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第99話 愉悦と合理


 人の形は失われていく。

 代わりに出現したのはあまりにも巨大な漆黒の龍だ。

 剣のような鋭さを持つ漆黒の鱗。

 頭部から雄々しく生える二本の角。

 広げたら相当な大きさになるであろう両翼。

 どこまでも続く極太の尻尾。

 それは御伽噺に記されている黒龍に他ならない。


 その人智を超越した神々しい姿に人々はただただ畏怖の念を抱くことしかできない。

 そんな中でアーベや子どもたちは瞳を爛々と輝かせていた。


「アネゴ、かっけぇ……」


 ヴァリスの咆哮。

 対抗するかのようにクルグロヴァも咆哮する。

 その瞬間、四方八方に呪いを撒き散らす。

 もはや見境なしの攻撃。


 街に被弾するより前にヴァリスが翼を羽ばたかせる。

 その際に発生した暴風が呪いを遥か彼方へと吹き飛ばす。


 ヴァリスは飛翔し、クルグロヴァを掴んで一気に上昇する。

 街はすぐさま米粒ほどの大きさになる。

 更なる上空を目指す中でヴァリスは問いを投げかけた。


「なぜ、貴様は呪いを振り撒く」

「ニンゲンナドコノヨニフヨウダカラダ」


 そして、クルグロヴァは語る。

 クルグロヴァは同胞と森の中で静かに暮らしていた事を

 しかし、突如としてやってきたドラゴンスレイヤーなる人間によって同胞は殺された事を。

 同胞の亡骸は骨の一欠片まで人間に利用された事を。

 自らの利益のために命を奪い、亡骸まで蹂躙する人間にクルグロヴァは果てしない憎しみを覚えた事を。


「サイキョウノコタイトシテココウニイキルキサマニハワカラナイダロ。ドウホウヲウシナウカナシミヲ」

「分からぬな。ワシに同胞など居らんからな」


 一方、地上では人々の祈りが収束していく。

 祈り、魔力、想い──全てを一身に受けたプネブマの体は激しく輝き出す。

 闇夜を振り払う日輪の如き輝き。


「みんなの力を一つにとか激アツブチ上げ展開じゃん」


 プネブマは未だ上昇していく二匹の龍に狙いを定める。

 若干の不安を抱きつつ、それ以上の信頼を込めて呟く。


「──ちゃんヴァリ、行くぜ」


 刹那、街全体を包み込むほどの浄化の輝きが出現する。

 輝きは一点へ紡がれていき、やがて天をも穿つ光の柱になった。

 浄化対象となった呪いの龍は全身から煙を吹き出して絶叫する。

 目の前にいる黒龍に向かって叫ぶ。


「ナゼダ!? アンナニミニククヨワキモノヲマモロウトスル!?」

「確かに人間は醜く、弱く、極めて愚かな生物じゃ。しかし、奴等には知恵がある。知恵から生み出されたものは悪辣な物もあるが、面白い物もある」

「オモシロイ……」

「何より果てぬ探究心がある。ワシらが持ちえぬ未知への欲望。それに突き動かされる人間ほど愉快なモノはない」

「ユカイ……」

「新たに生まれたのならワシのところに来るがいい。人間という愉悦を存分に味合わせてやる」


 クルグロヴァの内側──心臓の部分が赤く熱を帯び始めて、鼓動が激しくなる。

 全身から消え去っていく呪い。

 崩壊する肉体。

 それら全ては急速に限界を迎える。


 地上からでもハッキリと見える命の輝き。

 冗談抜きで街一つを消し飛ばす威力はあっただろう。

 余波で立っていられなくなるほどの暴風が吹き荒れ、プネブマや人々に襲いかかる。

 長い緑色の髪を押さえながら、プネブマは爆発の中心部を見つめていた。


 影があった。

 確かに羽ばたき、下降しているのが分かる。

 プネブマは安堵して微笑む。


 ギルド前に着陸したヴァリスの体は酷い有様だった。

 龍の姿から、人の形へと成り傷のスケールも人間サイズに縮小される。

 全身血だらけ、火傷が痛々しい。

 両腕は失われていた。


 だが、次の瞬間には両腕が再生する。

 ヴァリスは超速回復を持っているのだ。

 しかし、かなり消耗しているようで両腕以外の回復が始まる気配がない。


「大丈夫……じゃないって感じ、ちゃんヴァリ」

「ああ、初めて死とやらを感じたかもしれん。痴れ者が、散り際だけは派手にやりおって」

「休んでいいよ。傷はウチが治しておくから」

「そうか、任せる。ワシは眠い」


 全身から力が抜けて、ヴァリスは地面に倒れ込みそうになる。

 プネブマが彼女を支える。

 が、重さに耐えきれずにしゃがんでしまう。

 すでに寝息を立てるヴァリスの頭を優しく撫でながらプネブマは囁いた。


「お疲れちゃん、ちゃんヴァリ」



×××



 危機が去ったことによりギルド前は歓喜と感涙の声で満ち溢れていた。

 一つの戦いが終わった。

 そして、大迫力の龍vs龍&大精霊の戦いの裏で行われていた戦いも佳境へとさしかかっていた。


 舞台はギルドが管理する素材保管用の倉庫。

 対峙するのは黒猫少女のモカと禿頭のギルドマスター、マーティンだ。

 戦いからすでに数十分が経過している。

 倉庫はズタボロ、保管されていた素材は無残にも床に散らばっている。


「やればできるじゃないか。寝てばかりのタダ飯喰らいという印象は撤回しよう」


 鋭い刺突を繰り出すマーティンからは笑みが浮かんでいた。

 流石はギルドマスターというべきか、剣の太刀筋はギルドに所属するどの冒険者よりも良い。


 猫のように飛び回り攻撃を回避するモカ。

 適宜、魔術を行使するがマーティンは簡単に避けてしまう。

 モカに落胆の色は一切ない。

 避けられるのは当然と言わんばかりの面持ちだ。


「『先読み』の異名は伊達じゃないってことかにゃ」

「この加護のおかげでここまで上り詰めたからな」

「にゃら、その加護が魔王軍の手先になるように勧めたかにゃ?」


 モカの言葉が刃となってマーティンを斬りつける。

 彼は眉間にシワをよせ、厳かに口を開く。


「いつからだ?」

「最初からにゃ。というか、容疑者がお前以外に居なかったにゃ。モカが魔王軍だったら使えない雑魚よりもある程度の地位と権力を持つ奴を引き入れるにゃ」

「なるほどな。元宮廷魔術師にそこまで褒められると存外嬉しいものだ」


 マーティンは禿頭を撫でながらはにかむ。


「正解だ。俺は魔王軍と繋がっている」

「別に興味はないけど一応理由を聞いてやるにゃ。どうして国を裏切ったにゃ?」

「金だ。単純明快だろう? 魔王軍をちょっと手引きをするだけで莫大な金が入るんだ。やらない手はないだろう?」


 ヘルムートの潜伏、置き土産の設置、今回のクルグロヴァ──この街で起こった数々の魔王軍絡みの事件。

 その全てを裏で手引きしていたのはマーティンだ。


「度を越した思想や行きすぎた正義や悪じゃなく、あくまでもビジネスとして魔王軍に協力していたのかにゃ」

「その通りだ」

「お前の考え方嫌いじゃないにゃ」

「まさかお前が気が合うとは思わなかった」


 モカはフンと鼻を鳴らして杖を器用に回す。

 マーティンは次なる攻撃に備えて、態勢を低くして剣を構えた。


「一つ訂正にゃ。モカはお前のことなんてこれっぽっちも褒めていないにゃ。他の奴と比べたらマシなだけにゃ」

「よく吠えた! だが、先読みを攻略しないと俺を捕らえることはできないぞ!」

「そういうのは周りを見てから言うにゃ」


 マーティンは違和感を感じた。

 倉庫の明かりは最低限で影になっているところが多い。

 だが、見えている影は不自然に黒い。

 影というよりは闇だ。

 その闇はマーティンの足に絡みついていた。


「な、なんだこれは?」

「闇属性魔術にゃ。説明するの面倒だから結論だけ言うにゃ。お前はこの倉庫に逃げ込んだ時点で終わっていたってことにゃ」

「そんなっ! お前、闇属性魔術なんて使えたのか!?」

「奥の手は最後まで隠しておくものにゃ」


 マーティンが闇に包まれていく。

 しかし、彼はさほど抵抗を見せなかった。


「一つ聞いていいか? お前は誰の依頼で調査していた?」

「守秘義務があるからはっきりは言えないにゃ。ただ、同じギルドにいたよしみで特別にヒントだけやるにゃ。ソイツはこの国で一番偉い奴の一番近くにいる女にゃ」

「そうか……それは相手が悪かった」


 マーティンの呟きは闇の中に消えていった。

 彼を包み込んだ闇は完全なる球体へ変化する。

 それは絶対なる牢獄。

 抜け出すことは不可能である。


「王都に着く前に発狂されたら困るからにゃ。たまには顔を陽に当ててやるにゃよ」


 と言って、モカは大きな欠伸をするのだった。


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