3話 卵
ぷくりと丸く膨らんだおなかを抱えるように丸くなる小さな体。
紅葉の葉のような小さな短い手に付いているのは、三角に尖った小さな爪。
外界の音を聞くようにぴくぴくと動く小さな耳。
その背には、ふるふると揺らめく小さな翼が見える。
「…爬虫類…?」
つぶやく言葉が聞こえたのか、ぴくりと体を震わせてゆっくりと開かれたその小さな瞳の中では、銀色の縦長の瞳孔が眩しそうに揺らめいた。
黒く透明な結晶の中に内包されていたのは、人間の赤ちゃんくらいの大きさの爬虫類だった。爬虫類は苦手ではない。しかし、種類は不明だが、卵の段階でこのくらい大きいとなると親はどのくらいの大きさなのだろう?そう考えて冷や汗が流れた。
先ほどまでは美術品に勝手に触れたことを咎められる可能性だけを考えていたが、この状況はその予想を超えてさらに悪いものである可能性がある。
昔見たハリウッド映画の一場面が脳裏に過ぎる。過去に絶滅した恐竜を蘇らせて一大テーマパークを作る話だ。その中で恐竜の卵(含 子供)を手にしようとした人間の末路が、自分の今置かれた状況に被ってみえた。
「…まさか、ここって巨大爬虫類の巣?」
慌てて周りを見回すと、今いるこの建物が巨大爬虫類を飼育する巣に見えてきた。
遠くに見える大きな扉は巨大爬虫類の親の出入り口で、その横にある小さな扉は飼育係の出入り口に違いない。そう思い当たり、即座に親が帰ってくる前に逃げることを選択した。
腕に抱えた卵に視線を向けると、中の爬虫類がこちらを見て大きく口を開いた。既に私よりも大きいその口からちろりと覗くのは、小さな舌と鋭い牙。
…えさ認定された?…
慌てて台座の上に乗せようとすると、中にいる爬虫類が拒否するかのように激しく手を動かしその影響で卵がぐらぐらと揺れる。激しく動く卵は、手を離したら支えを失い台座から落ちてしまいそうで手を離せない。
「ちょっと落ち着いて」
まったく落ち着きのない私が言っても何の説得力はなかったのだろう。卵の中の爬虫類はさらに激しく手を動かす。その小さくも鋭い爪に外殻が触れ、かりりという小さい音とそれに連動した小さな振動が卵を抱く腕に伝わってきた。
そんな時だった。
「何をしている」
後ろから聞こえてきた凛と響く声に、あまりにも驚きすぎて全身が硬直した。
その瞬間、ぴしりという氷の割れるような透明な音が腕の中の卵から聞こえると同時に、ジワリと生暖かい液体が手に伝わってきた。
…ええ、見た通りです…
振り返ることもできずに心の中でつぶやいた。
卵を抱きつぶしたところです。