【第6話 呪言の代償】
破壊された封域。
異形《壱》を退けたその余波は、式神学園内の“秩序”そのものを揺るがせていた。
千歳は、翌朝目を覚ました瞬間、自らの声が掠れていることに気づく。
喉が焼けるように痛い。
——呪詛を行使した代償だった。
「あのとき、確かに“命じた”……」
名を貸し、命を下し、或を真名で動かした。
あれは、ただの指示ではなかった。
“式”として世界に通じる、正式な呪言だった。
「無理をするな、千歳」
病室にやってきたのは、白衣を脱いだ或だった。
彼の姿はどこか、柔らかくも寂しげだった。
「名を媒介にした命令は、君の魂を削る。あれは、生徒が負っていい重さではない」
「でも……壱を止めるには、他になかった」
「わかっている。……私は、君の中の“何か”を呼び起こしてしまった」
或は自嘲のように目を伏せた。
「君は本来、私の主になるべき存在じゃなかった。だが、君の“名”が私を繋いでいる。だから私は……君に従ってしまう」
「それは、呪いじゃないの……?」
千歳の問いに、或は応えない。
代わりにそっと、彼女の手を取った。
「それでも……君にだけは、命じてほしかった。誰よりも、君に」
その瞬間、千歳の胸に熱が走る。
それが恋なのか、哀れみなのか、あるいは記憶の残滓なのか。
まだ、わからない。
だが——
彼の白い手が震えていたことだけは、確かに感じた。
「もし、次にまた何かあったら……今度は、ちゃんと共に戦うわ」
千歳の声は掠れていたが、その言葉は確かだった。
或は静かに頷いた。
白狐の面影を、その奥に秘めながら。