日本軍の英国本土再編と米式装備化と日本第一機動艦隊の大西洋戦参加とU ボート戦への影響
◆ 1. 英国本土での日本軍再編と米式装備化
(1945年初頭〜1946年春)
■A. “日本陸軍の瓦解→再誕”の背景
対ソ戦の敗北により日本陸軍は
• 旧式火砲の大半を喪失
• 車両化がほぼ壊滅
• 満州・朝鮮での物資を放棄
• 旧来の戦術思想(精神主義・歩兵突撃)が破綻
これを受けて日本政府は英米に対し
「完全な再編・再教育を引き受けてほしい」
と依頼する。
英米側は“日本を民主主義陣営の軍事パートナー化”するまたとない機会と考え、
「装備もドクトリンも完全に米式化」
を条件に受諾。
こうして1945年、
日本陸軍は英国本土で米軍式に作り直される
という前代未聞のプロセスが始まる。
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■B. 派遣された日本軍:精鋭ではなく“再生要員”
日本はあえて
• 大陸帰還兵
• 中堅〜若年の兵士
• 古い組織文化に染まっていない連隊
を優先的に派遣する。
理由:
旧来の「皇軍教育に染まった古参兵」は米軍式の教育に適応しにくく、
むしろ“軍事的経験がありながら柔軟な兵士”が必要だったため。
結果、英国本土に集結した日本軍は
「一度死んだ軍をゼロから再生させる」
という非常に特異な混成集団となる。
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■C. 基地と訓練:米式化の中核はスコットランド
日本軍の主力は
スコットランド北部(インヴァネス周辺)
の広大な訓練地に集結する。
ここで実施された訓練は:
• 米陸軍教官によるドクトリン完全置換
• 分隊〜師団レベルの無線・統合作戦教育
• 上陸戦(アムトラック訓練含む)
• 砲兵集中運用(日本軍には本当に革命的だった)
• 補給・整備・後方の米式システムの導入
特に大事件となったのは
「日本軍から独立した補給部隊を創設する」
という点。
日本陸軍では補給兵は軽視されていたが、
米軍式の兵站は“陸軍の神経系”と教えられる。
米教官が言った有名なセリフ:
“Amateurs talk tactics, professionals talk logistics.”
(戦術を語るのはアマチュア、兵站を語るのがプロだ)
これは日本軍将校に衝撃を与え、後に日本軍改革の象徴ともなる。
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■D. 装備の全面更新:ほぼ全部米国製
英国本土で日本軍が受領した装備は:
●小火器
• M1ガーランド
• M1/M2カービン
• トンプソンM1928/M1A1
• BAR
• M1919A6軽機関銃
• M1911拳銃
●車両
• M4A3シャーマン
• M4A3E8(HVSS)
• M18ヘルキャット
• M7プリースト自走榴弾砲
• M3ハーフトラック
• GMCトラック系列
●砲兵
• 105mm榴弾砲
• 155mm榴弾砲
• 対戦車砲(57mm・76mm)
●通信
• SCR-300
• SCR-536
• 長距離野戦無線装置
事実上、
「日本陸軍の皮をかぶった米陸軍」
が英国本土で誕生した。
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■E. 日本兵と英米将兵の文化的摩擦と適応
最初は摩擦も大きかった。
• 日本兵は“勝手な節度発想(自主的に制限)”が強く、米軍は困惑
• 上官の命令を絶対視しすぎる点も問題視
• 英兵との生活習慣の違い(風呂など)
• 英国内での日本軍への複雑な世論(ドイツの同盟国だった記憶)
しかし半年が経つ頃には、
米軍はこう評価するようになる。
「日本兵は規律が異様に高く、教育すれば最速で吸収する。
車両整備能力が高いのは驚きだ。」
英米側の教官たちは
日本兵が“教えたことを完全に反復し、応用する”能力を高く買い、
特に砲兵・通信兵は米軍の標準よりも優秀だったとも言われた。
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◆ 2. 日本第一機動艦隊の大西洋参加とUボート戦への影響
■A. 日本海軍は「太平洋を経験しているため、大西洋に最適」
太平洋での日本海軍の特徴は:
• 長距離航行能力
• 空母運用の熟練度
• 高度な夜戦訓練
• 優秀な熟練パイロット(ソ連戦で損耗していない)
• 細密な艦隊機動
これらは大西洋でも極めて役立つ。
特に米英が驚いたのは
日本の索敵機運用の巧妙さ。
• 零観
• 彩雲
などの偵察機を空母から広域に飛ばし、
Uボートの位置を驚くほど正確に把握する。
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■B. 日米英合同「スーパー護衛艦隊」の誕生
大西洋の護衛が慢性的に不足していた英米に対し、
日本海軍は以下の戦力を提供:
• 空母:2〜3隻(軽空母含む)
• 戦艦:長門級・大和型(生存していれば)
• 巡洋艦:妙高・高雄級ほか
• 駆逐艦:陽炎級・夕雲級・秋月級
• 海防艦:占守型・択捉型
日本の駆逐艦は魚雷戦を主眼とするが、
連合軍はこれを対潜仕様に改装して使用する。
特に秋月型は
「高速で航続距離が長く、レーダー搭載に適した万能艦」
として英米が高く評価。
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■C. Uボート戦への決定的な影響
日本海軍の参加後、大西洋の戦況は劇的に変化する。
●1. 索敵範囲が太平洋式の“巨大な輪”になる
連合軍はこれまで:
• イギリス西方
• カナダ〜アイスランド周辺
• ビスケー湾
に防衛圏が散乱していたが、
日本式の「広域索敵圏」を導入することで
「大西洋中央部に巨大な対潜空白域が消滅する」
これはUボートにとって致命的。
●2. 日本の夜間戦闘術がUボートを無力化
太平洋で鍛え上げられた夜戦技能は
「Uボート浮上攻撃」への最良の対抗策。
秋月型のレーダー改修と熟練夜間水雷戦隊により、
Uボートは夜間浮上のたびに捕捉される。
●3. 日本の空母が“移動する対潜基地”として活躍
輸送船団の遠距離護衛において、
米英はほぼ使い切っていたが、
日本は空母戦力をほぼ手付かずで保有。
零戦・彗星・天山は対潜転用が容易で、
特に彗星は「急降下攻撃でUボートを確実に仕留める」と評判になる。
●4. Uボート撃沈率が急増
1945年後半には、
Uボートの損耗率が史上最悪レベルに到達。
月間撃沈数は史実の1943年ピークの1.5倍に上る。
これにより1946年には
ドイツ海軍の大西洋戦は事実上崩壊する。
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◆ D. 日本の空母は欧州上陸作戦の「制空権の鍵」になる
米英空母は太平洋にも兵力を割かなければならないため、
欧州戦線の空母不足は深刻だった。
ここに日本第一機動艦隊が加わる。
• 翔鶴級2隻
• 瑞鶴級または改装空母数隻
• 軽空母多数
これにより欧州大西洋・地中海で
連合国の航空優勢は一気に強化される。
1946年の第二次欧州上陸作戦において、
日本機動艦隊は米第8艦隊と合同で「上陸作戦の空母傘」を担当し、
史上最大規模の航空支援戦力となる。
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◆まとめ:
**日本陸軍は英国本土で“米軍式の新軍”として再生し、
日本海軍は大西洋を制し、
連合軍を最大級の補強戦力として支える。**
この二つが揃って初めて、
1946年の**第二次欧州上陸作戦**が成立しま
す。




