第95話 勇者パーティーの栄光⑥
人生というのは何が起こるか分からないものだ。
いくら想像を巡らせても、それは個人が今までに歩んできた人生の範疇で得た常識を飛躍させたものである。
だから、予想外のことなんていくらでも起こる。
現状、私の前に威風堂々と姿を見せた現実。
予想外というレベルではない。
私は国王と戦う羽目になっている。
普通に生きていたら国王と戦うなんてことにはならないだろう。
反逆者とかならいざ知らず、私は単なる美しい賢者。
国に反逆するとか考えたこともない。
自分の身を犠牲までにして国を変えたいと思うほどの愛国心は持ち合わせていないのだ。
謂れのない罪を被されて、反逆者の汚名まで着せられて……。
こんなにも頑張ってきた私に何という仕打ちなの?
待って……それもこれも全部目の前にいる国王のせいじゃない?
国王がオスニエルをもっとまともに育てていたら、私はこんな苦行に身を投じる必要はなかったはず。
そう思ったら、段々苛ついてきた。
何なの?
目が眩むくらいピカピカの鎧なんて着ちゃって。
もういいわ。
今までの不満を全部乗せてボコボコにしよう。
国王が相手とか関係ない。
あっちから仕掛けてきたんだから正当防衛だ。
私は杖を構える。
私と国王は互いに視線を離さない。
離さないのではない。
離せないのだ。
一瞬でも視線を外してしまったら、一気に攻め込まれる。
そして、攻め入る隙も見当たらない。
そう、この王様は強いのだ。
少なくとも王都に住む誰よりも。
圧倒的なる武。
武によって国を統治する王。
その力の強大さは諸外国にまで知れ渡っているとか何とか。
冗談か、噂かと思っていた。
だが、こうして対峙したことによってよく分かった。
これは本物だ。
なるほどね。
これを見て育ったのなら、オスニエルが自分の才能と真逆の行動をしていた理由も頷ける。
ありとあらゆる困難を己が体、己が武で切り開く王。
ふっ、いいじゃない。
相手にとって不足なし。
「征く────」
国王が前傾姿勢を取る。
突っ込んでくる気だ。
自分が得意な距離に持ち込む気ね。
そうはさせ…………。
「──ぇ」
国王は私の目の前にいた。
大剣が迫る。
反射的に防御魔術を展開して、振り下ろされる大剣を弾く。
大して魔力も込めていなかったから、防御壁はガラスのようにあっさりと砕けてしまう。
でも、防いだだけで十分な役割を果たしてくれた。
すぐに距離をとって、強化魔術を限界まで重ねがけする。
思った以上に早いわね。
でも、強化した状態なら対応できる範疇だ。
国王が再び距離を詰める。
大剣が豪快に横薙ぎに振るわれる。
生半可な回避だと風圧で体勢が崩れると考えた私は全身を使って回避する。
「────っ」
完全にかわしたかと思ったが、毛先が切られてしまった。
美しい銀色の髪がっ!
毎日ちゃんと手入れしているのに!
なんてことしてくれるんだ!
追撃は止まらない。
四方八方から繰り出される必殺の剣。
まともに喰らえば真っ二つだろう。
その証拠に叩きつけられた床や斬った壁が見事に破壊されている。
「我が斬撃、こうも容易く捌くとは。流石は賢者」
「どうもありがとう。そろそろ反撃させてもらうわ」
攻撃を避けながら準備していた魔術を行使する。
選んだのは雷魔術。
王城を破壊する威力にもしたいのだが、それは流石にやり過ぎだろうということで自重した。
杖から迸る雷撃。
玉座の間を眩い光が走る。
雷撃は一直線に国王の元へ。
国王は避けるどころか、仁王立ちして雷撃を真っ向から受け止めるつもりだ。
随分と舐められたものね。
威力を抑えているといっても私の魔術よ。
まともに喰らえば数日は動けなくなる。
国王が手を前に突き出して雷撃を受け止めた。
果実を潰すように握りしめると電撃が掻き消されてしまう。
突き出た拳にダメージはなく、煙が立ち上っているだけだ。
嘘でしょ!?
信じられない。
素手で受け止めた?
ありえない。
絶対にありえない。
私は動揺を理性でねじ伏せながら続けて魔術を放つ。
水の槍、炎の弾丸、風の刃。
魔力を込めたので威力は先ほどの比ではない。
しかし、国王は動じない。
水の槍を叩き落とし、炎の弾丸を拳で相殺し、風の刃を掴んで振り払う。
魔術の蹂躙だ。
当の本人はダメージ一つ無し。
これではっきりした。
国王は何らかの方法で魔術の威力を殺している。
どんなに肉体が頑強でも少なからずダメージは蓄積される。
そもそも、至高の領域まで磨かれた私の魔術をなんの種も仕掛けもない状態で完封できるはずがない。
「気を緩めるな」
国王が大剣を振るう。
回避行動を取り、後方に下がった私の眼前に拳が迫る。
国王は振り切るより前に大剣を捨てて、私との距離を縮めたのだ。
攻撃の軌道に腕を差し込んで拳の流れをズラす。
完全に逸らすことができなかった。
額が切り裂かれて、鮮血が一気に吹き出す。
「ぐっ」
次なる一撃が来る前に、こちらから攻撃を仕掛ける。
魔術ではなく打撃だ。
鎧を着ている相手に打撃など本来無意味に等しい。
しかし、私は無意味なことはしない。
掌底を叩き込む。
単なる一撃ではない。
魔力を纏い、直撃の瞬間に衝撃波が発生するようにしたのだ。
打撃によって生じた衝撃波は鎧を突き抜けて肉体にダメージを与える。
「良い打撃だ」
「なっ……」
国王は何事もなかったかのように反撃してきた。
回避しながら攻撃を加える。
攻撃は当たっているのにダメージを与えられていない。
こちらは直撃こそないけど掠っただけでかなりのダメージを喰らっている。
おかしい。
絶対におかしい。
どうして攻撃が通らないの?
私は考える。
国王との戦いを脳内で振り返る。
魔術は殺されて、魔力を纏った攻撃も無意味。
ちょっと待って?
もしかして、魔力そのものを無力化しているんじゃ……?
そう思って、魔力を纏わせない一撃を振るった。
限界まで強化された打撃。
うぅ……すっごい痛い。
鉄の塊を全力で殴って痛くないわけがない。
魔力のありがたみを痛感したわ。
痛みと引き換えに確信を得ることができた。
国王が初めて表情を歪ませたのだ。
やっぱり魔力を無力化していたのね。
となると、そのピカピカした鎧が元凶な気がする。
国王が距離を取って、大剣を拾い上げる。
「恐れ入った。我と対峙してこれほどの時間を耐えた者は初めてだ」
「褒めてくれてありがとう。でも、魔力を無力化する鎧なんて反則もいいとこよ」
仮説を立証するためにカマをかけてみる。
国王は小さく笑う。
「この鎧の秘密まで看破するとはな。接近戦を得意とする我にとって魔術は天敵だ。当然、対策はする」
自分の力に驕らず、弱点とも真摯に向き合う。
なるほど。
この国王は謙虚故に強い。
「この鎧がある限り、貴殿の魔術は意味を成さず」
「それはどうかしら?」
「なに?」
私は国王に対して異議を申し立てる。
ばっくりと開いた額から流れる血のせいで片目の視界が真っ赤だ。
なんてことをしてくれたんだ。
私の美しい顔に傷をつけるなんて決して許される行為ではない。
相手が国王だからって関係ない。
絶対に許さない。
王城を壊したら不味いと思って力を抑えていたけど知るか。
「いくら魔力を無力化するといっても限界はあるはず。どんな武器、防具、アイテムも必ず消耗していくもの。なら、限界まで魔術を叩き込んだからどうなるか?」
私は杖を振るう。
背後に無数の術式を展開。
その数はエベリナと戦った時より遥かに多い。
練り込んでいる魔力もさっきとは比べ物にならない。
それ故に最大級の頭痛が襲う。
まるで小人に頭の中を掻き混ぜられているようだ。
だが、そんなことより顔を傷付けられた怒りの方が勝っている。
「──私を本気で怒らせたこと、後悔させてあげるわ」




