【第2話 呪鎖の記憶】
「どうして……あなたが……」
言葉にならない。千歳の声が震える。
或は、まるでそれを予期していたように目を伏せた。
「私は、ここにいてはならない存在なんだ。けれど、誰かが封を解いてしまった」
「封を……解いた?」
彼は頷いた。
「呪鎖を持つ者——君の血筋の誰かが、意図せず鍵を失った。それがこの封印の綻びを生んだ」
千歳の心に、祖母の顔が浮かぶ。
数か月前に急逝した、強大な呪術師だった彼女。
彼女の死が、この“彼”の解放に関わっているというのか。
或の声が静かに続いた。
「私はもう、人を守ることも、人に害を為すこともできない。名を奪われたこの身は、ただ命じられるまま動く呪詛の器だ」
「それでも……あなたは、自分の意思でここに来たのでしょう?」
千歳の問いに、彼は短く笑った。
「……そうかもしれないな。だがそれは、君のせいだ」
「私の……?」
「君の名が、私の中にまだ残っている」
脳裏をよぎる、遠い昔の夢の断片。
紅い空、白い狐、涙を流して名を呼ぶ誰か——
千歳は胸を押さえた。心臓の奥で、何かが痛んでいた。
「君が私を覚えていようがいまいが、君の名が私を縛っている。それは呪いにも、絆にもなり得る」
「なら、私はあなたを……」
言いかけて、千歳は黙った。
何をすればいいのか、まだ分からない。
けれどこのままでは、彼が再び“呪詛兵器”として扱われる未来が見える。
或は、そっと手を伸ばした。
その指先が千歳の髪に触れ、柔らかく絡め取る。
「君に願うのはただ一つ。私の名を呼ばないでくれ。それが、君の命を守る唯一の方法だ」
その声はひどく優しく、そして哀しかった。