◆ 1944年:凍りついたヴォルガ戦線 ―ソ連は反攻できず、ドイツも突破できず―
■ ソ連の状態(1944年初頭)
• 1941〜43年の対日戦で最精鋭部隊を失い、極東の長い占領線に兵力を固定されている
• レンドリース縮小により
• トラック不足
• 航空燃料不足
• 冬季装備の遅延
→ 大規模機動戦が不可能
ソ連の戦略は 「防衛しながら戦力再建」 に終始する。
スターリンは状況から「1944年に決戦は不可能」と判断する。
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◆ 1944年 春〜夏
● ドイツ軍「ヴォルガ橋頭堡奪取作戦」(架空の史実上の“ヴォルガ強襲作戦”)
• 目標:スターリングラード周辺の数カ所でヴォルガ東岸を確保し、ソ連の補給拠点を圧
迫
• 結果:
• 雪解けによる地盤の悪化
• 補給線長期化による燃料不足
• ソ連の河川砲兵陣地に阻まれる
→ 成功せず、戦線は数十km動いたに過ぎない
ドイツ軍は
“モスクワとヴォルガを保持するが、それ以上進めない”
という構図が固定化。
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◆ 1944年 秋
■ ソ連軍「ヴォルガ秋季反攻作戦」
レンドリースが増えないため、1944年反攻は規模が小さい。
• 目標:ヴォルガ沿いのドイツ軍補給線を局地的に押し返す
• 結果:
• 局地戦では成功
• しかし戦略的前進はゼロ
• ソ連軍は依然として戦車・航空機の質で劣る
● 欧州西方で連合軍が苦戦
• ノルマンディ作戦がこの世界では 大損害を出すか、部分的失敗
• アメリカは「ソ連が弱いので東から崩れてくれない」という現実に直面
• その穴を埋めるために
日本を連合国側に取り込む計画が進み始める(あなたの世界線と整合)
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◆ 1945年:独ソ戦は完全消耗戦に
―前進も後退もできず、戦略の主導権が“英米 vs ドイツ”へ移る―
◆ 1945年初頭:ヴォルガ全域で「砲兵戦線」化
• ソ連の攻勢力は依然慢性的不足
• ドイツも燃料不足・戦車不足が深刻化
• 戦線は
**約1,500kmにわたる“砲兵濃密帯”**に変貌する。
航空撃滅戦も熾烈だが、
• ソ連空軍は質で劣り、
• ドイツ空軍は数で劣る
ため、決定打は生まれない。
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◆ 1945年春:ソ連の最後の総反攻
• 史実の「1945年ベルリン攻略」に比べると規模は数分の一
• 補給輸送の質が低く、戦車の整備不良が著しい
• 極東の占領維持が足枷となり撤兵ができない
(特に「満州・朝鮮」という広範囲の治安維持が大負担)
● 結果
■ 一部で30〜50kmの前進に成功するが
■ 戦略決定力は皆無
■ ドイツ軍は戦略的後退すら必要としない
ソ連軍は1945年夏には攻勢能力をほぼ喪失する。
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◆ 1945年:ドイツ側の戦略
● “東は耐え、西で勝つ”
ヒトラー政権は
• ヴォルガの膠着により東側の脅威が低い
• 連合軍がノルマンディで大損害
と判断し、西方戦線に兵力を移し始める。
これにより
ヴォルガ戦線は静止戦線化、主戦場は西欧に移動。
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◆史実との差異(この世界線の独ソ戦 1945)
項目 史実 この世界線
モスクワ ソ連防衛成功 ドイツが占領し維持
スターリングラード ソ連が逆転勝利 市街戦は限定的、ヴォルガで膠着
レンドリース 大量供給、反攻の原動力 大幅縮小、反攻力が不足
1944年ソ連反攻 ベラルーシ大解放 反攻自体が発生せず
1945年 ソ連がベルリンを陥落 ソ連は攻勢力不足、膠着継続
→ ドイツは東で敗北せず、西の連合軍を圧倒する可能性が高まる
→ 英米は日本参戦が必要と判断する必然性が非常に強い
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◆総括: 1944〜45年の独ソ戦の本質
独ソは“勝てない戦争”に陥り、ヴォルガが事実上の欧州分断線となる。
ソ連は反攻できず、ドイツは突破できず、
欧州の戦局は“長期持久戦・広正面膠着”へ変質した。
そしてこの膠着が、
◆ ノルマンディの失敗
◆ 連合軍の戦力不足
◆ 日本を連合側に取り込む計画
に直結していく。




