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1RooM  作者: 千ノ葉
8/11

7日?目

ひどい頭痛がした。

吐き気もした。


起き上がった途端、胃から液体が逆流してきた。

吐いた。


ここが部屋のだ中とか、後片づけが大変だとか、考えもせずに思いっきり。


胃の中の物をすべて吐き出した。喉の痛さで涙目だ。

そんな目は、僕にいつもと変わらない部屋を見せている。


ここは僕の部屋だ。いや――――

良く見れば、家具が違う。カーテンもこんな可愛いものを使っていない。

テレビも薄型を買ったはずだ。

こんなブラウン管テレビではない。


ここは違う人の部屋。おそらく彼女のモノ。


いつの間にかテレビが付いていた。画面に映っていたのは砂嵐。


ザー……という音のみが部屋に響いている。


テレビの前には誰かが座っていた。


女性だ。

髪は長く、白いブラウスを着ている。


「春野 瑛子さん?」

「ええ」


僕は心底ほっとした。彼女は喋れるし、どこも欠けているようには見えないから。


「隣、いいかな?」

「いいわよ」


彼女の許可を得て、僕は隣に胡坐をかいた。

チラリと横を見たが、彼女の正面も人間と何の変わりも無いと思えた。


「ここって、キミの部屋?」

「ええ」

「ここで何をしているの?」

「テレビ――」

「あっ、そっか」


僕には砂嵐にしか見えないが、彼女は何かを見ているらしい。

彼女に従い、僕も画面を見つめる。


しばらくして僕の目には何かが見えたような気がした。

映っているテレビの中に何かが――――


食いつくように僕は画面を見た。


ザー……ザー……


「本当にいいのかい? こんな所で?」


画面の中には女性がいた。心配そうな目で俺を見ている。

いや、見ているのは画面の中の人物。おそらく瑛子さんをだ。


「うん。大丈夫だって」

「でもなぁ、女の子はもっといい所に――――」

「でも、高いし、せっかく大学に通わせてもらっているんだから、少しは節約しないと」


彼女は中年の男性にそう言った。おそらく父親だろう。


「じゃあね」

「うん。お父さんもお母さんも元気でね」


明るい声で彼女は言った。


これは記憶だ。彼女の。時期はおそらく引っ越しの初日だ。

部屋の中には段ボールが積まれ、如何にも新生活を始めるというところだろう。


ザー……


ノイズが入り場面が変わった。


「えっと、スーパーはここで、ここが、電気屋かぁ」


画面は左右にぶれる。キョロキョロしているのだろう。

この様子だと、彼女は随分と田舎から娘のようだ。


「そうそう。この頃は、すべてのモノが目新しく、ワクワクしてたっけ」


画面の外の彼女は呟いた。

彼女の気持ちは分かる。僕だって新生活が始まると思い、ワクワクした。

こんな事件が無ければ、自由を満喫していた。


ザー……


また場面が変わる。

どうやら夜のようだ。


「君、可愛らしいね。ウチの事務所でモデルしない?」

「えっ、モデルですか――?」

「うん。絶対いけるよ。今から時間はある?」

「ええ――――」


ザー……


「お酒飲みなよ。ボクの奢りだからさ」

「はい……頂きます」


ザー……


「酔っちゃった? それじゃあ、家まで送るよ」

「ううん……」


ザー……


「もしもし、俺だ。若い田舎者を手に入れたけど、お前も来るか? ああ――じゃあ、××で」


ザー……


「きゃあ! あなたたち、何をっ! 離して!」

「大人しくしやがれっ!」

「離してっ!」

「この糞女っ!」

「ご、ごぼぉ――」

「くそがぁ…………」

「や、止めろよ、死んじまう――――」



ザー……


「どうする? おい……」

「死んじまったのは仕方がないだろ…………」

「俺は捕まりたくねぇぞ!」

「だ、大丈夫だ。ここに埋めれば――」

「そんなこと出来る訳が――――」

「俺はこの物件のオーナーでもあるんだぜ。そしてお前は警官。できるな」

「あ、ああ…………」


ザー……


「まさか、自分の部屋の壁に埋まっているなんて思わないだろ。あとは適当にアリバイを作っておくだけだ」

「完璧だな」

「じゃあな、お譲さん。気持ち良かったぜ」


ザー、ザー、ザー…………


そこで完全に映像は終わった。それは彼女の記憶の終わりを意味するのだろう。


ザー……


部屋の中には再びテレビの音だけになる。


静かだ――――とても。


「泣いて……いるの?」


彼女に言われ、僕は自分の頬を伝う雫に気が付いた。

泣いていた。


「どうして、泣いているの?」

「どうして? だって、キミがあんなに――あんまりだ。こんなのはあんまりだっ!」


今まで出した事の無い声で僕は叫んだ。

喉が痛い。目の奥が熱い。

だが、どんなに叫んでも、喚いても、この気持ちを晴らすことはできないだろう。


「あなた……優しい」

「そう?」

「ええ。とても」


彼女は立ちあがった。身長は僕よりも二周り小さい。

しかし、顔つきはとても美人で――――こんな子が殺されたと思うと、僕の胸は更に痛んだ。


「あなたは、叶えてくれるの? 願いを?」

「願い――――」

「私を――」

「君を――」


僕は彼女の腕を掴んだ。

僕は叶えてやる。彼女の願いを――――


「名前を聞いていい?」

「藤森 晃」

「覚えておくわ」


彼女は僕の手を握った。やんわりとでは無く、痛いぐらいに。

女性とは思えないほど力強く。


ザー…………


テレビの音が大きくなった。耳を塞ぎたい。

だが、手は彼女が握っている。


ザー…………


「忘れないで。私の願いを――――」

「ああっ!」


僕の目の前にいる彼女は崩れていく。

ブラウスは赤く染まる。これは彼女の血だ――

皮膚は破け、目は飛び出し、肉はドロドロに溶けていく――

美しかった美貌も、声も、残らない。

残ったのは白い骨。


だが手だけは離さない。力強く、僕を握っている。

この強さは願いの強さ――


「忘れない! ぜったいに叶えてあげるからっ!」


ザー…………


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