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第88話 手記の中の真実


 ──娘ができた。


 あまりの出来事に驚愕しつつ、この特殊で異常な状況を克明に記しておきたいのでこうして手記にまとめている。


 私は魔術師であり幻獣学者だ。

 そこそこの実力を持っていることは自負している。

 なぜなら、私の師は賢者メイナード・ロースソーンであるからだ。


 現在は幻獣の生態調査をするために世界中を旅している。

 その旅には大変頼りになる相方がいる。

 最愛の息子、ルーファスだ。


 最愛の女性との間に生まれた待望の長男。

 しかし、彼女は生まれつき体が弱く、ルーファスを産んだ数ヶ月後に亡くなってしまった。

 まぁ、その話は置いておこう。

 書き始めたら手帳が何冊あっても足りない。


 子育てしながらの旅は大変ながらも楽しかった。

 分からないことだらけの中で出会った人たちに助けられながら、この生活を五年間続けることができている。


 色んな所に行って、色んな人や生命と出会った。

 超常の存在とも会うことができた。

 例えば、傲岸不遜な割に子どもっぽい龍。

 例えば、口調があまりにも軽い大精霊。

 そのどれもが貴重な出会いであり体験だった。


 そして、今日。

 私は『幻獣の楽園』と呼ばれる秘境の地に辿り着いた。

 まぁ、船が難破して命からがらに辿り着いただけなのだが。

 不幸中の幸いだ。


 この場ははっきりいって、私にとっては天国だった。

 幻獣は見つけるのだけでも気が遠くなるほどに大変だ。

 そんな幻獣がどこを見てもいる。

 これを天国と言わずになんと言えばいいのか?


 有頂天になりながら、幻獣の生態調査をしていた。

 とはいえルーファスにも意識はしっかり向けていた。

 だが、ほんの数分だけルーファスから目を離していたら、非常に不思議なことが起こっていた。


 ルーファスの他にもう一人いるのだ。

 私は慌ててルーファスの元に駆け寄って抱きかかえた。

 対象と同じ姿に擬態して捕食する幻獣かと思って、息子を守ろうとしたのだ。


 しかし、私の予想は間違いだった。

 そこにいた小さな女の子は攻撃するそぶりを一切見せずに私の足に抱きついて、ルーファスに向かって手を伸ばしていた。

 目を見れば分かる。

 敵意など一切ない、純粋な瞳だ。


 さらに奇妙なことに、その子は亡き妻にとても似ていた。


「ルーファス、この子は一体?」

「妹だよ!」

「い、妹!?」


 ルーファスは断言するのだ。

 妹、と。

 それはつまり、私にとっては娘になる。


 いやいや、まるで夢でも見ているようだ。

 しかし、その子は見れば見るほど……。


 とはいえ、すぐに判断を下すことはできない。

 まだ、擬態している可能性も否めない。


 なので、私はルーファスを連れて、謎の子から見えない場所に隠れて様子を観察することにした。

 判断は妥当だと思うのだが、ルーファスはご立腹だ。


 謎の子は私たちの姿を探す。

 不安そうな表情で辺りを見回して、体を震わせている。

 今にも泣き出しそうな顔を見ていたら、私は思わず飛び出して彼女を抱きしめていた。


 駄目だ!

 こんなに可愛い子を疑うことなんてできない!

 私の子だ!

 誰がなんと言おうと私の娘だ!


 一瞬の迷いもなく、私はこの子を育てる決心をしていた。



×××



 急にできた娘。

 ティナと名付けた。

 子どもが産まれるとなった時、男の子ならルーファス、女の子ならティナにしようと亡き妻と話をしてたのだ。

 両方の名を結果的に使うことになったのは不思議な感覚だ。


 ティナについての情報を簡単に記しておく。

 ・年齢は三歳程度。

 ・身体的特徴に関して特筆すべき点は無し。

 ・特殊能力として『空間跳躍』を保有している。


 間違いなく人間だ。

 しかし、ティナは何もないところから急に出現したのだ。

 人間が無から産まれることはありえない。



×××



 私はティナの正体を明らかにするために故郷に戻ることにした。

 腰を据えて調べたいということもあったし、何より一人で二人を育てるのが不安だったからだ。


 故郷に帰った私はメイナードと兄を頼った。

 メイナードは我が師であり知識が豊富。

 兄は宮廷魔術師の称号を持つ、超優秀な魔術師だ。


 子育てに関してはノーマンとポーラに色々助けてもらった。

 近所に住む夫婦だ。

 二人の間にはセラフィーナという娘さんがいて、親子共々仲良くしてもらっている。

 この夫婦、いや家族がご近所さんで本当に良かったと毎日のように感じている。



×××



 メイナードと兄の協力もあって、ティナの正体についておおよその答えを得ることができた。


 結論から言う。

 ティナの正体は幻獣である。


 その幻獣は極めて特殊な生態を持っている。

 産まれた瞬間に空間跳躍をして、世界のどこかに飛ぶのだ。

 そして、飛んだ先で一番最初に出会った生命(初見生命)の姿に変身して、その生涯を謳歌する。

 興味深いのは初見生命に知性があった場合、幻獣は初見生命が望む存在に変身するのだ。


 古今東西の文献や記事を漁ったら、私の身に起きた事と同じ体験をしている人がごく少数居ることが分かった。

 

 しかし、これを幻獣と呼称してもいいのか疑問でしかない。

 なぜなら変身した時点で幻獣としての要素は『空間跳躍』のみで身体的構造は変身した生命そのものになるのだ。


 きっと先人たちも困ったのだろう。

 幻獣にカテゴライズされているが詳細情報は記されておらず、正式名称すら存在していない。


 これはあくまでも個人的な意見、単なる妄想なのだが。

 その正体は無垢な魂なのではないだろうか?

 何色でもないの魂。

 それが第三者に観測されることによって、色を帯びて形を成していく。

 幻獣と言われるよりはよっぽど納得出来る。


 まぁ、正体がなんであろうともティナは私の大切な娘であることには変わりない。



×××



 ティナが拐われた。

 僅かな隙を狙われてしまった。

 犯人は兄だ。


 ここ最近、私と兄は衝突が絶えなかった。

 兄が宮廷魔術師の称号を剥奪されたのが原因だ。

 剥奪された理由は決して理不尽なものではない。


 ある国との戦いにて王国で使用禁止に指定されている魔術を行使してしまったのだ。

 その魔術は他者の魂に自身の魂を埋め込み支配してしまうという悍ましいモノだ。

 しかも、使用者は使うたびに魂が汚染されてしまうデメリット付き。

 汚染の先には破滅しかない。


 兄は王国の勝利のためと弁明したが称号剥奪が撤回されることはなかった。

 私は兄が堕ちていく姿に耐えられずに、改心するように言葉をかけ続けた。

 しかし、兄はその行いが自分に対しての憐れみだと理解し、憎しみを募らせていった。


 そして、私と王国を絶望に陥れるために兄は姿を消した。


 私はティナを助けるために兄の痕跡を追った。

 足取りは掴めず、なんの成果も得られない日が続いた。

 ある日、ティナがひょっこり帰ってきたのだ。


 私は安堵の涙を流しながらティナを抱きしめた。

 安堵は長くは続かなかった。

 兄はあえてティナを開放したのだ。


 ティナの瞳の奥に一瞬だけ深い闇が見えた。

 あろうことか兄はティナに禁術を行使したのだ。

 埋め込まれた兄の魂がティナの魂を支配する。

 ティナがティナでなくなってしまう。

 想像を絶する恐怖が私を包み込んだ。


 しかし、希望の光は存在していた。

 ルーファスがティナと出会った時に付与された『???の寵愛』。

 この加護によって二人の魂を強く結びつけていた。


 さらにルーファスはこれまでの旅で『龍の加護』『大精霊の加護』を付与されているため、魂の強さが常軌を逸脱している。

 それ故に兄はティナを支配できなくなっていたのだ。


 とはいえ、これはあくまでも予想だ。

 何かしらの理由、例えばルーファスとティナが物理的に長期間離れたりしたら支配は進んでしまうかもしれない。


 根本的な問題の解決にしか安心はない。

 私は兄を倒すことを決意した。

 堕ちていく兄を救ってやりたいという独善的な思いのために。

 最愛の息子と娘を守るために。



×××



 もし、私が失敗して、ティナが支配されてしまった時。

 最悪のケースを考えてルーファスには『幻獣使役』の特殊スキルを譲渡しておく。


 『幻獣使役』を使って、ティナを救えるかもしれない方法を記しておく。

 期待はしないで欲しい。

 この方法は絵空事としか思えないほど非現実的だ。

 そもそも、必要条件を満たすのは不可能に近い。

 それでも奇跡が起こることを祈って。



×××



 最後に。


 ルーファス。

 ルーファスとの旅はとても楽しかった。

 妻が亡くなって失意の底にいた私が再び歩み出せたのは間違いなくルーファスのおかげだ。

 きっと素晴らしい魔術師になる。

 私が保証しよう。


 ティナ。

 特殊な産まれだったが、そんなのは些細なことだ。

 ティナのおかげで私は子どもを育てるという喜びを二倍味わえたんだ。

 誰がなんと言おうともティナは娘だ。

 私が断言する。

 

 ルーファス、ティナ、愛してる。

 今までも。

 これから先もずっと。

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