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閣下と教官殿  作者: くらげ
破壊の女神と平和の乙女
7/7

最後で最初の日

 

 たった数音だけれど、とてもきれいな音だった。


 だから、早くあの曲の本当の姿を取り戻したいと思った。


 本当はどういうメロディで、どういう続きがあったのだろう……


 そう思って、音をパターンを変えて、紡いでいく。




 うっかり、“生徒”のことを忘れて、楽譜に夢中になってしまったのは、失敗だったけれど。


 鬼将軍閣下を怒らせてしまったようで、たった一日で、心がくじけそうになった。


 鬼将軍は怖かったけれど、これを逃せば、この曲の続きを知る機会は永遠に失われてしまうかもしれない。そう思い、このバイトを続けた。


 鬼将軍の名を『テューレ』様と知った後も、結局『閣下』と『教官殿』の呼び方は変わらなかった。



 バイトを始めてから、半年後の今日、ついに曲は完成した。



 別れの挨拶を告げようとする私に、閣下は言った。


 「この曲は連奏する曲だとばあ様から聞いた」 

 

 楽譜もなしに上手く弾けるか不安だったが、半年もこの『曲探し』に携わってきたのだ。

 私はそっと鍵盤に指先を置いた。

 

 

 一度弾き始めると、彼の音が次にどの音を奏でれば良いのか、教えてくれた。指先が自然にその音に触れる。


 追いかけ追い越し、寄り添い、重なり、やがてほどけて静寂が訪れた……



 今の二人の技術と知りえる情報で最高の音楽だったと思う。

 でも、まだぼやけている。


「もう一つ、大事な任務を忘れていました」


 閣下は不思議そうに首を傾げる。

 彼の顔が『これで、十分じゃないか。この上、何が足りないんだ』と言っている。


「この曲は名前を取り戻していません。あなたが名前を見つけてあげてください」

 

 しばらく「うぅ~ん」とうなり声を上げて考えていた閣下は、ぽつりとつぶやいた。


「『人魚姫のピアノ』」


 名前を付けたことで、その曲の“色”が鮮明になった。


 遠くから見たら青く、手に掬えば透明な……

 


「エイル。その……勝手な願いだが、もしよければたまにここに来て、一緒に演奏してくれないか? 教師としてではなく、友人として」


 半年も通っていると怖さは消えていた。

 私は眼鏡をはずして、初めて彼の名前を呼んだ。


「わかりました。テューレ様」



「服は何を着ていこうかしら……」


 このバイトを受ける時に肩口でばっさり切った髪は、今では肩を超えて背の半ば近くまで達している。

 しばらくはこのくらいの長さでいいかな?

 

 半年前は、目立つのが嫌いな臆病で地味な女だった。

 髪を切ったくらいで臆病な性格が変わるわけではなかったけれど、『ミンチ女史』を演じるのは面白かった。


 教師の時に着ていた服は完全な仮装コスプレだから、さすがに友として閣下……じゃなかった、テューレ様のお宅にお邪魔するなら、あの格好はどうかと思う。


 だけれど、バイト代も生活費以外はほとんど実家に送ってて、あまり余所行きの服はないし……

 明日、彼の家に行くのは、本当は怖い。初めて彼の屋敷を訪れた時と別種の怖さだ。


 彼は、私の“本当”を知ったら、がっかりするかもしれない。


 でも……。 不安を押し込めて別のことを考える。


「明日は、何か持っていこうかしら……」


 初めてお邪魔するのだから、甘いお菓子でも。


 名前をつけられた『人魚姫のピアノ』はきっと今日よりかずっと素敵な曲になっているだろう。 

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