6話 小さな親切、大きな・・・
高所恐怖症にはかなり辛い荒行を終えて、ひとまず、樹の頂上近くの枝―――といっても直径2メートルはありそうな枝だけど―――に降ろしてもらった。
自分で枝の上に立った瞬間、全身の力が入らず脱力して膝をついた私に、闇の精霊が抱いて行こうかと提案してきたが、丁重にお断りした。
今までいたところと高さ的には変わらないが、何も頼ることのできない空中よりも、枝とはいえ自分の足でしっかり立つことのできる今の状況のほうが遥かに安心できるというものだ。
遠くから見ると、楠のような外観を持つ樹は、近くで見ると白樺のような樹皮を持っているので、少しでも油断すると、滑り落ちてしまう危険性がある。
危険予知って大事だよね。
濡れて滑りやすくなっているところや足元が見えないところ、風が強く吹いているところがないか等を充分に確認して、そろそろと注意深く腰を上げたわたしに、精霊たちが集まって来た。
どうやら、光の精霊に抱えられて空を舞い上がった時に上げた悲鳴を心配して、みんな外出先から戻ってきてくれたらしい。久しぶりの全員集合だ。
しかし、いくら太い枝の上とはいえ何人も固まって歩くことはできないため、一人で慎重に枝の上を歩こうとしたわたしに、水の精霊が話しかけてきた。
「私が、手を繋いでいましょうか?」
手を差し出してきた水の精霊の足元を中心に、水が滾々と湧き出しているのが目に入り、嫌がらせだろうかと疑った。
「・・・水で足元が滑るので、お断りします」
そう断ると、哀しそうに目を伏せたので、嫌がらせではなかったようだ。疑って申し訳ない。
「じゃあ、俺が一緒にいてやろうか?」
風の精霊がこちらとの距離を詰めるのに比例して、体に感じる風が強くなり、思わず膝をついてしまう。
「・・・風に煽られるので、やめておきます」
というか、それ以上近くに来られると、吹き飛ばされて落ちそうだ。
「私と行くだろう?」
「手を繋いであげようか」
闇の精霊と光の精霊が近づいてくるのを、手で制する。
「・・・明るすぎても暗すぎても足元が見えにくくなくなるので、結構です」
みんな、親切心で言ってくれているんだろうけど、危険因子はないほうがいいに決まっているので、はっきりきっぱりお断りさせていただく。
少しばかり自分の口調がきついものになっているのは自覚しているが、状況が状況なので、とりあえず身の安全を先に確保するのを優先させてもらう。
ちなみに、火の精霊もこちらに声を掛けようか悩んでいるような素振りを見せていたが、彼のまわりの枝葉がパチパチと音を立てて燃えているのを見て、気づかないふりをさせていただいた。
火に巻き込まれるという新しい危険因子はいらないです。
結局、大地の精霊に足元を土で固めて安定な道を作ってもらいつつ先導をお願いして、樹の枝を渡っていくことにした。
目指す先はもちろん、遥か下にある地面だ。
みんなに頼めば、すぐに抱きあげて樹から下に降ろしてくれるだろうが、この場所にたどり着くまでの恐怖は払拭しがたいし、精霊たちの行動や思考はこちらの斜め上にあるときがある。
どんなに時間がかかろうと、地道に一歩づつ降りるのが、精神的に一番安心できるというものだ。
そう決心して歩き始めたわたしの後ろを、ほかの精霊たちは付かず離れずの距離で歩いて付いてきた。
土で固めた道が、水の精霊の足元では、湧き出す水で溶けて形を崩し、風の精霊の周りでは身に纏う風により吹き飛んでいくのを見て、あちらには近寄らないようにしようと改めて心に刻んだ。
・・・っていうか、飛べるんだし嫌がらせのつもりじゃないんなら、できるだけ離れていてほしい。