444日目
「――かあさん。そんなに心配しないでも、ちゃんと食ってるって。ああ――彼女ともうまくやってる」
月一回かかってくる母の電話に対応しながら、僕は部屋の片づけをしていた。
一年以上も住んだ部屋は物置化して、客を呼ぶ度にこうやって大掃除をしなければならないのだ。
「あ――そろそろ、友達がくるわ。じゃあね」
半ば強制的に電話を切り、僕は掃除に専念する。
母には友達といったが今日来るのは、彼女だ。そりゃ、掃除にも気合いが入る。
掃除の途中、棚から何かが落ちた。
それは赤い小箱だった。
嫌な思い出だが、捨てるにも捨てられず部屋に置いていた。
あれからこの箱を開けてはいない。おそらく一生開けないだろう。
小箱を棚に置き、掃除を再開する。
作業は捗り、すぐに掃除は終わった。
ピンポーン――――
チャイムが鳴った。時間より少し早いが彼女だろう。
早足で、玄関に寄った途端、携帯電話が鳴った。
この着信メロディーは彼女だ。
僕は携帯を取って、通話ボタンを押した。
内容は玄関先に居るから開けてというところだろう。
「あ――晃君? ごめん。電車乗り遅れちゃって、少し遅れるかも」
「えっ?」
彼女の話の内容に僕は疑問を感じた。
「今どこ?」
「●●駅。あっ、今電車来た」
受話器からはしっかりと電車のアナウンスが聞こえる。
彼女は嘘などついていない。
じゃあ、玄関先にいるのは誰なのだろうか――――
僕は通話を切り、覗き穴から外を覗いた。
「――っ!」
心臓が飛び出しそうになり口に手を当てる。
玄関の先には目があった。
虹彩がはっきりと見えるほどに近くに。
「晃。いるんだろ? オジサンだよ」
玄関先からは不気味な声が聞こえた。
男性の低い声が一段と不気味さを醸し出している。
「晃。返してくれよ? それがないと俺は――――ごほごほ」
嫌な音がした。ボタボタとペンキを床に零すような鈍い音。
「あきら――あきら――あきら――」
ノブが回る。
ガチャガチャガチャ――――
僕は怖くなって、布団を被った。何が起きているのか理解できない。
僕に何を求めているのだ?
分からない。分からない――――
急に音がしなくなった。気配もなくなった。
僕は布団から顔を出し、部屋の中を見た。
何もいない――
奴は消えたのだ。
ゾクリ――――
この感覚は久しぶりだった。
だから思わず僕は振り向いてしまった。
そこには――――
「あきらぁ、かえしてくれよぉ――――」
死体がいた。全身から血を流し、胸がぱっくりと割れている。
僕は分かった。彼は死んだはずのオジサンだと――――
彼の手が伸ばされた――
僕に―――――
「みいつけた…………」
僕は失神した。
目を開けて、部屋の隅々を探したが、あの化け物はいなかった。
その日を境に僕の周りでは怪奇現象は起こっていない。
だが不思議な事に、あの赤い小箱を見つけることは出来なかった。
あの箱の中身は多分、彼の心臓だったのだろう。
ともかく、僕は短い間に色々なことを経験した。
この体験で学んだことは、下調べもしないで安い物件に手を出すのは危険だということ。
生者でも死者でも人の恨みを買うと恐ろしいということ。
この2つだ。
あと、覚えておくと良い。悪事を働けばそれが自分に返ってくるということを。
思い付きで書いたホラー作品なので、深くも面白くも怖くもないと思いますが――後悔はしていません。
むしろ、いつもとは違う感覚で楽しみながら書けて、いいリフレッシュになりました。
ご感想などありましたら、お気軽にお願いします。