第98話 人の祈り
ヴァリスとクルグロヴァの戦いは熾烈を極めていた。
龍と人の形をした龍。
体格で大きなアドバンテージを誇っているクルグロヴァだが、その攻撃は先ほどから大したダメージをヴァリスに与えられていない。
巨大な爪の一撃、尻尾による叩き潰し、凶悪な顎から繰り出される噛み砕き──などなど、人間が喰らえば死は免れない攻撃が続く。
ヴァリスはあろうことか全てを真っ向から受け止めている。
そして、呪いなど一切気にせずに破壊の限りを尽くす。
クルグロヴァの頭部は弾け飛び、翼は千切られ、胴体は抉られる。
龍を一方的に蹂躙するヴァリスを安全地帯から眺めていた冒険者たちは熱狂していた。
拳を高く振り上げ、大声をあげる。
「いいぞ! そこだ!」
「叩き込め! さすがヴァリスだぜ!」
あまりの白熱具合に何事かとギルドに避難していた一般人も思わず出てくる。
その中にはセラフィの両親、ヴァリスの友であるアーベと仲間たちの姿もあった。
単身で龍と戦う彼女の姿は希望に見えただろう。
「行け! お嬢ちゃん!」
「頑張って、ヴァリスちゃん!」
「スッゲェ! アネゴ──!!」
応援の声が響き渡る。
あちらこちらからヴァリスコールが聞こえてくる。
それに気分を良くしたヴァリスは攻撃の手をさらに激しくする。
「ウルサイニンゲンドモダ」
クルグロヴァが悍ましいほどの呪いが込められた一撃をギルドに向かって放つ。
悲鳴がこだまする。
「痴れ者が!!!」
ヴァリスは攻撃の手を止めて、ギルドの方へ飛翔する。
その瞬間。
人々の前に全身から眩い輝きを放つ美女が立つ。
背丈よりも長い緑色の髪、露出の高い衣装が風になびく。
「簡単に落とせると思ったら大間違いっしょ」
プネブマが手を横に振ると、淡い輝きを放つ光のカーテンのようなものが出現してギルドの周りを優しく包み込む。
光のカーテンに触れた呪いの一撃は瞬く間に浄化されていく。
大精霊の力はクルグロヴァにとってまごうことなき天敵である。
その途端、涙混じりの歓声が轟く。
プネブマを信仰する者たちだ。
「ああ! プネブマ様!」
「再び奇跡が!」
「我らがプネブマ様!」
大粒の涙を流し、プネブマに渾身の祈りを捧げる者がちらほら。
これにより、湧き上がる者、泣きながら祈りを捧げる者と別の意味で阿鼻叫喚が生み出されていた。
「キサマニダイセイレイ……コノマチハドウナッテイル!?」
異常な組み合わせにたまらず声を張り上げる呪いの龍。
盟友である魔王の頼みで、この街にいるルーファスという魔術師を呪い殺しにきたというのに。
とことん邪魔が入る。
目的の魔術師は未だに姿を見せない。
探そうにも二人を始末しないといけない。
ヴァリスがプネブマの隣に着地する。
「助かったぞ」
「お互い様だし。つか、呪い激ヤバじゃん。普通に千回は死ぬレベルなんですけど」
「ん? ああ、流石に堪えておるぞ」
「その程度の感想とかマジウケる。ソッコー癒すじゃん」
プネブマの癒しの輝きがヴァリスを包み込み、彼女を蝕んでいた呪いが綺麗に消える。
体を動かして、全快したのを確認する。
「上々じゃ」
「これからはウチが常時癒してあげるし。呪いは気にしなくていい感じ」
「それは助かる」
「でもさ、倒せんの? さっきからちゃんヴァリが与えたダメージ全部無かったことになってんじゃん」
プネブマの指摘している通り。
ヴァリスが与えたはずのダメージは、たちまちに回復してしまう。
先ほどまで見るも無惨だったクルグロヴァは今では完全回復している。
「奴は不死性を持っておるからの」
「それヤバくない? こっちが消耗しきって詰みとかありえたり」
「その件で貴様に頼みがある」
「え? ちゃんヴァリが頼みとか激レア過ぎてマジ呆然なんだけど」
口では言いつつ、表情はいつもと変わらない。
ダウナーな雰囲気はどんな非常事態でも不変だ。
「業腹じゃが、ワシでは奴の不死性をどうにかすることはできん。いや、やろうと思えばできるんじゃぞ? したら街が跡形もなく吹き飛ぶだけじゃ」
「それは本末転倒って感じ」
「そういう訳で貴様の力が必要じゃ」
「オケ〜。ちゃんヴァリの頼みならウチも全身全霊で行くっしょ。んで、具体的には何すればいい?」
ヴァリスはクルグロヴァを指差す。
「奴の不死性は呪いじゃ。自らの肉体に不死の呪いを浴び、長い年月の果てに肉体と呪いは完全に同化した。故に奴は呪いそのものになっておる」
「なる〜。つまりはウチの力で浄化出来るって訳ね。……あー、でも、ちょっとヤバめかも」
歯切れの悪い言い方をするプネブマ。
「なんじゃ?」
「二つ問題有りって感じ。一つはあの超絶激ヤバ呪いを完全浄化するには力不足感否めないつーか。もう一つは呪いを浄化した時の反動がヤバそう。あんな量を一気に浄化したら何が起こるか未知って感じ」
「その程度の懸念なぞ取るに足らん」
「マジ?」
「一つはワシに任せろ。もう一つは人間たちに協力させればよかろう」
すると、ヴァリスはギルド側に正面を向けて人々に向かって声を張り上げた。
「よく聞け貴様ら! 今から痴れ者を完全に屠る! そのために貴様らの力を寄越すがよい!」
人々は困惑する。
遠くから戦いの行方を見守ることしか出来ない自分に一体何が出来るのかと。
「貴様ら、プネブマに祈りを捧げよ! できる者はありったけの魔力も捧げよ! 貴様らの祈りが、想いが街を守る切り札じゃ!」
その言葉に人々の表情に力が宿る。
ヴァリスは大きく頷いてから、プネブマの肩を軽く叩いて前に出る。
「何する気なの? ちゃんヴァリ」
「浄化の際に何が起こるか分からぬというなら、事が起こっても問題ない場所に連れていけばいいだけじゃ」
「まさか……」
「安心しろ。ワシは偉大なる龍。何が起こっても滅びはせぬ」
すると、ヴァリスから今までとは全く異なる質の気が吹き出す。
それだけではない。
ヴァリスの体が徐々に変化していったのだ。




