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1RooM  作者: 千ノ葉
6/11

5日目

気が付けば朝になっていた。

昨日はあまりうまく眠ることが出来なかった。そのせいで身体はダルい。

水道を捻ると、また赤い水が出た。驚きはしないが、数十秒水道が使えないのは面倒である。


今日の予定は市役所に行くことになっている。少々面倒だが住所を移さなければならない。

携帯電話を使って、あらかじめ役所の場所を探してある。電車で2駅と少々遠いが、市自体が大きいので仕方が無い。

それに住所登録さえしてしまえば、市役所などに用は無くなる。

気合を入れてボクは外出の支度をした。


家を出ると、途端に隣の部屋の扉が開いた。

私服の金髪のお兄さんが出てきたと思ったら、彼はボクの顔を見るや睨みを利かせてきた。


「ボクではない」と弁明をしたかったのだが、彼がすぐに立ち去ってしまったので、機会を逃した。

それに言った所で信じてもらえないかもしれないし。

彼が乗るバイクの音が遠くなったところで、ボクも移動を開始する。


その日は散々だった。電車を乗り間違えるわ、市役所の道を間違えるわで時間を食ってしまった。

予定を狂わされたて自棄になったボクはまたお金を浪費し、時間を無駄にしてしまった。

高校時代までのお小遣いやお年玉の蓄えがあるといっても、このペースお金を使っていれば、一文無しはすぐそこだ。

これからは食費や電気代もケチらなければ――――

という訳で、今日の晩飯はスーパーで買ってきた。

とは言っても中身はカップラーメンなのだが…………



袋を提げ、帰路についた。かさばる荷物は少々邪魔だが、あの曲がり角を曲がればすぐに家だ。

ほら見えてきた。


だが、僕は右手に持っていた袋を落としそうになる。

ボクのアパートには誰か立ってる。誰か立っている事自体は問題無いのだが、その立ち位置が問題なのだ。

その人は入り口から4番目、つまり僕の部屋の前に立っているのだ。


百メートルの距離があるので彼女の特徴は詳しくは分からない。

しかし、それがこの前、扉から僕の部屋を覗きこんでいた人物に思えて仕方がないのだ。


長い髪に赤いブラウス――服装は普通なのだが、どこか気味が悪い。

僕は進む事も戻ることもできずにその場に立ち尽くすことしかできなかった。


彼女は動かない。僕の部屋の扉の前から一歩も動かないのだ。

彼女の目線の先には、覗き穴があるのかもしれない。

もしかしたら、あの時もずっと部屋の中を覗いていたのかもしれない。


ストーカーか変質者かは分からない。しかし、こういう場合は警察に連絡をしたほうがいいのだろうか?

反射的にポケットに手が伸びた。そこには携帯電話があるから。

手を突っ込み、固い感覚を感じた途端、急に指に振動が走った。


「うあわっ――」


不意な着信に、買い物袋を落としてしまった。当然、道端には買った食材がぶちまけられる。

僕は慌ててしゃがみ、それらを袋に戻しながらディスプレイを確認した。


0X0-XXXX-XXXX


そこには携帯電話の番号が表示されていた。名前が出ないという事はアドレス帳に登録していない人からだ。

もしかして、市役所に書いた書類にミスでもあったのかもしれない。住民登録で電話の欄に自分の番号を書いたから。


とりあえず、通話のボタンを押した。同時にモノを拾い終わり、正面を見た。

アパートの扉の前には女性の影形は無くなっていた。


「もしもし」


彼女はどこにいったのだろうか? 


「…………」


目を離したのは十秒ほどだ。その間に消えるなんて――――


「もしもし?」


まるで、彼女はあのアパートの住人みたいに思えた。


「ザー……」

「えっ?」


受話器から人の声はしない。しかし、聞き覚えのある音が聞こえてくるのだ。

毎晩聞いている、あの音が――


「もしもし! なんですか?」


不気味さ以上に苛立ちが先に込み上がり、僕は受話器に向かって憤慨する。


「ザー……」


しかし、受話器からは同じ音が聞こえるばかりだ。


「悪戯ですかっ! 誰だよ、出てこいっ!」


僕は叫んだ。計算があったわけではない。思い付きだ。こんな声を張り上げたのは小学生以来だ。

途端、音は止んだ。僕は自分の声色が相手をビビらせたと勝ち誇った。



だが、そんなことは勘違いでしかなかったのだ。



「じゃあ、いくね――――」





頭に昇った血が一気に下がり、全身が冷たくなるのを感じた。

受話器越しに初めて聞いた相手の声は女性のものだ。だが何かがおかしい。

田舎者の僕からしてもイントネーションがおかしく、生気が全く感じられない声なのだ。


それに内容――「行くね」


「行く」という事は僕の所に「来る」ということなのだろう。


偶然か分からないが急に風が冷たくなった。いつの間にか太陽も完全に沈んでいる。

いや、そんな訳は無い。ただの悪戯。ただの偶然。




僕は自分にそう言い聞かせて、アパートに近づいた。

部屋に入った途端女がいたら怖いので、まずはベランダ側に回り、部屋の中を確認した。

こんな時間に、こんな覗きのようなことをしている人間がいれば、真っ先に通報されそうだが、こうでもしなければ部屋に入れる気がしなかった。

部屋の中には誰もいない。ロフトとユニットバスの中は確認できないのだが、少々安心した。


部屋の扉まで来た。ノブを回しても開く気配は無い。それは鍵が閉まっているのだから当然だ。

僕は自分の持っている鍵を差しこみ扉を開けた。



扉は簡単に開いた。

だが、不意に背中から冷たいものを感じた。


それはおそらく視線。

全身から冷や汗が出るのを感じる。


ここで僕は理解した。あの赤いブラウスの女性はおそらく「この世のモノ」ではないということを。

そして彼女が僕のすぐ後ろに立っているという事を。


僕は霊感など無いし、幽霊など見たこともないというのに――動物的感は侮れない。

こうも簡単に異形の物を感じ取ってしまうのだから。


身体のすべてが僕に教えてくれている。振り向いたらヤバいと――――



頭の中は冷静なのに、身体は氷のように固く、冷たい。

このまま部屋の中に飛び込みたいというのに、キーを差した手は動いてくれない。

金縛りにあったまま、僕はその場でひたすら耐えた。

根負けすれば、僕はかならず振り向いてしまう。

そうなれば、何が起こってもおかしくはない。


ひたすら念仏を頭の中で繰り返す。もちろん念仏など、ばあちゃんの葬式でしか聞いたこと無いので、殆ど適当だ。しかし、そうでもしないと心が折れそうであった。



数分の格闘は突然終わりを告げた。


遠くから駆動音が聞こえ、その音が近づくたびに身体が暖かくなるのを感じた。

いつもはうるさいバイクの音が今日だけは、賛美歌に聞こえた。


バイクはアパートの前に止まった。それと同時に僕を縛る異常な空気は消え失せた。

緊張の糸の切れた身体は地面へと崩れ落ちてしまった。腕から足にかけて、疲労感が一気に込み上げた。


「おい、大丈夫か?」


金髪のお兄さんは僕のことを心配し、駆け寄ってきてくれた。


「ええ……大丈夫です」


自分の足で立ち上がろうとしたが、足はガクガクと震え、身体は起き上がらない。

まるで生まれたての小鹿だ。


「おいおい。救急車呼ぶか?」

「い、いえ……寝ていれば治るんで――」


大事にしたくはなかったので、僕は彼の言葉を断る。

何とか壁に手をついて立ちあがったが、手が震え、ノブが握れない。


「ったく……ほら」


お兄さんは面倒くさそうに舌打ちし、僕の身体に手を回した。

結局、僕は彼に支えられながら、部屋に入った。


フローリングに座ると、少し気分も落ち着いてきて、悪寒も引いてきた。

冷静になればなるほど、自分が自力で数メートル歩けなかったことを恥ずかしく思う。


「落ち着いたか?」

「はい……ありがとうございました」


彼に頭を下げる。


「じゃあ、平気そうだから、俺は行くわ――」

「待って!」


自分でも意識していないというのに彼を引き止めてしまった。


「何?」

「あ――えっと……」


僕は言葉を探した。自分でもこの状況を理解していない。

だが、彼を引き止めないと、一人になりたくないと思ったのだ。


「あの、隣に住んでいて、何か変わった事ってないですか?」

「変わったこと?」

「怪しい人が覗いてくるとか、変な電話がかかってくるとか」

「いや、無いけど」

「なら、いいんです……」


やはりあの女性は僕だけを狙っているのだろうか。

ならば、何故、僕だけを狙っているのだろうか?

こんなこと田舎にいた時は無かったし。ここに住んでからだ。


「あの、ここに以前、人って入ってました?」

「この部屋か? ああ、1年前くらいに住んでいたな。すぐに出てっちまったけど」

「えっと、その人、何か変なこと言ってましたか?」

「いや……面識はほとんどなかったからな」

「そうですか…………」

「そういや、そいつも深夜までテレビを点けっぱなしにしていたな。お前も勘弁してくれよ」

「はぁ……ごめんなさい」

「じゃあ、俺は行くから。見たいテレビがあるんだ」


お兄さんはそう言って玄関を出る。

僕と見たいテレビを天秤にかけて、テレビに軍配が上がったのは悔しかったが、彼を留めておく理由は無かったので、僕は頭を下げ、彼を見送った。


とりあえず、戸締りをし、布団を被った。

電気は消していない。暗闇に乗じて、先ほどの女性が現れるのが怖かったからだ。




寝るのには少々早かったので思考を巡らせる。


テレビの音。

赤いブラウスの女性。

悪戯電話。

自分の感じた背中の気配――――


これは何を示しているのだろうか?

それにお兄さんが言っていた、前に住んでいた住人。

すべてを点で繋げた時、何が見えてくるのだろうか?


僕は怖いと思いながらも首を突っ込もうとしている。

そうしなければいけない気がするのだ――


そうだ。明日はここについて調べよう。そうすれば何か分かると思うから。


気が付けばもう23時を過ぎている。少しは寝ないと明日の為に。

僕は目を瞑った。


ザー……


やはり今日もテレビのノイズが聞こえるのだ。


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