【第7話 月下の封書】
夜。月が欠け始めた晩。
千歳の元に、届けられた封書があった。
墨染めの紙に、血のような朱で記された一文。
——《朧宮 或 再封手続開始》——
「……再封?」
それは、学園の結界中枢を管轄する陰陽寮からの通達だった。
教員会議を経て、彼の存在が“危険度特級”に引き上げられたという。
「でも、彼は……私たちを守ってくれた」
千歳の中に芽生えた小さな想い。
それを、否定するように制度が動き始める。
彼女は禁書庫を再び訪れ、旧封印文書を紐解く。
そこには、百二十年前に或が封印された理由と、その最後の姿が記されていた。
《白狐顕現、旧主ノ娘ノ命ヲ喰ラウ》
「……娘……?」
彼女の記憶に浮かぶ、幼い頃の夢の断片。
白い狐と、炎の中で泣いていた少女。
それは、遠い過去。
——あるいは、輪廻のどこかで交わった“記憶”かもしれなかった。
「私は……あなたに何をされたの……?」
次の日、千歳は或の元を訪れる。
月光に照らされた教員棟の裏庭。
彼は、既にそれを知っていたように言った。
「その手紙は、“契約の破棄”を意味する。君が私を放すなら、私はそれを受け入れる」
「でも、それは私じゃない。制度が、勝手に」
「名を与えた者が、最後の決定権を持つ。君の言葉だけが、私の鎖だ」
白狐の瞳が静かに揺れる。
決して、縋らず、哀願せず。それでも、望んでいるように。
「君が望むなら、私は消えてもいい」
千歳は、答えを出せなかった。
だが、彼の“望まなさ”が、確かにそこにあることだけはわかった。
そして、月が完全に欠けたその夜——
再封儀式の刻限が、静かに迫っていた。