ですから忠告しましたのに
「ですから、リューリア山地の竜を討伐してはなりません」
エレノアはゆっくり、同じ主張を繰り返した。
カルミア皇国のリュクサール領領主、アレクサンド・リュクサール侯爵は、強情な妻に対してうんざりした顔を隠そうともしない。
「またそれか。いい加減にしてくれ」
リュクサール領では、ドラゴンによる家畜の食害が度々起こっていた。体長は5mにもおよび、空を飛ぶことも出来る。
しかも額に生えた角から雷を放つと言われ、サンダードラゴンの名で恐れられていた。今まで人間の犠牲者が出なかったのは奇跡に近いとアレクサンドは言った。
こんな化け物、農夫にはどうあっても対処することが出来ない。それに連中は頭が良いらしく、どんなに罠をはっても掛からなかった。
このままでは農夫たちの生活にも、開拓作業にも支障が出る。そこでアレクサンドは竜狩りという強硬手段に出ることにしたのだ。
ため息をつく夫と違い、妻のエレノアは真剣な面持ちを崩さなかった。
「何度も申し上げておりますが、彼らが家畜を襲うようになったのは、農地を増やすために山を切り崩し、彼らの生息地を狭めてしまったからです。このままでは取り返しのつかないことになります」
「お前は何を言っているんだ」
アレクサンドは呆れたようにエレノアを見つめる。
「過去、他の国では何度も竜狩りが行われた記録がある。これはモンスター討伐だ。それで、その国が取り返しのつかないことになったというのは聞いた事がない」
「他の国とこの地域では事情が違います。竜を退治すれば、他の魔物や動物が家畜を襲いに来るでしょう」
「それならそっちの方が良い。来るのが竜ならどうしようもないが、小型のモンスターなら、村で対処の仕様もある」
「アレクサンド様、あなたの家系は代々ドラゴンを大切にしておられたと聞いています。それが何故なのかお分かりでしょう?」
アレクサンドは鼻を鳴らした。明らかに嘲笑の意味が込められていた。
「竜は守り神であり、この国の象徴と言うのだろう? そんな時代遅れの竜信仰、あっても何の役にも立たない」
アレクサンドはため息をついた。
「エレノア、動物愛護ならぬ、モンスター愛護の精神なら他所で発揮してくれ」
「そういう次元の話では」
「いい加減にしてくれ」
アレクサンドはエレノアを睨みつけた。
「だいたい俺はお前がドラグナリアの竜騎士の娘だというから、父上が取りつけてきた婚約に同意したのだ。『もしかしたらお前なら竜を手懐けられるかもしれない』という期待を込めて」
この言葉には、流石にエレノアも怒りが湧いた。まるで彼女を物扱いしているような言葉だった。
いつかアレクサンドは分かってくれると信じていた。この広大なリューリア山地は、ひいてはこのリュクサール領はかのドラゴンが存在するからこそ成り立っているのだと。
エレノアは怒りを納めようと、一旦彼の主張を整理することにした。
***
父親の死によってアレクサンドが急遽領主を継いだのは、5年ほど前のことだ。彼は政務に燃えていた。
アレクサンドは何よりも領地をもっと強くしたいと考えた。理由はこのリュクサール領がハキム帝国という強大な国家と隣接していることにある。
今は大人しくしているものの、いつ彼らが侵攻してきてもおかしくはない。
帝国に対抗するためには抑止力が、つまり相応の軍事力が必要になるとアレクサンドは考えた。
軍事力を強化するには金がいる。金を得るには税収を上げなければならない。しかし今以上に税収を上げれば領民の負担は増え、かえって領地の力が弱まる。
そこで農地を拡大するため、森林地帯の伐採に踏み切ったのだ。農地が増えれば、それだけ人も増える。税収も増えると考えた。
そして、そのためにドラゴンは邪魔な存在だった。
最初は順調に開拓が進んでいた。このままいけば予定通りの税収が見込めるだろうと考えられた。竜が現れるまでは。
竜は決まって人が寝静まった夜に現れ、牛や豚を奪っていく。まるで最初からどこに食べ物があるか分かっているかのようだった。
食害が増えれば、開拓民たちの生活には打撃になる。人々は竜を恐れ、逃げ出す者も居た。そして開拓作業は著しく鈍化することになる。
竜のせいで計画が狂ったと考えたアレクサンドは様々な策を巡らした。罠を張ったり、兵士たちを配備し、待ち伏せたりした。
竜騎士の娘とも結婚した。
エレノアの出身国であるドラグナリアは、竜が多数生息することで、そして竜を使役する『竜騎士』が存在することでも有名だった。
エレノアはその竜騎士の娘ということで、彼女なら竜を手懐けられると考えたのだった。
結果、ことごとく失敗。罠は器用に避けて通るし、兵士に見張らせた夜は全く来ない。エレノアに至っては「開拓を止めるべき」と言ってくる始末。
こうして彼は強硬手段に打って出ようとしているのだ。
***
「こんなに使えない奴だとは思わなかった。お前が連れてきた竜も何の役にも立たないしな」
エレノアは嫁ぐにあたって、領地から一匹の飛竜を連れて来ていた。小さい頃から行動を共にしていた相棒のような存在だ。彼を悪く言われるのは、何より我慢がならなかった。
「発言を撤回して下さい。あの子は私の大切な竜です」
「あー、分かった分かった。そんなに俺のやり方が気に入らないのなら出て行ってくれ。離婚だ。お前はアレクサンド・リュクサールの妻として相応しくない」
感情的なたかぶりによって、思ってもみないことを言ってる可能性はある。だとしても、言って良いことと悪いことがある。
エレノアは急速に自分の気持ちが冷めて行くのを感じた。
「そうですか。でしたら私は国に帰らせて頂きます。私の方も、こんな理解力の無い方と生涯を共にすることは出来ません」
エレノアは踵を返した。
「お、おい」
本当に出て行くとは思っていなかったのか、アレクサンドの声には焦りが伺えた。しかしもう遅い。最後に繋がっていた線を切ったのは、彼の方だ。
「あ、それから討伐隊は出さなくても良いと思います」
「何故だ」
「サンダードラゴンたちにはこの国から逃げるよう私が伝えます。そうすれば討伐の必要も無いでしょう」
エレノアは明確に竜と会話が出来るわけではない。しかし小さいころからの訓練と魔法の指輪の力により、知能の高い種の竜ならば、簡単な意思の疎通くらいは出来る。
サンダードラゴンは頭が良く社会性がある。そして彼らの中には必ずボス個体がいる。彼に話を通せば、ほぼ全ての竜が従うだろう。
「お、お前! 何故それが出来るのに今までやらなかった! もっと早くしていれば……」
「楽にドラゴンを追い出せたのに、ですか? 勘違いされているようなので申し上げますが、私はこの地のことを思って言わなかったのです。
そして、あなたが竜を殲滅しようとしている今、この地を思うからこそ彼らを逃がすのです。ドラゴンを討って関係を壊せば、リュクサールは本当の意味で再起不能に陥るのですから」
エレノアは振り返ると、正面からアレクサンドを見据え、言った。アレクサンドは鼻を鳴らすと彼女を睨みつける。
「破滅はしない! さらに領地を強くするために竜は不要なのだ!」
その言葉を聞き流しながら、エレノアは私室に下がった。こうして二人の夫婦生活は終わった。
そして国から連れて来ていた飛竜に乗って、その日のうちに屋敷を後にしたのだった。
******
両親はエレノアを温かく迎え入れてくれた。彼女を責めるようなことは一切なく
「しばらくゆっくりしなさい」
と優しく言ってくれた。
お言葉に甘えて、とエレノアは毎日飛竜に乗って各地を巡った。そうした実家での生活は楽しかったのだが、どこか心につっかえるものがあった。
リュクサール領のことが気にかかっていた。確かにアレクサンドは強情でどうしようもない男だったが、それでも領民に罪は無い。彼のせいで不利益を被ればとばっちりだ。
アレクサンドの弟、クロードから手紙が届いたのは、エレノアが実家に戻ってすぐだった。手紙の内容は主にエレノアに対する謝罪だった。「兄が非礼を働いてしまい申し訳ない。時間が取れる時に、いずれ会って話したい」と書かれていた。
クロードが来たのはそれから約3か月後のことだった。
彼はアレクサンドと顔は似ているものの、性格は正反対だった。温和で柔軟性がある。クロードは竜の討伐にも森林の開拓にも最後まで反対していた。要は父親の意志を継承していたのだ。
彼が家督を継いでいればどんなに良かったか、とエレノアは思わずにはいられない。
クロードは深々と頭を下げた。
「兄が粗相をして申し訳なかった」
彼は侯爵家の人間だ。ドラグナリアでは侯爵と竜騎士は同格の扱いを受けるが、他国ではそうではない。カルミア皇国リュクサール領でも竜騎士はただの騎士扱いだ。けれど彼は以前から、エレノアに対して見下したような態度を取ったことはなかった。
「あなたが頭を下げることでは無いわ。それより、リュクサール領の様子はどう?」
「それなんですが……」
クロードが話す内容に、エレノアは思わず眉をひそめた。
彼の語る内容はこうだ。
エレノアが実家に戻ってすぐ、西に向けて大群で飛んでいく竜が目撃された。それ以降、ドラゴンによる家畜の食害は一切報告されなくなった。
アレクサンドはエレノアが言った通りだと喜び、急いで開拓作業を進めようとした。
しかし、予想外の事態に陥った。
竜が居なくなると、小型のモンスターや動物によって、農作物が荒らされるようになったのだ。ドラゴンは巨大だが基本的に数が少なく、家畜の被害はそこまで多くは無かった。
しかしイノシシなどの動物は。せっかく育った麦を踏み荒らし食い荒らし、モンスターは家畜ならず人間も標的にする始末。
そんな状態ではまともに開拓も出来ず、それなりの数の兵士を割かねばならない。
兵士を派遣しても、被害の数が多すぎて適切に対処出来ているとは言い難かった。
それだけではない。過去100年、一度も国境を越えてこなかった帝国軍が、越境してきたのだ。
当然リュクサール側は軍を派遣せざるを得なくなった。
その時はにらみ合いで終わり、帝国軍も引き上げていったが、事態は切迫している。またいつ、連中が一線を越えてくるか分からない。国境に配備している軍隊を増やさねばならなかった。
これは後に分かったことだが、昔帝国軍はリュクサールに侵攻しようとした際、リューリア山地に入ったことがあったらしい。
地形上、そこを通るしかリュクサールに侵攻出来なかったからだ。
その時帝国軍はドラゴンと鉢合わせし、戦闘になった。
軍は一匹を倒したまでは良かったのだが、その後仲間の竜がどんどん集まってきた。地の利は完全に竜にあり、帝国軍はほとんど壊滅状態になるまで徹底的に攻撃された。生きて帰れた者は両手で数えられる程しか居なかった。
以降帝国では「リュクサールに侵攻してはならない」という戒めが出来た。
しかし「リュクサールが竜を排した」という噂を彼らは聞きつけ、様子を伺いにやって来ていたのだ。
竜が本当に居なくなったと分かれば、帝国軍が再び侵攻してくるまで時間の問題だと思われた。
昔のリュクサールの人々は、竜が帝国から自分たちを守ってくれていることを知り、守り神として崇めた。竜の住処を荒らそうなどとは考えもしなかったのだ。
けれど帝国からの侵攻が全く無い平和な日々が続く中で、それらの竜信仰は形骸化し、アレクサンドのようなアホも出てきたというわけだ。
アレクサンドは親族や部下からも「竜を討伐しようとしたからだ」と責められ、すっかり気を落としてしまったようだ。
「俺のせいで戦争が起きたらどうすれば良いんだ!」
と彼はクロードの前で頭を抱えたこともあったという。
「お前が領主にならないか?」
と言ったりもした。
確かにいつもは強気なアレクサンドだが、ここぞの場面で気の弱いところもあった。あまり領主としては向いていなかったのだろう。
結局エレノアが警告した通りになった。だからといって「ほら見たことか」と鼻を鳴らすことは出来なかった。戦争になれば多くの人が死ぬ。彼女としても後味が悪い。
「勝手を承知でお願いします。エレノア嬢、知恵を貸していただけませんか」
クロードは再び頭を下げる。
答えは決まっていた。
※※※※※
エレノアが再びリュクサール領に戻ってから1年が経過した。
一度森林を切り倒し、開拓された場所には次々と木の苗が植えられた。いわゆる植林である。木が成長するにはかなりの時間がかかる。けれど、こればかりは地道にやっていくしかない。
竜たちも、少しづつ戻りつつあった。
ドラゴンたちはリュクサール領を離れ、幾つかの個体群に散らばっていた。
1匹2匹ならまだしも、100を超えるドラゴンが一斉に移動して、維持できる場所は自然界に存在しないからだ。
しかし幸運なことに、サンダードラゴンは固有の電気信号を出し、仲間と意思の疎通を図ることが出来る。その特性を使わない手はない。
エレノアが一つの個体群を見つけてから、彼らの協力の元、他の竜を探した。そうして全頭を見つけ出すまでに、そう時間はかからなかった。
エレノアが「リュクサール領はもう安全だ」と伝えると、一匹、二匹とリュクサール領に戻り始めた。避難してきたとはいえ、彼らもあの場所が好きで、戻りたいと思っていたのだ。人間が故郷を懐かしむのと同じなのかもしれない。
エレノアはリュクサールに赴く際、伝手をたどって、何人か竜騎士を連れて来た。モンスターの被害から領民を守るためだ。エレノアや竜騎士が乗る飛竜は夜でも目が効き、人の村を襲いに来るモンスターを簡単に発見し、駆逐した。
こうして竜がモンスター退治に活躍していくと、最初は竜を怖がっていた領民たちも、次第に竜に対して好意的な感情を抱くようになっていた。
そして竜が戻るにつれ、モンスターや動物の被害は少なくなっていった。帝国軍の越境も起きていない。
エレノアがリュクサールの復興に尽力し始めてから、あっという間に一年が経った。
全ての竜が戻ったわけではない。もう避難先に永住してしまった竜も居る。
それに、竜が戻ったからといって、直ぐに生態系が回復するわけではない。けれど自然の回復力は時に人間の予想を超える。いずれ豊かな森が戻るだろう。
エレノアがドラグナリアに戻る日。彼女は飛竜の頭を撫でていた。
「本当に見送りは要らないのですか? あなたはこの地の恩人だし、最後くらい盛大にパーティーをしたいと思ったのですが」
唯一、見送りに来ていたクロードが名残惜しそうに言う。
あの後、自信を喪失したアレクサンドはクロードに家督を譲り、「自分は弟の補佐に回る」と言った。つまり今、リュクサール領を経営しているのは彼だ。一年間、近くでクロードを見ていたが、彼ならば、安心して任せられると思う。
「良いの、湿っぽくなるのは嫌いだから……じゃあみんなにはよろしく伝えておいて」
「待ってくれ」
飛竜に飛び乗ろうとしていると、呼び止める声がした。アレクサンドの声だった。
再びリュクサールに来てから、彼と顔を会わせることは何度かあったが、あっちは露骨に顔を背けていた。気まずいと思ったのか、それともプライドが許さなかったのか。
それが最後になって、どうしたのだろう。
「何でしょうか」
エレノアは素っ気なく言った。
「すまなかった」
アレクサンドは俯き、苦虫を嚙み潰したような顔をして、言った。プライドの高い彼の、それが最大限の謝罪だったのだろう。
「今更謝罪されたところで、何の感情も起きないわ」
アレクサンドは顔を上げた。
「エレノア、俺とやり直さないか」
「はい?」
エレノアは目をぱちくりさせた。その提案はもっと今更だ。
「いやいや、何を言っているんですか」
「お前が戻ってきて、やっとお前の魅力に気付くことが出来た。意志が強くて、美しくて……こんなに良い女だったなんて知らなかった。俺はもうお前なしでは生きていけないんだ!」
アレクサンドがこんな気持ちを貯めていたとは、エレノアは素直に驚いた。しかしうんざりもする。
「私にあんな仕打ちをしておいて、よくそんなことが言えますね」
「だから謝っているだろう! もうあんなことは言わないし、お前の意思を尊重する!」
エレノアは首を振った。
「もう何を言っても遅いの。一度割れた花瓶は元に戻りませんわ」
「ふざけるな! この俺が頭を下げてやってるんだぞ!」
「よせ、兄貴」
急に激高してくるアレクサンドをクロードが止めた。やはり彼は変わっていなかったようだ。別れて大いに正解だった
「それに私、心に決めた人が居るの」
暴れていたアレクサンドが急に静かになった。
「心に決めた人……まさか!」
アレクサンドはエレノアとクロードの顔を交互に見る。クロードとエレノアは、互いを見て、微笑んだ。
そしてエレノアは、飛竜に抱きついた。ドラゴンは優しくエレノアを見つめている。
「私、このドラゴンと結婚するの」
「ゑ???」
一瞬、静寂に包まれる。世界が静止したのかと思われた。
アレクサンドはにらめっこでもしているのかと思う程、顔の全てのパーツを伸ばしに伸ばしていた。クロードは必死に笑いをこらえていた。
状況の全く分かっていないアレクサンドの前で、飛竜の身体がまばゆい光に包まれた。眩しさに目を閉じたアレクサンドが、目を開けて最初に目にしたものは、もっと意味不明の状況だった。
さっきまでエレノアの横に居た飛竜が居ない。そこにいるのは、飛竜ではなく、人間の男だった。
空のように蒼い瞳を持ち、男のアレクサンドから見ても美しいと思える美丈夫だ。
「ゑ???」
アレクサンドは口をあんぐり開けている。クロードはついに笑い出した。彼は既にエレノアと竜の秘密を知っていた。
「彼は竜族のウェイド。竜でもあり、人間でもあるの」
「なっ! 何だそれ! 何だそれ!」
「彼が人の姿になれるのを知らないのは兄貴だけだよ」
アレクサンドは竜に悩まされていたこともあり、エレノアが連れている竜を毛嫌いしていた。近づこうともしなかったし、竜のことを話題に出すと露骨に不機嫌になる。エレノアとしては隠すつもりなど無かったのだが、言う機会が無かったのだ。
「りゅ、竜と結婚なんて、そんな、馬鹿な……」
アレクサンドは尚も信じられないのか、鯉のように口をパクパクさせている。
ウェイドはエレノアが小さい頃、ボディガード兼従者として雇われていた竜族の少年だった。彼は忠実に任務をこなした。時にエレノアを命がけで守り、落ち込んでいる時には励ました。
苦楽を共にする中で、ウェイドはエレノアのことを好きになっていた。
しかし政略結婚により、エレノアはリュクサールの地に嫁ぐことになった。ウェイドは悲しんだが、どちらにしろ彼とエレノアは身分が違う。エレノアの幸せを優先して身を引こうと考えた。
しかしエレノアが離縁されたことにより、思いが爆発した。竜族特有の押しの強さで猛アタックを仕掛けた。我慢していたものが一気に爆発したのだ。
エレノアとしても同じ思いだった。ウェイドには以前から惹かれていたが、家のためアレクサンドの元に嫁いでいた。
「けれど今は身分も種族も関係無いと思っています。私はただただウェイドが好き。リュクサールに戻ってから、ウェイドと旅した時間は本当に特別でした」
エレノアは慈しむような眼をウェイドに向けた。ウェイドも静かに視線を返す。それを見つめるアレクサンドは半ば放心状態だった。
ウェイドが再び竜の姿になると、エレノアは背に飛び乗った。
「では、私たちはこれで」
「エレノア嬢、今まで本当にありがとう。また気が向いたら立ち寄ってください。精一杯もてなします」
クロードは、がっくりと肩を落とす兄の背中をさすりながら言った。
「ええ、それではご機嫌よう」
そうしてエレノアとウェイドは抜けるような青空に飛び立って行った。
初夏の爽やかな風が、小さくなっていくドラゴンを見る兄弟の前髪を揺らしていた。
おわり