【第8話 封印執行】
満月の光が再び空に戻った日、封印執行の儀が告知された。
式神学園の地下結界・封霊殿。そこに、教職員と監査陰陽師が集められる。
千歳は、どうしてもその場に立ち会いたかった。
自分が“名”を呼び、目覚めさせた存在が、どのように裁かれるのか——
責任を放棄してはいけないと、彼女の本能が告げていた。
或は拘束されていた。
けれどその顔に、恐れも怒りもなく、ただ静かに目を閉じていた。
「朧宮 或。かつて神格に準ずる力を持ち、人を喰らいし罪により封印されたもの。
いま再び、主なきままに解放され、その存在を危険と認定されたため、
再封印を執行する」
儀式長の声が響く。
呪符が千本、天井から降り注ぎ、光の結界が構築されてゆく。
その時——
千歳の手元にあったお守りが破れ、中から一枚の札が滑り出た。
それは彼が初めて授業で語った「終わりの呪」の構文だった。
『呪術は、喰らい尽くされたとき、終わる』
彼は言っていた。
「私は君に“終わり”を教えに来た」と。
そして今、それが起ころうとしていた。
結界が閉じる直前、或は千歳に向かってかすかに唇を動かした。
「ありがとう」
たった一言。
でもそれが、千歳に決意を与えるには十分だった。
「待って!」
結界内に飛び込んだその瞬間、千歳の魂が燃えた。
名が輝き、封印の力が逆流する。
「彼は、私の“名”で呼ばれた存在。ならば、再封するかどうかを決める権利は、私にある!」
術者たちがどよめき、監査陰陽師が動きを止めた。
それでも結界は止まらない。
或の身体が崩れ始める。
命の形を保てず、白い光が千切れてゆく。
「やめて……彼は、私を喰らわなかった!」
叫ぶ千歳の胸に、彼の“名”が焼きつくように届いた。
その名が、世界のどこにもなかったはずの名前が——
「或——!」
名を呼ぶ。
ただ、それだけ。
けれどその瞬間、崩壊しかけた彼の形が、再び“ひと”としてそこに存在した。
白い狐面が、千歳を見つめていた。
「君が、呼んでくれるなら」
封印儀式は停止された。
儀式長が沈黙し、やがてひとつの判断が下される。
「仮解放——猶予措置により、監視対象として保留」
或は再び教師として戻ることになった。
だが、それは制度の温情ではなく。
——千歳が“名”によって彼をこの世界に繋ぎとめた、ただそれだけの理由だった。