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第87話 当たり前の大切さ


 シェリル姉さんと別れた俺は一目散に故郷を目指した。

 移動手段は己の肉体のみ。

 交通手段を利用するより、強化魔術を限界まで重ねがけして走った方が早いと判断したからだ。


 森を駆け抜け、河辺を飛び越えて、モンスターの群生地を突き抜けて──。

 何度も何度も転び、怪我を負い、襲ってくるモンスターを撃破しながらとにかく走り抜けた。

 かなり危険なルートを通ったおかげで日が沈む前には故郷にたどり着くことができた。


 解放……というか脱獄してきたことをみんなに報告しようかとも思ったが、それよりもメイナードに話を聞くことを優先した。


 メイナードが住んでいる湖のほとりまで行き、家のドアをノックする。

 疲労と焦りでかなり強くノックしてしまったことを反省する。

 しばらく経ってもメイナードは出てこなかった。


 ドアに手をかけると鍵はかかっていなかった。

 家の中には誰もいなかった。

 夕飯の買い物にでも行っているのかとも思ったが妙な違和感があった。


 床や家具には埃がたまっているのだ。

 しかも、数日でたまる量ではない。

 少なくとも数ヶ月は生活していた形跡がない。


「どうなっている?」


 ふと、机に目をやると封筒と手記が目についた。

 その封筒には『ルーファスへ』と書いてあり、封筒の中には手紙が入っていた。

 手紙の内容はこうだった。


『儂は大きな過ちを犯した。

 言い訳の余地はない。

 恐らくお前さんはティナのことでここに来るだろう。

 真実はお前さんの父親が遺した手記に全て書いてある。

 読むも読まないも自由だ。』


 大きな過ちってなんだ?

 真実?

 父さんの手記?


 メイナードがどこに消えたかも気になるが……。

 現状、ティナの謎を解明するのが先決だ。


 日が落ちてきてしまったので、俺は手記を持って一旦家に帰ることにした。

 今もかなり焦っているが、この状態では致命的なミスを犯しかねない。


 などと言っているが本音は少し休みたい。

 みんなの顔を見たい。


 俺は無事だってことを伝えたい。

 ティナのことを相談したい。

 この問題は俺一人でどうにかなるものじゃないから……。



×××



 数日振りに家を見たら、緊張の糸が途切れて疲労が一気に襲ってきた。

 今まで無視していた痛みが騒ぎ始めた。

 体が自分の物ではないくらいに重たい。


 鉄球の重りをつけたような足を引きずりながら、玄関まで行くとヴァリスとプネブマの姿が見えた。

 正確に言えば発光しているプネブマの灯りでヴァリスが見えているという感じだ。

 プネブマの光は玄関灯よりも明るい。


 ヴァリスは柱に背中を預けて尻尾をゆらゆらと揺らし、プネブマはしゃがみ込んで背丈より長い緑髪をいじっている。

 なんで二人が外に居るのか疑問に思っていると、ヴァリスがこちらに気付いた。


「お、ようやく帰ってきたか」

「ちゃんルー、おかえり〜」


 二人の反応はまるっきりいつもと一緒だった。

 龍と大精霊は動じないということか。

 正直、二人のいつも通りの反応は嬉しかった。

 日常が完全に崩れていないようで。


「あぁ、ただいま」

「なんとも酷い有様じゃな」

「冒険してきたって感じでウチは良いと思う」

「出迎えてくれたのか?」


 俺の問いに対して、ヴァリスは家の方に顎を向ける。


「ワシらではどうしようもできん。貴様がなんとかせい」


 そう言われたので、俺は二人と共に家の中に入りリビングに向かった。

 リビングではセラフィが大泣きしていた。

 彼女を宥めるようにフェリシアが隣に寄り添っている。


「どうしたんだ?」


 思わず漏れてしまった言葉に反応してセラフィが顔を上げる。

 長時間泣いていたようで目が真っ赤になっていた。

 俺を見た瞬間にセラフィの瞳から涙がさらに溢れる。


 セラフィは泣きながら駆け寄ってきて抱きついてきた。

 相当ボロボロだし汚れているので若干申し訳なさがあった。


「ルーファス……無事だったんだね……良かった、本当に良かったよ……」

「心配してくれてありがとう。それよりどうしたんだ?」


 安堵の表情が一瞬にして悲しみと焦りに変わる。

 セラフィの情緒が滅茶苦茶になっている。

 その原因の一端が俺にあるのが、これまた申し訳ない。

 

「ティナちゃんが帰ってこないの! ルーファスが捕まってからずっと落ち込んでいたから一緒に外に出たの。そしたら、ちょっと目を離したらどこかに行っちゃって……探したんだけどどこにも居なくて。だから、だから……」

「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて」

「でも……でもっ!」

「俺もティナのことで話があるんだ。みんなにも聞いてもらいたい」


 セラフィを落ち着かせてから、王城であったことを話した。

 ちゃんと伝わるように整理しながら話していたが、その中でも自分が状況を完全に受け入れていないんだなと感じた。


「──それで、この手記にティナに関することが書いているらしい」


 懐から取り出した手記に全員の視線が集まる。

 ただの手記だというのに存在感、威圧感が凄い。

 まるで超激レアアイテムを持っているかのようだ。

 まぁ、この中身が最愛の妹に関することだから必要以上のプレッシャーを感じているんだろう。


「なるほどの。面白そうじゃ、はよ見せろ」

「興味津々って感じ? めっちゃ見たい」

「我が子の秘密を覗くのはちょっとねぇ。でも、母親として我が子のことは全部知りたい気持ちも……うん、見ましょう」


 ノリノリの三人に対して、セラフィは至って真剣な面持ちを浮かべている。

 読むことには納得しているのだが、三人とは温度差が全然違う。

 俺はどちらかというとセラフィ寄りだ。


「じゃあ、読も……」

「ちょっと待って」


 早速、手記を確認しようとするとフェリシアが手を挙げて待ったをかける。


「中身を見る前にまずは夕食にしましょう」

「いや、そんな時間は……」

「こういう時だからこそよ。夕食できるまで時間あるから、ルーファスちゃんはお風呂に入って疲れを癒してきてちょうだい。とっても疲れた顔をしているわ」


 フェリシアの圧に押された俺は逸る気持ちを抱えながら入浴し、みんなと夕食を食べた。

 プネブマに癒してもらい、体は万全な状態へとなった。

 久しぶりの風呂と温かい食事で消耗しきっていた精神が少し回復した。

 きっとフェリシアは分かっていたんだろうな。


 夕食も終わり、俺たちは手記の内容を確認することに。

 テーブルに置かれた手記に手を添える。


「じゃあ、行くぞ」

「うんっ」

「うむ」

「おけ〜」

「ええ」


 手記を開き、ティナの真実と対峙する──。


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