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まほらのありか

作者: ゆきさめ

 まずは右足を前に出します。


 次にその足を土に足を下ろし、休むことなく左足を上げまして前へ打ち下ろすかのように土の上。さらに続きまして右側を同じように前へと出し、土を踏みつけるのであります。それを、三対分繰り返しまして進みますこれは、つまり歩みでありました。


 あたしと、あたしを含めました姉妹は我らが大姉の背中を追って歩いております。

 一心不乱、隊列を乱してはなりません。我ら兵卒、総帥と名誉たる肩書きを頂戴いたしました大姉の背を追い追いしているのでございます。

 それというのもこの密林は深く茂っておりまして、えぇそう文字通り密林でございまして、前に続かねばすぐに置いていかれてしまうのであります。ここではぐれれば、いつ敵襲があるやも分かりませぬゆえに、あたしとあたしを含めました姉妹どもは歩きます。歩くしかないのであります。


 幾日こうしていますことでしょう。

 雨の日も風の日も、そしてひどい日照りの日も深い雪の日でありましても、いついかなるときも我我は大姉の背中を追うのであります。行く先はあたしら愚妹どもに知らされるはずもございません、あたしら一端の兵卒になど教えられるはずないのです。しかしながら疑うなどとそのようなこと、誰一人として考えることなく、ただ黙黙と追うのでありました。だって一体何を疑うというのでありましょう!

 しかしさすがに、あたしや姉妹どもといえど、既に心身疲れ果てておりました……。

 景色の変わらない密林、体力を奪う悪天候。さらに言えば、食料などとうの昔に尽きております。空腹による眩暈、幻覚さえございます様子ではありましたが、あたしらはそんなことをおくびにも出しやしません。大姉はあたしらよりもずっとずっと大変だというのに、ぴしりと歩いておられるのでございますから。

 

 それでもあたしらのこの細く頼りない足は鉛のように重たく、ぬかるんだ足元に脱落していくものどももおりました。それに我我は泣く泣く目を瞑り、歩みを進めている次第であります。

 遠くに見える高い空は青青としておりまして、嗚呼、ずいぶんと遠い。あたしらは一体どこへ向かうのでありましょう。


 さて、精根尽き果てて疲労困憊、体力など粕ほど残して消え失せたある日のことであります。天候は厭わしい快晴、眩しい光にあたしら姉妹、そして大姉はただ目を伏せて刺すような光をやりすごすのでありました。



「おまえら」



 大姉のお声が、一番先頭から降りかかりますものの、我我の足はとまることはありません。ただただ歩き続けつつ、大姉のお声に耳を傾けるのであります。



「おまえら」



 はい、はい。はい。


 そうぽろぽろと上がります声は、出発当初のきびきびした音はなく、号令の返事にもなりやしません。なんとだらしない。

 かく言うあたしも、掠れた声でしか返事などできやしないのでありますが。


 しかし大姉は続けます。



「あたくしらは身を粉にして歩き続け、目指しているのは何か知っているか?」



 返事なぞ返るわけもないのであります。

 あたしも愚妹の一人、何を目指して歩いているやら。皆目見当も付かないのであります。



「男どもの羽をもぐあの女のために、嗚呼、あたくしはともかく、おまえたちは哀れにも何も知らずに歩かされているのだ」



 はて、『あの女』とはなんでありましょう。あたしもあたしを含めた姉妹も、誰一人『男どもの羽をもぐ女』を存じないのです。

 大姉の声は哀しささえ含ませて、朗朗と響き渡るのでありました。



「あの女の食べるものを、そしてあの女に羽をもがれるためだけに生まれた男どもの食べるものを。そして、こうしてあたくしたちと同じ定めを辿る女どもの食べるものを。あたくしたちは探し探し、……」



 そう結びますものの、結びにもなっていない大姉の言葉は余韻が消え失せる前に甲高い悲鳴に掻き消されるのでありました。


 悲鳴、混乱。そして断末魔。


 この日初めて隊列に、乱れが生じます。ざわめきどよめきが広がり、「敵襲か、敵襲か」と囁きが交わされるのでありました。

 あたしもまたその混乱に飲まれ、大姉の声を追うこともままなりません。隣で大きな影が空を隠しているのに気付きまして、その一瞬後。


 ぷち、と弾ける音が。


 嗚呼、それはすさまじい攻撃でありました。例えますなら空からの大粒の雫を真っ直ぐに受けるよりもずっとずっと。そう、あたしらのような一端の兵卒にはどうすることもできませんで、呆然と、断末魔を響かせるあたしの姉妹を見やるしかないのであります。

 黒い揃いの服をはち切れさせて、合間から噴き出したのはどうやら内臓のようでありました。あたしの顔にぼたぼたと降りかかるそれを、厭わしいとは思いません。


 ただただ、哀しい……。



「あたくしはおまえらを、食料探しなんていう、あの女のためだけに生きて死ぬこと、させたくなかっただけなのだ!」



 大姉の叫び声が遠くなります。



「あたくしたちだけで、あたくしたちだけでただ、幸せを見つけて、あたくしたちだけのまほらをと、それでっ」



 兵卒どもは次次と潰れては、仲間の臓物の中に沈んでゆくのであります。あたしも、いずれは、きっと。

 大姉は咽び、それがあたしの耳にも届くところを見ますと、あたしはまだ大丈夫。



「でも結局は、あたくしは逃れられなかった! 何も知らないおまえらも、嗚呼ッ」



 潰れ敗れた黒、その向こうに見えます大姉のお姿。久しく見えました、先頭で凛凛しく頭を持ち上げました大姉は、しかし今は頭を振り振り叫ぶのであります。



「嗚呼、嗚呼ッ、どうして!」



 大姉の、さらにその背の向こうに見えますは、なんて久しいのでありましょうか、大姉よりもずっとずっと見ておりませんでした、食料……。


 あ。空が、翳る。



 ぷち、と音




「マァやだァ、蟻? アンタまた何か落としたンでしょう、ア、ちょっと踏まないで頂戴ヨ、明日は雨ッてよく言うでショ!」



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