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第85話 顕現


 やると決まれば行動は早かった。

 俺とシェリル姉さんはほぼ同時に牢屋を叩き壊す。

 普段は使われていないためかかなり脆かった。

 ちょっと強化した一撃で簡単に壊すことができた。


 当然、音が反響するので監視役が慌てて階段を降りてきた。


「────っ! 何をしている貴様ら! 今すぐに牢屋に戻れ!」


 警告を無視して走る俺たちを実力行使で止めようとして剣を引き抜こうとする。

 だが、それよりも早く懐に潜り込んで拳を叩き込む。

 悶絶して膝から崩れ落ちる監視役。


「ナイス、パンチ」

「ありがとう。だが、これで脱走はバレただろうな」

「遅かれ早かれよ」


 保管室から杖を回収して、地下の階段を駆け上がる。

 その最中でシェリル姉さんが疑問を述べる。


「そもそも、王城の地下牢に幽閉するっていうのが疑問。大罪人だったら問答無用で監獄に送ると思うけど」

「一応、疑惑の段階だからじゃないか?」

「だとしたら拘置所じゃない? それから裁判からの投獄の手順を踏むはず。それなのに王城の地下牢って変よ」

「言われてみればそうだな……。なぜ、王城なんだ?」


 まだ鈍っている頭を無理矢理回転させる。

 それでもさっきとは比べ物にならないくらい回転している。

 きっとシェリル姉さんと再会したこと、尋問官以外とまともに会話をしたおかげかもしれない。


 しばらく考えて、ある一つの可能性が浮かんだ。


「もしかして、俺たちの罪云々は最初からないんじゃないか?」

「虚偽ってこと?」

「ああ、拘置所とかを経由しないのは虚偽がバレる恐れがあるから。だから、王城で全て片付けようとしていたんじゃないか?」

「となると、王政側に敵が居るってことになるわね。……くっ、否定することができない」


 歯噛みするシェリル姉さん。

 その気持ちは正直分かる。

 しかし、王政に敵が居るとして狙いは?

 パッと思いつくのはメイナード絡みだ。

 だが、メイナードはすでに隠居して最低限の相談役としての力しか持っていないはず。

 ダメだ、全く分からない。

 答えが出ないままに階段を登りきって地上へと出る。


 目の前には近衛兵たちが勢揃いしていた。

 武器を構えて完全に戦闘態勢だ。


「面白いくらい手際が良いわね」

「こうなることを予想していたんだろうな」


 そのうちの一人が前に出てきて大声を張り上げる。


「大人しく地下牢に戻るなら、こちらは剣を収めよう! 抵抗するならどうなっても知らないぞ!」


 俺とシェリル姉さんは互いに視線を合わせてから、同時に近衛兵に向かって魔術を行使する。

 威力は喰らったらしばらくは動けないくらいに調整しておく。

 接近戦しか攻撃手段のない近衛兵たちは俺たちに近づくより前に魔術の餌食になる。


 中には耐久力がすこぶる高い者もいて魔術を真正面から受け止めつつ、こちらに迫ってくる。

 しかし、無駄だ。

 シェリル姉さんは魔術行使を中止して、一気に距離を詰める。


「はははっ! 魔術師が接近するなど愚の骨……グホァ!?」


 最後まで言い切る前にシェリル姉さんの掌底が深々と腹部に突き刺さる。

 うわぁ、あれは強烈だ。

 魔術を受け止めていた屈強な肉体でも、あの一撃は耐えられなかったようで廊下に前のめりに倒れ込んだ。

 乱れた銀髪を整えながらシェリル姉さんが呟く。


「魔術師じゃなくて賢者だって」


 こちらの戦闘力を見誤っていたのか、近衛兵たちの戦意が明らかに萎えていく。

 戦う気がなくなった相手と戦うほど血気盛んではない。


 俺たちは彼らの横をすり抜けて先を急ぐことにした。



×××



 残念なことに俺とシェリル姉さんは王城の構造には疎く迷ってしまった。

 ここから出ることを目標にしているのだが、巨大迷路のようで正しい道順が分からない。


 しばらく進んだところで大きな空間に出た。

 そこには人影が一つ。

 俺たちは杖を構える。


「思ったよりも遅い到着ですな。賢者シェリル、ルーファス・ファーカー」


 酷く落ち着いた口調で語りかける初老の男性。

 質の良い布地で作られた服。

 それは王国内でも限られた物しか袖を通すこの出来ない代物だ。

 

「コルト大臣がなぜこんなところに?」


 シェリル姉さんの言葉で記憶が蘇る。

 確か勇者パーティー発足式にも参加していた人だ。


「王城から出るにはここを通る必要があるからね。君たちが来るのを待っていたんだ」

「なぜ?」


 コルト大臣の口元が不気味な笑みを浮かべた。

 彼の後ろから新たな人影が現れた。

 俺とシェリル姉さんは、人影の正体に驚きと困惑を隠せない。


「ティナ?」

「なんでティナちゃんがここに?」


 大広間に笑い声が響いた。

 それは最初は小さいものだったが、徐々に大きくなっていった。

 その笑いを発しているのはティナだ。


 だが、信じられない。

 ティナはあんな笑い方をしない。

 しかし、笑っているのは紛れもなくティナだ。

 俺は幻覚でも見ているのか?

 

「随分と長い年月がかかった」


 それはティナの声。

 だというのに口調や威圧感は全くの別物。


「それもこれも貴様のせいだ。──ルーファス」


 直後、鋭い痛みが肩に走った。

 恐る恐る肩に視線を向けるとティナが愛用しているナイフが深々と刺さっていた。

 正直、目の前で起こっている現実があまりにも不可解過ぎて痛みに意識を割く暇がない。


「だが、全ては我の思惑通り。コルトよ、時間稼ぎご苦労だった」


 コルト大臣がティナに向かって膝をついて深々と頭を下げた。


「一体、何が起こってるの?」


 困惑するシェリル姉さんの声を聞いて、ティナが「ああ」と声を漏らす。

 それから俺たちに向かって悪意混じりの笑みを浮かべた。


「貴様等の存在は心底不愉快だが、一応礼は必要かと思ってな。コルトに無理を言ってここで待ち構えていたのだ」

「礼?」


 ティナがゆっくりとお辞儀をした。


「この肉体をここまで育てたこと感謝する。──そして、ここまで育てたことに絶望しろ」


 突如としてティナの体から禍々しい魔力が吹き出す。

 それは、どう考えてもティナの物じゃない。

 ティナであってたまるものか!


「お前……誰だっ!」


 問いに対して、ティナの姿をした誰はハッキリとこう言うのだった。


「──我は魔王。貴様らを否定し、滅ぼすものだ」


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