【第1話 白き教師、来たる】
春、雪の名残がまだ境内に残る頃。
式神学園・第三封域に、“彼”はやってきた。
新任教師——朧宮或。
白髪、白衣、整いすぎた顔立ち。
だが、それよりも何よりも、千歳の目には違和感しか映らなかった。
「どこかで会った……気がする」
入学以来、無数の呪術師や式神を見てきた。
けれどこの男の雰囲気は、それらのどれにも当てはまらない。
歓迎式のあいさつで彼は静かに言った。
「私は、君たちに呪術の“終わり”を教えるために来た」
教職者としてあるまじき言葉。
だが、その声には不思議と説得力があった。
まるで、それこそが正しい在り方であるかのような——
***
「千歳。今朝、変なものが見えたって言ってたでしょ」
昼休み、灰音がこっそり近づいてきた。
千歳は、式神ククロが感知した“異霊”の痕跡について話す。
それは、今日から赴任した教師が現れた場所と一致していた。
「じゃあ、あの人が……?」
「可能性はある。私、調べてみる」
千歳は決意する。
自分の中の“違和感”の正体を突き止めるために。
その夜、封域裏の禁書庫で彼女はある封印記録を見つけた。
そこに書かれていた名は——
《朧宮 或》
封印年月日:百二十年前。
分類:呪詛兵器/神格外堕/指定封印継続中。
封印場所:第三封域。
千歳の背筋に冷たいものが走った。
(どういうこと……?)
その名は、今朝、自分たちの前に現れた男のものと一致していた。
だが封印継続中のはずの存在が、どうして教師として目の前に?
その時、誰かの声が背後から響いた。
「君は、まだ呼ばないでくれ。私の“名”を」
振り向くと、そこに彼——朧宮或がいた。
禁書庫の深奥で、雪のような白髪を揺らして。
「呼べば、私は君を喰らってしまう」
白狐の目が、千歳の魂を見透かすように光っていた。