6話 質問
軍服のようにも見える黒い服をだらしなく見える一歩手前で着崩した赤髪のその男は、背が高く筋肉質。緑を帯びた銀色の瞳。癖のある赤い髪はかきあげながらにこりと笑うその姿は、少しだけ粗削りだが女性にもてるんだろうなと思わせる色気が滲み出ている。軟派な雰囲気を身に纏いながらも、鍛錬された空気も併せ持つ。そんな印象を抱いた。
外見だけ見れば、はっきり言って好みの男だ。もともと筋肉質な身体つきが好みであることもあり、彼に掴まれている肩の痛さも一瞬忘れていい男だなぁと思わず見ほれてしまった。
「お嬢ちゃんは何者だい?」
―――しかも、声までいいときた!!
標準よりも少し低めのその声は、艶やかな色気を滲ませながらも滑舌がよく…はっきり言って好みの声だった。
「新名悠里です」
―――お嬢ちゃんといわれる年ではないです。
好みの男を前にして、いつもよりテンションが上がるのをは仕方がないだろう。
嫌がらせのつもりじゃないのなら、そんな風に呼ばないでほしいと、若干いたたまれない気持ちになりながら名を名乗ると、肩を掴んでいた男はその大きな手を外してガシガシと自身の赤髪を掻いた。
「…ニーナユーリ…」
「きゅるるるる」
飼育係らしき呟きと爬虫類の小さな鳴き声が同時に耳に届いたが、いい感じに髪が乱れてさらに色気が増した赤髪の男から目線を外すことはしなかった。もっとも、若干異なるイントネーションに加えて、苗字と名前の区切り無く名前を繰り返されたため、その呟きが自分の名前だと認識したのはワンテンポ遅れてからだったので、すぐに反応することができなかったということもあるが…。
「ニーナユーリ殿はどちらの国からいらした方ですか?」
自分の理想を忠実に体現したかのような男の姿に、記念(?)に写真に撮らせてもらえないかななどと考えていると、柔らかい声が掛けられた。
その明らかな問いかけに、赤髪の男へ向けていた視線をしぶしぶ外して声のほうを仰ぎ見ると、視線の先には背の高い絶世の美女がいた。氷の彫刻のような儚く繊細な美しさを持つ彼女は、水の精霊を髣髴とさせる青く長い髪を背中に一つに纏めて、青とも緑とも付かない色味を帯びた銀色の瞳に警戒を滲ませてこちらを見ていた。
「あ、日本です」
しゃがんだままの今の格好では失礼に当たるかと思いゆっくりと立ち上がりながら、怪しいものじゃないですよとのアピールも込めてにっこり笑う。やはり、笑顔は世界が異なっても通じるものらしい。美女の警戒が一瞬緩んだのをなんとなく感じた。
その後ろで口を開けてこちらを凝視する飼育係に、これ使ってくださいと手にしたタオルを持ち上げて示すと、飼育係は何事かを呟きながらこちらに歩み寄りながら手を伸ばしてきた。
初めは何を言っているか分からなかったが、どうやらニーナユーリと呟いているらしい。しかし、ぶつぶつ呟かれると、イントネーションが自分の名前と若干違うこともあり、何かの呪文に聞こえて不気味だ。というか、こちらから視線を外さずに呟きながら近寄ってくるその姿ははっきり言って怖い。思わず、貼り付けていた笑顔が引き攣ってしまったのは不可抗力だ。
「危険です」
飼育係の不審な行動に思いっきり引け腰になっていた私の前に、美女が立ち塞がった。飼育係との距離はさほど離れてはいなかったが、渡そうとしていた白いタオルは美女がその間に割り込んできたため遮られた。飼育係から距離を取れることにほっと息をついて美女に感謝の眼差しを向けた私の視線は、そのまま逸れた。
……美女は飼育係を護るように、私を睨んで立ち塞がっていた。
―――えええっ?私が危険なの?
おかしい、どう客観的に見ても危ないのは飼育係のほうだろう。そう訴えたいところだが、美女は強い警戒を纏ってぴりぴりと肌を刺すような視線をこちらに送ってきている。
この反応は全く納得できないと思いながらも、美女から警戒などの敵意に近い視線を送られると、微妙にへこんでしまうのはなぜだろうと明らかに見当違いのことを頭の片隅で考えていると、再び肩を大きな掌で掴まれた。
「聞いたことの無い国だが、お嬢ちゃんはどこの種族の使節団の者だ?」
後ろから投げかけられた質問に、そういえば異世界だったと思い出す。もしかしたらニホンと呼ばれる国はあるかもしれないが、そこは自分が来た日本ではない。たしか、この世界に住む種族は人間のほかに竜人、翼人、獣人、人魚だったはず。その中では人間に分類されるだろう。この世界の人間ではないので、曖昧な答え方になってしまうが、それは仕方が無いだろう。
「使節団のことは分かりませんが、種族は人間に分類されると思います」
そう答えた瞬間、空気が変わった。