【第9話 仮初の春】
封印執行から三日後。
第三封域には、春が本格的に訪れようとしていた。
或は、仮解放措置のもと、第三封域の寮舎裏にある旧教師棟に身を寄せていた。
彼は、以前と変わらぬ白衣姿で授業に現れ、生徒たちの警戒心を淡々と受け流していた。
「先生……あなたは、何者なんですか」
放課後の教室。
千歳がそう尋ねると、或は窓の外を見ながら答えた。
「私は“誰か”であることを望んだ、呪の塊さ」
「それって……」
「千歳。君が名を与えたことで、私は“或”になった。
君がいなければ、私は世界に居場所を持たなかった」
その声は穏やかだった。
けれど千歳は、自分の名が“何を許してしまったのか”に、胸の奥で震えていた。
***
一方、陰陽庁の奥深く。
「——失敗か」
儀式長と、もう一人の監査役が密かに言葉を交わしていた。
「あの封印、やはり不完全だったかもしれぬ。
“彼”が喰らった神格……今なお、内に留めているのではないかと」
「彼を再び目覚めさせたのは、例の少女……“春澄 千歳”」
「使えるかもしれん。彼女が制御の鍵になる」
そしてその日。
寮舎に戻った千歳の枕元に、一枚の札が置かれていた。
見覚えのある、封呪札。
だがそれは、学園のものではなかった。
——陰陽庁本部・黒印式。
そこには、たった一文だけが書かれていた。
『その男に近づきすぎれば、君も呪われる』