子供
グロテスクな描写・性的表現があります。苦手な方はご注意ください。また、お食事中やお食事直後の閲覧はお勧めいたしません。尚、中二成分が多く含まれます。
お母さん、どうしたの。お母さん何叫んでるの。お母さん、その男の人誰。どうして裸なの。どうしてそんな風に笑うの。ねえ、あのね、布団汚しちゃったんだ、お母さん……。
*
「高崎様ですね? 方法はこちらに一任するということでしたので、勝手ながら眠らせてお連れしました。われわれの施設の方が何かと都合がいいものですから」
高崎容子はしばらくぼんやりとしていたが、やがてあわてて布団を跳ね除けた。
「ここ……」
どこ、と言おうとして、「殺して欲しい」という自分の依頼を思い出したのだろう、すっと表情を消して陰鬱に俯く。
「ご契約内容は了解していただけましたでしょうか。では早速、仕事に移りたいのですが」
「……」
返事をするのも億劫だと言いたげに背を丸めている高崎。やがて、相手をちらりとも見ずに小さく頷いた。木元晴彦は薄く笑う。
「それでは」
言うなり、木元は高崎の手足を縄で縛り上げ、壁と床にそれぞれ固定した。高崎は多少の苦痛のうめきを漏らし、それから自嘲的な笑みを浮かべる。
木元は高崎が自分の顔を見られるような位置に鏡を置き、それから作業に取り掛かった。まず、彼女の髪を一本一本抜いていくのである。背中に回り、ピンセットで頭髪を根元辺りから、なるべくゆっくりと、抜く。これを隣の頭髪で繰り返し、続けていく。その際高崎の頭にさりげなく手を添え、彼女の顔が鏡に平行に向くようにすることも忘れない。
高崎は不快げに眉をしかめた。
「早くして。これじゃ死なない」
「ナイフを刺しても、死なないときは死にませんよ」
丁寧に静かにそう言いながら、木元は髪の毛を抜き続けた。
これは、長時間続けるとなかなかの苦痛を与えることが出来る。単調に、同じリズム、同じタイミング、同じレベルの痛みを与え続けられると、その感触に神経が集中し、次第に苦痛が増大してゆくのだ。それに加え木元は、高崎が自分がだんだん禿げて行く様子を見られるよう鏡を用意している。
依頼人の身辺についてはすでに調査済みだ。彼女の自殺の理由も、詳細に調べてある。そうして彼女が、死ぬときまで唯一自分に残されたものとして所持している物も。
それが、つややかに背中に流れる黒髪だ。
木元は薄く笑う。
依頼の際、髪の毛を残しておいてくれと高崎は言い忘れた。あるいは、残るだろうと勝手に思っていたのかもしれない。それが彼女のミスである。木元の嗜虐心は、相手に最も効果的に苦痛を与えることで満たされる。
「殺して。早く」
短く呟く高崎。すでに苦痛の兆候が見られる。木元は返事をせず、手元もまったく狂わせず、一本一本抜き続けた。
そうして、二時間が経った。高崎の頭は無残にも、部分的にアンバランスに禿げ上がっている。鏡を見つめる目はぴくぴくとあちらこちらに動き、震える唇が乾いていた。
木元は、くくく、と喉で笑った。
「綺麗な髪ですね。さぞやご自慢だったでしょう」
労わるように、あるいは美容師のように言う。この拷問が単調であることを第一条件にしていることを知ってはいたが、もはや嬲らずにはいられなかった。髪を抜く手は止めないまま、
「よくお手入れされていたんですね。シャンプー、リンス、ヘアオイル? 愛用されているのはパンテーンだそうですね。痛むのがお嫌だから、一度も染めておられない。そうでしょう? 髪形を変えるときも細心の注意をして、毎日五時間は髪の毛に費やしている」
そう言いながら木元は、握った左手を高崎の頭上に差し出した。
「大変でしたねえ」
指を開くと、それまでに抜いた大量の頭髪が高崎の胸元や膝元にばらばらと落ちかかった。それを見て、高崎の目が限界まで見開かれる。驚愕、絶望、狂気。
人らしからぬ叫びが、高崎の口から迸った。拘束された体をよじり、顔中から水分を撒き散らし、伸びた爪を壁に掛けてはがして血を流し、暴れる。
――しまったな、
と木元は思った。
こんな風に正気を失ってしまっては、いよいよ止めを刺すというときに、死を予感した人間のあの独特の表情が見られないかもしれない。彼女に理性を取り戻してやらなくてはならない。
恥辱を与えてみよう、と木元は結論した。
寄りかかるものを失いもはや狂人に近い高崎だが、試してみる価値はある。
木元は楽しげに笑うと、暴れ続ける高崎の脇腹を思い切り蹴りつけた。苦痛に息を詰まらせ、高崎が瞬間大人しくなる。間髪いれず、木元は取り出したナイフで彼女の服を襟元から裾まで一息に裂いた。ワンピースを着ていたのが彼にとっては幸いであった。
続いて、下着も容赦なく引き裂く。まったくの裸になった彼女の両足を大きく開脚させた形で縛りなおす。ここに来てようやく、高崎はわずかな理性を発揮して青ざめ、抵抗を試みたものの、すでに無駄であった。
露になった性器に冷ややかな目を向けながら、木元は長さ一メートルの鉄パイプを軽くとんとんと左掌に打ちつけた。
「高崎さん。ご存じないかもしれませんが、一昔前に外国で拉致殺人事件が起きたんです。まあそれだけならありふれた事件ですが、その殺され方が少々、特殊でしたね。犯人の男は拉致した女性に何をしたと思います? 彼はね、こうやって」
鉄パイプの先を、高崎の性器にぴたりと押し当てる。
「箒の柄をね。中に突き込んで……それだけじゃないんですよ。子宮を貫通させてね。刃物でもなんでもない箒を、力だけでぐいぐい押し込んで。最終的には、柄の先が肺まで貫いていたそうですよ」
その言葉を聞いたのか聞かなかったのか、高崎はいっそう青ざめて暴れだした。あてがわれた鉄パイプが外性器を引っかいて傷を作り、血が流れ出す。木元は声を上げて笑った。
「ははは。あなた死にたいんでしょう。何を今更怖がっているんです? さ、いい加減に大人しくして下さいっ」
強引に高崎の胴を挟み込み、固定するとパイプを思い切り中に押し込む。肉が潰れ、裂ける音。木元は我知らず満面の笑みを浮かべ、高崎は喉の奥から肌の粟立つような悲鳴を上げた。実際、歓喜に震える木元の肌は全身粟立っている。
舌を噛んで絶命されてはつまらない。木元は一旦パイプを離して腰を上げ、高崎の顎に手を掛けた。鈍い音。
ひときわ濁った叫び声が木霊す。耳元からぶら下がる顎。よく見えるようになった喉から泡が飛んだ。
――これでもう、舌は噛めない。
木元はにやりとして、再び高崎の股の間へしゃがみこんだ。鉄パイプが、幾筋もの鮮血を滴らせながら赤い襞の中から生えている。
それを見た途端、ざわり、と肩から首筋へ激しいものが走った。
木元は猛然と鉄パイプを鷲掴むと、高崎の腰を膝で持ち上げ力任せに奥へ奥へとそれを突き込んだ。あごが外れて「あ」の発音しか出来ない高崎の、凄まじい悲鳴が全身を包む。高崎の肌に触れている膝から、下半身、胃袋、喉元、そして全身の皮膚へと、低く唸るような衝動が震えと共に伝わっていく。
高崎の性器は、蛇口の水のように大量の血液を鉄パイプの一方の端から延々と垂れ流し続けた。木元はいつの間にか、狂ったように大声で笑っていた。とめどない罵詈雑言が口を突いて出てくる。虫けら、糞溜め女、ゴミ屑、俺の視界に入りやがって――
子宮などとうに破れていた。内臓の、脊椎の、肋骨の感触を掌に感じながら、木元は鉄パイプを捻り、捩じ上げ、体内を掻き回した。
――ああっ、もっと、もっと突いてェッ……
ふとどこからか、そんな嬌声が聞こえた。
ぴたり、と動きを止め、木元が顔を上げる。目を剥き、驚愕の面持ちで高崎の顔をじっと見たが、彼女はすでに顔面筋をひくひくと痙攣させているのみだった。
立ち上がる。
鉄パイプを握り締めたまま、ふらふらと二、三歩後ずさった。ミンチ状の内臓を引きずり出しながら、パイプの先が性器から抜き出され、高崎の下半身と一緒に床に落ちて低い金属音を奏でる。
木元は呆然と立ちすくんだ。中空を見る瞳は左右に揺れ、半開きの唇がわずかに震えている。酷く頼りない表情だった。他愛のない不安にさいなまれる、幼い少年のような。
*
『おい木元、二日も何やってる。それに電話ぐらいすぐ取れ』
「……」
『あのなあ、楽しむのは勝手だがこれは仕事なんだ。そのぐらい自覚してると思ってたがな、まったく』
「……」
『第一こっちから連絡するなんて普通有り得ないことだぞ。何が気に入ったんだか知らないが、後が詰まってるんだよ後が。さっさと片付けて帰って来い』
「……」
『おい、聞いてるのか。いつまでもお気に入りと遊んでないで、さくっとやって次の仕事を』
「終わってますよ」
『……あ?』
「終わりましたよ、とっくに」
『……お前なあ、だったら早く連絡しろよ。こっちも忙しいん……、何? おい、とっくにってそれいつ頃だ』
「だ~いぶ前ですね……ああ。時計……十七時間ぐらい前です」
『なっ、おっお前なあっ。何考えてんだ、死姦でもやってたのか? ちゃんと内臓は保存したんだろうな』
「はははは」
『あぁ?』
「いやあ……臓器ですか。……ふっ、ふふふ。ははは」
『おい! いい加減にしろ、保存したのかしないのか』
「ぐっちゃぐちゃです」
『……何ィ? おい、ちょっと待て、臓器は……』
「ぐっちゃぐちゃですよ。駄目ですね、ははは。ハンバーグになら使えそうです」
『こっ……この馬鹿! 何のためにこんな仕事やってると思ってるんだ、品物なくちゃ元が取れないだろうがっ。あああ、まったくなんてこった……何なんだお前! 居眠りでもして腐らせたってのか? くそっ、減給だ減給。さっさと戻ってきて次の仕事を……』
「……」
『何だその溜息は』
「……」
『何だと聞いてる。いいか、分かってると思うがな、この仕事には莫大な金と命が掛かってるんだ。今更抜けるなんてことは不可能だし、そうなったら俺がお前を殺す。そうなりたくなかったら……』
「じゃあやめます」
『……何だと』
「やめます、この仕事。そしたら殺しに来るんですね? ここで待ってますから」
『……』
「なるべく痛くないようにお願いしますよ」
『……』
「あ、そうだ、それで一人分の臓器僕が肩代わりできますね。良かった良かった」
『……馬鹿野郎』
「はい?」
『どうして俺がそっちに行かなきゃならないんだ。ちゃんと片付けて帰って来い。なんだか知らないが頭を冷やせ、俺はな、もううんざりなんだよ、殺してくれなんて言い出す奴はな』
「……」
『木元』
「お母さんがね」
『……?』
「男に乗っかられて、悲鳴上げてるんですよ。真っ裸で。心配するでしょ。でも怖くて怖くて、助けに出て行けなくて。襖の陰からじっと見てたら、お母さんがね……笑うんですよ。嬉しそうに笑って。あはん、だって。ふふ、馬鹿だなあ、僕は。あの人だって女だったんですよ。僕の母親じゃなかった」
『木元、頼むから……』
「今の今思い出したんですよ。それからずうっと、あの光景を頭の中でくりかえしてて……僕は、だから、もう生きていたくない。あの女に支配された人生なんてクソですよ」
『……そうか……』
ガチャッ
「はああっ……」
電話を切って、上司は頭を抱えた。まただ。どんな冷徹な男も、どんな狂気走った快楽殺人者も、最後にはこうやって死にたがる。そのたびに彼が後始末をしてきたのだ。
「馬鹿共が……ちきしょう、俺だって死にてえよ」
「は、何です?」
一人の職員が上司の呟きに反応した。この職員も直接の殺しに携わっているが、比較的長いこと働いてくれている。上司にとってはありがたい男だ。
「また自殺志願者だ、仕事人のな。ったく、キリがねえ。頼むからお前はもうちょっと頑張ってくれよ」
「は。勿論です」
「すまんが、後頼む」
事務鞄をひとつぶら下げると、大きな溜息をついて上司はビルを出た。損な役回りだ、自分は殺しが好きでもなんでもないのに、と思いながら。
ドアを開ける。黄色いコンテナの上に座り込んでぼんやりとしていた木元が、ふっとこちらを見る。上司は、サイレンサーをつけた銃の照準をぴたりとその額に合わせている。
「……へえ」
と木元が呟いた。それきり、黙って薄笑いを浮かべている。
「頭は冷えたか」
「ずっと冷えてますよ。どうぞ殺してください」
すっと立ち上がり、銃口の前に近づいてくる。そのまま、先が額に当たるところまで歩み寄り、立ち止まった。上司の指がぎりぎりと引き金に力を加えていく。
「それにしても、あなただったんですね」
木元が静かに言った。
「……何がだ」
「あのときの男ですよ。僕の母親をよがらせた、あの。どうして今まで忘れてたんでしょうね」
上司は瞼を大きく開いた。記憶の中を手探りする。どの女だ。仕事関係で寝た女は何人もいる。どれだ。あれか、あれか、部屋の外に子供の気配を感じたあの時の女か。
「木元っ……」
「何も言わないでください。殺してしまいそうだ」
口を噤む上司。木元は黙ってにこりとし、目を瞑った。そして、静かに一人ごちる。
「なんて人生だ」
すっ、と彼の両瞼から涙が伝う。
「結局最後まで、僕はあの女に踊らされてたのか……」
空気ボンベに似た音。頭が真赤に弾け飛んだ。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。皆様に苦い笑いを提供できたならば幸いです。「笑えないし面白くもねェよ下劣野郎」という方、平にご容赦ください。「あーこういうの好きな奴クラスに一人はいるんだよね(笑)」という方、さァ虫を見るような眼で私めを見下してください。
最後に、「期待したほどではなかった」という方、誠に申し訳ありません。すべては私の力量不足です。今後のために、もし宜しければ貴重なご意見をいただけると泣いて喜びます。
改めて、ありがとうございました。