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外食

作者: 竹仲法順

     *

「おい、岩村、牧岡。飯でもどうだ?」

 上司で部長の西平(にしひら)敦彦(あつひこ)がそう言って、俺や同僚の牧岡(まきおか)治夫(はるお)の名を呼ぶ。牧岡が俺に、

「岩村、西平部長が食事に誘ってくださるんだから、一緒に食べに行こうよ」

 と言った。少し躊躇っていたのだが、やがて、

「ご馳走になります」

 と言い、牧岡と並んでフロアを出る。西平は普通にスーツ姿で、上からコートを一枚羽織り、清潔な感じのヘアワックスを付けて整髪していた。いかにもカッコいい五十代男性だ。牧岡と揃って歩きながら、どこに食事に連れていかれるのか、見当も付かなかった。やがて街の目抜き通りでも一番飲食店が集中する場所の一角に辿り着き、

「おう、ここだよ。俺が贔屓にしてるのは」

 と言って、一軒のステーキハウスを指さす。多分、若干高めだろう。牧岡と顔を見合わせ、西平に、

「ここ、料金お高いんじゃないですか?」

 と恐る恐る言ってみた。

「大したことないぞ。カード決済でも一人分の食事代が一万ぐらいで済むからな」

「一万……ですか?」

「ああ。俺にとって一万なんて痛くもかゆくもないよ」

 今、部長職にいるこの男は普段から豪勢なものばかり食べ付けているようだった。俺も牧岡も以前から知っている。西平がかなりの美食家であることを。

     *

 西平が先に店へと入っていったので、俺たちも後から付いていった。店内は肉料理特有のにんにくの匂いが漂っている。西平が、

「マスター、いつもどうも」

 と会釈し、空いていた席に座った。俺も牧岡も本当にここに来ていいのかなといった感じで座り、しばらく黙り込む。西平が、

「お前ら、いつも何食ってんだ?」

 と訊いてきたので、俺の方が先に、

「定食です。社内食堂の」

 と言った。牧岡も、

「私も同じですね。定食食べることが多いです」

 と言い、軽く息をつく。西平が軽く笑みを零し、

「そんなので、力出るのか?仕事きついくせに」

 と言ってきた。軽く笑い、試すように、

「西平部長は金銭感覚ないんじゃないでしょうか?」

 と言ってみる。

「ああ、確かにな。俺も結構給料取ってるからな。単なる一商社の営業部長職でもね」

「だから、こんなところお使いになるんでしょう?」

「うん、そうだよ。……でも、別にいいじゃん。稼いだ金どう使おうが、俺の勝手なんだし」

「贅沢な感覚ですね。そんな感じで、生活されてるんですね?」

「ああ。別に気にも掛けてないよ。金なんかいくらでも回るからな」

 西平がそう言って、カウンター席の真向かいに立っているマスターに、

「こいつらに美味い肉食わせてやってくれよ。金なら出すからな」

 と言葉を重ねた。

「ご馳走になります」

 一言そう言って、焼き上がったステーキが来るのを待つ。西平も牧岡も、各々お冷を飲みながら、料理が来るのを待っていた。大抵、肉料理は十五分から二十分程度掛かる。じっと待ちながら、合間にスマホを弄っていた。西平が、

「おいおい、ケータイとかスマホなんか、飯の時ぐらい控えろよ」

 と言ってくる。

「すみません。ついつい、サラリーマンの癖が抜けないもので」

「まあ、人間だからな。特に今の若いヤツらはそういった端末弄るのが好きなんだろ?」

「ええ。メールも全部こっちとパソコンのアドレスの方に転送されてきますし。……部長はパソコンなさらないんですか?」

「そりゃ使えて当たり前だろ。今時、パソコン使えない商社の部長なんか、一発で首切られるぞ」

 西平が笑う。するとマスターが、

「お肉焼き上がりましたよ。どうぞ」

 と言って、ナイフで丁寧に切り分けてくれた。そして差し出す。こういった高級ステーキハウスのステーキ肉を口にする機会はほとんどない。ただ、食べると、普通の肉とはちょっと違った感じがする。昼食の時が、実に充実した。高い料理にコーヒーまで付いて。もちろん食事に掛かった三万の金は西平が全額負担したのである。

     *

「またおいでくださいませ」

 マスターがそう言うと、カードで料金を決済した西平が先に店を出、後から俺たちが続く。別に不自然じゃなかった。単にいつもは社内食堂の定食で済ませるところを思わぬ形で上司から奢ってもらったというだけだ。歩きながらスマホを見た。新着メールに<御社営業部門との取引成立の旨>と件名があり、中には長年凌ぎを削っていた他会社の営業部との取引が成立した旨、記載があった。

「部長、このメールってさっき入ってきたんですけど、もしかしてご存知でした?」

「ああ、そのもしかしてだよ。阪帝物産(はんていぶっさん)との取引は、今朝方成立したんだ。その事実は知ってる」

「じゃあ、今日のこの外食は……」

「そう。半分お祝いがてらにね」

 西平がそう言って笑い出す。何と言っていいのかは分からなかったが、いいことであるのは間違いないと思っていた。阪帝物産とはいずれ折り合いが付くと、社の内部では重役間で話し合いがあったのを噂で聞いて知っている。その席に西平も営業部の部長としていたのだ。

「それにしても、俺とか岩村みたいな下っ端に、なぜこんな豪勢な飯を?」

 牧岡の問いに、西平が、

「簡単だよ。金なんてな、俺ぐらい稼いでれば、泡みたいなものだ。使い切れないぐらい貯蓄してるし、返って使ってしまった方がいいんだ。カミさんはいるけど、子供いないしな」

 と返す。確か、西平の奥さんは不妊症で子供が出来なかった。夫婦二人暮らしである。察していた。多分、老夫婦の晩年は侘しいだろうなと。だから、逆に俺や牧岡のような世代の人間を子供代わりにしているのである。五十代も後半を迎え、退職間際の西平にとって、それがせめて出来ることだろうと思った。

「じゃあまた仕事してくれよ。阪帝物産とは俺も交渉に当たるから、何かあったら力なり、知恵なりを貸してくれ」

「分かりました」

 頷くと、牧岡も黙ったまま、頷いてみせた。そして社へとまっすぐに歩き出す。午後からの仕事に備えて、だ。うちの社の営業部は今日も忙しい。社自体、地方にあるとはいえ一応準大手だ。俺もその一員として、牧岡や他の社員と一緒に頑張るつもりでいた。言わずもがなで、西平たち上の人間にも力を貸すつもりだ。しっかりと。

 高級ステーキ肉を思う存分食べたおかげで、口の中からはにんにく臭が漂い、口臭がやけにきつくなったのを覚えた午後だった。

                                  (了)



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