俺達の戦いはいつからだ
「あ~あ、いつまでこんなこと続けなきゃいけねぇんだよ……」
戦闘員五十二号はだるそうな口調で呟いた。
「ずいぶんやさぐれてますね、どうしました?」
その様子を見て、戦闘員三十八号が問いかける。
戦闘員には名前がない。
皆、番号で管理されるのである。
もっとも、戦闘員とて日本国民だ。
戸籍はある。
だがそれらの名前は、戦闘員として活動している間は使われない。
「どうしたもこうしたもねーよ。毎日毎日過酷な労働条件で、まずい酒と料理出して、酔っぱらい客の相手して、俺はこんなことするために生きてるんじゃねーんだよ!」
ここは大手居酒屋チェーン『菜民』の厨房である。
悪の組織『ナパーム団』の表向きの姿なのだ。
「しっ、声が大きい。ウチの社訓は『生きて帰れると思うな』ですよ。そんな愚痴を言ってたら消されますよ」
「そこが訳分かんねーよ! なんで社訓に脅し文句書いてあるんだよ!」
戦闘員五十二号は怒りを顕にした。
こんなことで大丈夫なのだろうかこの組織は。
「君だって命かけるつもりでウチに入ったんでしょう?」
「そりゃそうだよ! 俺はここが世界征服するって言うから組織に入ったんだよ。戦いで命を落とすなら本望だ! だけどな、なんで毎日毎日居酒屋で働かなきゃいけないんだよ! なんで居酒屋で働くのに命かけなきゃいけないんだよ!」
戦闘員五十二号の意見ももっともである。
ここしばらく、『ナパーム団』はまともな活動をしていなかった。
来る日も来る日も『菜民』で働くだけである。
「まぁまぁ。悪の組織にもしがらみってものがあるんです。ウチみたいな弱小は上部組織の顔色をうかがわないと大々的な作戦行動は出来ないんですよ」
「意味わかんねえよ。悪の組織に上下関係とか……。入る前に知っていたら、もっと上の組織に入ったのに……」
現在日本には百を超える悪の組織がある。
世界中を見渡せば万を超えるという。
世界征服をしようにも、そもそも悪の組織同士の足の引っ張り合いが激しい。
中にはこうして別の組織と同盟や従属関係になる例もあるのだ。
「いやあ、君じゃどっちにしろ無理ですよ。上は加入条件厳しいですからね。あっちは都市銀行隠れ蓑にしてますし、財力も違いますから」
戦闘員三十八号がさらりと戦闘員五十二号をバカにした。
「ちくしょう、ここでも学歴か! 悪の組織のくせに!」
戦闘員五十二号は悪態をついた。その時、
「た、大変だー!」
と叫びながら戦闘員七十六号が駆け込んできた。
「な、なんだってー!」
「まだ何も言ってないっす! 大変っす、大変っすよ姉さん!」
「落ち着きなさい、何が大変なんですか?」
姉さんもとい戦闘員三十八号が答える。
「う、上が、上が壊滅したっす!」
「上? 上部組織が、ですか?」
「そ、そうっす。今ニュースやってるっす! 『正義協同組合連合会』の『超人大隊ゴヒャクレンジャー』にやられたらしいっす!」
正義協同組合とは、各都道府県ごとに存在する、正義のヒーローの互助組織である。
組合が横に連携を組んだのが連合会で、そこに所属するヒーローはエリート中のエリートなのだ。
「『ゴヒャクレンジャー』!? あの、超人五百人集めてフルボッコ戦法取ってくるえげつないヒーロー集団!?」
「そう、全員の見せ場を作ることができなくて、いるんだかいないんだかよく分からないキャラがいっぱいいるあのヒーロー集団っす!」
「手柄が欲しいがために、既に無力化された怪人に執拗に追い打ちをかけるあのヒーロー集団ですか……」
『正義協同組合連合会』所属のヒーローの中でも、『超人大隊ゴヒャクレンジャー』は、その規模の大きさとリーダーを決める総選挙の存在で知れ渡っている。
解決した事件も数知れない。
ただし、人数で割ると大したことないという話もある。
「それで、表向き組織の銀行の方にも捜査が入って、今警察とか東京地検とか公取委とか! このままだと芋づる式に『ナパーム団』のことが!」
「お、オイオイ、それまずくねえか!?」
「……まずいですね。ですが、私達にできることもありません。何かあるとしたらまず上からでしょう。幸い、ここ最近目立った作戦は実行できていませんから、私達下っ端は知らぬ存ぜぬで押し通せるかもしれません」
「なんてこった、弱小組織なのが逆に救いになるとは……」
戦闘員五十二号は天井を仰いだ。
その時、
「た、大変だ!」
と叫びながら戦闘員五十五号が駆け込んできた。
「な、なんだってー!」
「そういう天丼いらないっす!」
戦闘員五十五号はその場にいる面子を見回してから、
「ご、『ゴヒャクレンジャー』が攻めてきた!」
衝撃的な事を言った。
§
「……確かに『ゴヒャクレンジャー』ですね」
玄関口でたむろする団体を見ながら、戦闘員三十八号が言った。
「あ、あいつ見たことある、確か『のり弁当強奪事件』でウメボシ怪人にとどめ刺した奴だ」
「あっちは『くまモン増殖事件』でニセくまモンを殲滅した奴っすよ」
「『ちくわ大明神事件』で大明神の正体を暴いた奴もいる」
それぞれのカラーをまとったヒーロー達の中には、戦闘員達も知っている顔があった。
もっとも、逆に言うと、ヒーローにも関わらず知られていない者もいるということだが。
「でもやけに少なくねぇか?」
戦闘員五十二号が疑問を口にした。
「確かに……。まあそれでも普通の戦隊よりは多いけど」
そんな話をしているうちに、ヒーロー達は店内に入ってきた。
「とにかく、応対しないと怪しまれます。まだバレたと決まった訳じゃないでしょう。私が行きます」
戦闘員三十八号がそう言って入り口に向かう。
「あ、姉さん!?」
戦闘員七十六号が顔を青くした。
「いらっしゃいませー。何名様ですかー?」
「あ、十二人で」
ヒーローの一人、黄土色のスーツの男が答えた。
戦闘員三十八号はそのまま集団をテーブル席に連れて行く。
「おいおい。普通に案内してったぞ」
「十二人とは少ないな。偵察か?」
カウンターの中で、聞こえないように戦闘員達は話をする。
「すっげー緩みまくってるっす。あれが演技ならスゴイっすよ」
「と、とりあえず水とおしぼり用意しよう」
そうして十二人分の水とおしぼりを用意していると、
「オーダー入りました、生中10、ウーロンハイ2、鶏唐4、軟骨揚げ1、おにぎりが鮭2と高菜2、シーザー大2」
と言いながら戦闘員三十八号が戻ってきた。
「……普通に注文してるじゃねーか」
「普通に注文されました……」
戦闘員三十八号は苦笑を浮かべる。
「なんだかわかんないけど水持って行こう、来い」
「は、はいっす!」
そう言って戦闘員五十五号と七十六号は水とおしぼりを持っていく。
「なんだかよく分からないけど唐揚げだな? 唐揚げ作ればいいんだな?」
疑問は尽きないが、戦闘員五十二号は厨房に戻った。
§
一方、ヒーロー達は、今日の上部組織壊滅の顛末を語り合っていた。
「いやー、今日はいい活躍っしたねー、カーマインジャーさん!」
「いやいや、フカミドリンジャーさんの活躍もなかなか素晴らしかったですよ!」
ヒーロー五百人ともなると、カラーバリエーションが圧倒的に足りなくなる。
ほとんど同じ色じゃないかと言われるようなヒーローもいて、誰もが個性付けに苦労している。
その点、個性というものが必要ない戦闘員は楽なものだ。
識別も通し番号ですれば良い。
「必殺技がスカってアサギンジャーさんにとどめ奪われた時のアカインジャーの顔! あれ傑作でした!!」
その中でもアカインジャーという名前は独特である。
赤はリーダーの色なので、総選挙で一位になった者が襲名するのだ。
だからアカインジャーは赤でない時の色も持っている。
ただ、リーダーである間はその名で呼ばれることはない。
もっとも、そのアカインジャーでさえ、この場にいるカーマインジャーやら、クリムゾンジャーやら、ヒイロンジャーやらと同色系が沢山いてややこしいのだ。
「あいつ普段から『俺リーダー』とか言って気取ってるもんな。今度からリーダー(笑)って言おうぜ(笑)」
青っぽい色のヒーローがそう言って、どっと笑いが起きる。そこに、
「お待たせいたしました、お水とおしぼりお持ちいたしました」
戦闘員七十六号と五十五号が現れた。
「おせーぞー、酒マダー?」
「申し訳ありませんただいま少々混み合っておりまして、すぐにお持ちいたします」
「さっさとしろよなー!」
「まあまあ、いいじゃないですか、今日はめでたい日ですし」
戦闘員達は、水とおしぼりを配り終えると、早々に席を離れた。
「……あいつら、完全に打ち上げのノリだったっすよ」
厨房から出てきた戦闘員五十二号に向かって、七十六号が言う。
「しかも微妙に態度が悪かった」
戦闘員五十五号も続ける。
「あのいっつも真ん中に立ってる赤、人望ないみたいっす」
「……まあ五百人もいれば全員仲良しって訳にゃいかねーよな」
「むしろ顔と名前が一致しないとか普通にありそうっす」
そんな話をしていると、事務所から出てきた戦闘員三十八号が、
「仲のいい者が少人数ずつ別れて打ち上げやってるみたいです。他の店舗からも今来てるという連絡が」
と言った。
「まだバレてないってことか? とりあえず生中とウーロンハイだ。持ってけ」
「分かった」
戦闘員五十五号は酒を運びに行った。
§
「二十四番! 一発芸! 獄炎波動撃!」
あれから一時間ほど。
ヒーロー達はすっかり出来上がっていた。
大声で騒ぐのが厨房の中まで聞こえる。
「おいお前それ必殺技じゃねえか!」
そんなツッコミに、戦闘員達の顔が凍りつく。
店内で必殺技なぞぶっ放されたら大変なことになる。
「わはは、失敗してるし!」
戦闘員たちはほっと息をついた。
「これで俺も今日からリーダー!」
「リーダー(笑)だろそれじゃ!」
「……あいつらうるせぇっすね」
戦闘員七十六号がぽつりと呟く。
「流石にそろそろ他の客が迷惑そうだな」
「どうする? 注意するか?」
眉を顰めながら戦闘員五十五号と五十二号も言った。
「でもあいつら腐っても超人っすよ。ぶっ飛ばされたりしたら死ぬかもしれないっす」
難しい顔で戦闘員七十六号が答える。
「……私が行きます。女なら手を上げたりはしないでしょう」
「あ、おい待て!」
戦闘員五十二号は思わず三十八号を止めたが、それを聞かずに彼女は行ってしまった。
数分後、
「……セクハラされました……」
胸を抑えながら戦闘員三十八号が帰ってきた。
「あいつら……」
「最悪だな……」
「……ひどいっす」
「あー、あいつらの相手はお前ら二人がやれ。なるべく刺激しないようにな。三十八号はちょっと本部と連絡とってくれ」
戦闘員五十二号が三十八号が接客しなくて済むように言う。
「わかりました、すみません……」
いつも冷静で少し皮肉屋な戦闘員三十八号だが、けっこう本気で落ち込んでいるみたいだった。
「三十八号は悪くねーよ、悪いのはあいつらだ」
戦闘員五十二号は憤りを感じながら吐き捨てた。
§
「あいつらかなり質悪いぞ、他の客に絡みだした」
「つまみ出したいっす」
戦闘員五十五号と七十六号が報告する。
あれから三十分ほど。
ヒーロー達は大分調子に乗っている。
「…………盛るか」
戦闘員五十二号はぼそりと呟いた。
「何言ってるんですか!」
戦闘員三十八号がそれを咎める。
「おいおい、俺ら悪の組織だぞ? 敵が目の前で酔っ払ってんだぞ? このチャンス利用したっていいだろうが」
「だ、だがそれをやると報復が……」
ただでさえ弱小組織なのだ。
『ゴヒャクレンジャー』を本気で相手にしたら敗けしかありえない。
「誰も殺すとは言ってねえよ。殺したいけどな。ちょっとこれを使うだけだ」
そう言って、戦闘員五十二号は白い粉末の入ったビニール製の小袋を取り出した。
「こ、これ、何すか?」
「ウチのマッドドクターが開発した『ナベアチン』だ。三の倍数を言うとアホになる」
「微妙な効果ですね……」
戦闘員三十八号が呆れ顔で言う。
こんなわけの分からない物を作っているからいつまでたっても弱小のままなのだ。
しかし、戦闘員五十二号はにやりと笑った。
「ところがこれ、アルコールと飲み合わせると、三の倍数を見たり聞いたりしただけでアホになるんだ。多分この効果は俺しか知らないけどな」
「な、なるほど……。というか何故そんなことを知っているんだ」
戦闘員五十五号がそう聞くと、戦闘員五十二号は暗い表情になって、
「実験台とか言われて前ドクターに盛られたんだよ……。その後憂さ晴らしに酒呑んだら酷い目にあった」
「……けっこう苦労してるんすね」
憐憫の情を込めて戦闘員七十六号が言う。
「……死にはしないんだな?」
「ああ、しかも通常の毒物検出にも引っかからないぞ」
戦闘員達はちょっと考え込んだ。
確かにそれなら問題はなさそうだ。
戦闘員五十二号の様子からいって後遺症は無いようであるし。
「じゃあそれで行くか」
戦闘員五十五号がそう言って、全員の心も決まった。
§
「いやー、しっかし、俺ら十二ィ~ん人最強ですね!」「十二ィ~ん」「ぎゃははは、
十二ィ~ん!」「十二ィ~ん!」「ブヒャヒャヒャ十二ィ~ん」「十二ィ~ん」「十二ィ~ん!!」
「……すごい効果っす」
ひたすら「十二ィ~ん」と言い続けるヒーロー集団を見て、戦闘員七十六号が言った。
「あれでもう前後不覚だろ。つまみ出しとけ。飲み代は抜いとけよ。もし反撃されたら三とか六とか言っとけばOK」
「らじゃっす!」
そうして、戦闘員七十六号と五十五号は、ヒーロー達を担いで一人ずつ店の外に放り出した。
「いや、片付いたな」
静かになった店内で、戦闘員五十五号が感慨深げに言う。
「だけど問題はこの後ですよ。捜査だいぶ進んでいるみたいです」
戦闘員三十八号の言葉に、戦闘員たちはため息をついた。
「そうっすよね。『ナパーム団』もとうとう終わりっすかね……」
戦闘員七十六号が悲観的な未来を口にしたところで、事務所から電話の呼出音が流れた。
「ありがとうございます菜民新宿店です」
戦闘員三十八号が電話に出る。
「はい。……はい。え? はい。わかりました。了解です。はい。お疲れ様です」
若干困惑したような応対をする戦闘員三十八号。
「……何の連絡だ?」
戦闘員五十二号は訝しんだ。
「えっと……、今回の件ですけれど。正義の側も上を潰したのは見せしめのためであって、下は数が多すぎるから放置する方針らしいです。だから私達に累が及ぶことはないと」
「マジすか! 良かったっす!」
男達の顔が明るくなる。しかし戦闘員三十八号の表情は晴れない。
「ただ、本部が、今後悪の組織としての行動は凍結すると」
「何?」
戦闘員五十五号が眉根を寄せた。
「目立った活動をすると正義にまた目を付けられますし、目の上のたんこぶだった上部組織が消えたことで、これまでみたいな自転車操業をしなくても済む目処がたったとかで、取締役会がこの機会に社内改革を断行する予定だそうです」
「…………」
「…………」
「…………」
男達はぽかんとした表情で固まった。
「…………」
戦闘員三十八号は目を逸らす。
「そりゃねえだろ!? 俺何のためにここで働いてんだよ!」
戦闘員五十二号が叫んだ。
「俺もっすよ! 結局俺入団してから一度も作戦に関わってないっすよ!?」
戦闘員七十六号の言葉に、戦闘員達は同情を禁じえなかった。
「……このご時世、働き口があるだけマシかもしれんな……」
戦闘員五十五号は諦念を交えて呟いた。
「み、みんな、いつかきっとチャンスがありますよ!」
戦闘員三十八号の慰めの言葉は、誰にも信じられなかった。
§
こうして、悪の組織『ナパーム団』の活動は、特に目立った成果がないままに幕を下ろした。
ただし、その後組織改革に成功した『菜民』は、急激に業績を伸ばし、業界トップに踊り出、ついには世界進出を果たすことになる。
これもある意味世界征服みたいなもんだよな、と、後に会社重役になった戦闘員五十二号は寂しげに呟いたという。
お題「戦闘員」で書いた短編です。
検索すれば他の方の作品も読めるので、よろしければそちらも読んでください。