
「お前も腹が減ったのか?」
にゃー にゃぁ
「わかったわかった。猫は追い出されるかもしれないから、大人しくしてろよ」
黒猫にも忠告すると、アリストはパブの扉を開けた。
カランカラン、とカウベルが来客を告げる。
「いらっしゃーい」
威勢のいい女主人の声がこちらを迎えた。
「三人だ。それから、馬車を繋げる所があれば――」
「馬車! 珍しいね。ちょっとアンタ、ぼーっとしてないで店の裏まで案内しておあげよ」
女主人は後ろへ首をめぐらせた。
体格の良い彼女の後ろに立っていた男が、我に返ったように「あ、ああ」と頷いた。中身を注ぎ終えたビアグラスを置くと、慌ててカウンターから出てくる。
「はいはい。馬車ね」
「入れそうですか?」
後ろを振り向くと、鈴音が立っていた。にぎやかなパブの中を見回し、「紅茶もありますね!」と目を輝かせる。
にゃー
黒猫が足元でジャンプする。鈴音に続いて馬車を降りたエルの胸に飛び込んだ。
「ひとまず、座ろうか」
「はーい。もうお腹ペコペコですよ」
示された空席まで鈴音たちを連れて行く。
板張りの床を歩む中で、アリストは妙な感じを覚えていた。自分たちはどうにも、ひどくパブの客の注目を買っているようだ。
鈴音の服を考えれば当然か、とアリストは自分自身の黒装束を差し置いて納得する。
トーアの服を纏う少女はどの町に行っても格好の注目の的になる。それに比べれば猫など無いようなものなのか、エルに抱かれた黒猫を指摘する人物は一人もいなかった。
味のある木製のテーブルに着くと、店員の少女がすっとメニューを出してくれた。
「鈴音、エル。二人で適当に決めてくれ」
そう言い残し、馬車を収めに行こうと入り口に戻りかけた。
その時だった。
店の外で待っているはずの主人が、慌てて店内へと駆け込んできた。




