第82話 勇者パーティーの帰還⑪
ちょうどいい空き地を見つけた。
ここでオスニエルと契約してくれる召喚獣を呼び出す。
そのための準備として、契約召喚の魔法陣──召喚陣を描く必要がある。
オスニエルが召喚陣を描いている。
とはいえ、魔術の心得が殆どないオスニエルに全てを任せたら失敗しかねないので私も手伝っている。
意外だったのはエベリナも手伝ってくれているのだ。
「どうして手伝ってくれるの?」
「自分が助かるためよ。それに召喚獣には興味があるわ」
「そう。ところでさっきの王の在り方についての話だけど」
「ただの戯言よ」
「だとしても貴女らしくなかった。普段だったら我関せずって感じで聞いているだけだったのに」
指摘するとエベリナはいつも通りの艶然な笑みで言う。
「私、王族や貴族みたいな上流階級が大嫌いなの。なんの苦労もなく育った温室育ちが特にね」
「それは同感。私も上流階級の人間は嫌い」
「あら、それなのに王子様たちはしっかり守るのね」
「好き嫌いだけじゃ生きていけないの」
「魔王軍なら好き嫌いで自由に生きていけるわよ。どうかしら?」
「それもいいかもしれないわね……って何言わせるの」
軽口を交わしながら作業をすること数十分。
召喚陣を描きあげることができた。
「この後はどうすればいいんだ?」
「召喚陣に魔力を流し込みながら詠唱すればいいわ」
オスニエルに詠唱を教えて、ようやく召喚というところまでこぎつけた。
少しでも強力な召喚獣を呼ぶために私も魔力供給することに。
「いい? 詠唱に意識を取られすぎて魔力を注ぐのを忘れないで」
「ああ、分かった」
見た目では変化がないが、どことなくソワソワした口調で自信がないのが分かる。
「そんなに気を張らなくても大丈夫。調整は私の方でするから」
召喚を開始する。
ゆっくり、しかし、力強く詠唱を紡ぐオスニエル。
威厳や立ち振る舞いだけは一丁前だから様になる。
彼の詠唱に反応するかのように召喚陣が淡い光を放ち始める。
「──彼方から来たれ、悠久の盟友よ!」
輝きが一層増す。
それは目が眩むほどの輝き。
そして、光が収まった時に召喚陣の真ん中に影があった──。
×××
場所は変わって泊まっている宿屋のフロント。
イヴィーとイアンにオスニエルが召喚した召喚獣──もとい、新しい仲間を紹介していた。
二人はその仲間を見て目をキラキラと輝かせている。
「可愛い〜! なにこの小さくてモフモフした可愛いの!」
「やだ! ちょっと信じられない! 可愛すぎて失神しちゃいそう!」
テーブルの上に座って毛づくろいをしている小さな四足獣。
大きくてまん丸な瞳、ちょこんと付いている鼻、愛らしい形をした口、クリームパンみたいな手足。
全身は金色の体毛で覆われている。
正直言って、物凄く可愛い。
「これまた難儀なのと契約したものね」
エベリナの意味深な反応にオスニエルが疑問符を浮かべる。
しかし、彼女は説明する気がないようで微笑むだけで沈黙してしまった。
しょうがないので私が説明する。
「勝利へと導く獅子王。召喚獣の中では上位に属するほど優秀だけど少しだけ癖があるの」
「癖?」
「一つは自分では戦わない。自分が戦うべきにふさわしい相手じゃないと絶対に戦わないの。普段は周りのサポートに徹するって感じね」
そのサポート性能は召喚獣の中でもトップクラスだ。
しかし、それを十全に引き出すには大きな壁が存在する。
「もう一つは大抵の召喚獣は召喚に応じた段階で契約者を認めて指示に従うんだけど、この子は召喚に応じてから契約者を見極めるの。で、認めない限り絶対に指示には従わないの」
「それって結構問題なんじゃない?」
イアンの不安そうな声に対してゆっくりと頷く。
そう、これはかなり問題なのだ。
「オスニエル、よく聞いて。この問題は私たちではどうすることもできない。貴方が貴方自身の力で認めさせるしかないの」
「大丈夫だ」
オスニエルは一点の曇りもない瞳で断言する。
その自信がどこから湧いてくるのか本当に分からない。
私の読みでは今のオスニエルでは絶対に認められない。
足りない物があまりにも多い。
でも、それを一つ一つ説明したところでオスニエルには何一つ響かないだろう。
だから、自分で気付くしかないのだ。
正直不安しかない。
「ともかく契約できたんだから良いじゃない。名前付けましょうよ!」
いつになく上機嫌のイヴィーの提案に全員が賛成。
あーでもない、こーでもないと激論を重ねた結果、一周回ってシンプルな『ニケ』となった。
×××
ニケを召喚してから一週間近くが経った。
モンスターとの戦闘を重ねるごとにイヴィーとイアンは凄まじい勢いで成長していった。
そのおかげで私が支援する機会も確実に減ってきている。
この二人に関しては特に言うことはない。
問題はオスニエルとニケだ。
予想通りというべきか、ニケは全く言うことを聞かない。
戦闘になってもニケは我関せずの態度で、寝ているか毛づくろいをしている。
その姿はとても可愛らしくて癒される。
いやいや、それでは良くない。
このままではオスニエルが置物状態から抜け出せないのだ。
「僕はどうすればいいのですか? 大精霊様」
草原に跪いて祈りを捧げるオスニエル。
セラピアでの一件以降、彼は暇さえあれば全身を発光させていたあの大精霊に対して祈ってる。
最初こそ全員が困惑していたが、今では当たり前の光景となっている。
その姿を見ていて溜め息がこぼれてしまう。
いくら大精霊に祈ったところで答えは出てこないというのに。
……仕方ない。
「ちょっといい?」
「ああ」
オスニエルの隣に座る。
その横顔からも焦りが見て取れる。
大方、召喚獣をペット感覚で手懐けられるとたかを括っていたのだろう。
甘い、全くもって甘すぎる。
「上手くいってないわね」
「動物は気まぐれだからな……すまない、言い訳をした。何をどうすればいいのか見当がつかなくて困っている」
「……そう」
お、おう。
まさか、言い訳をしていることを自覚したなんて。
多少なりとも変化はしているんだ。
「シェリル、君の意見を聞かせてくれないか?」
ちょっと感動しそうになった。
あの、自分の意見が世界の答えだと言わんばかりだったオスニエルが進んで他の意見を取り入れようとするなんて。
「本人たちの問題だからニケのことは力になれないわ。それ以外のことで一つ言いたいのは、もう少し周りを見ること」
「索敵の視野を広めろと?」
「そうじゃなくて、気を配れってこと。オスニエルは自分のことしか見てないから視野が狭いのよ。もっと広い視野で物事を見れば気付くこともあると思うわ」
「それは具体的にどうすれば?」
「じゃあ、次の戦闘時にイヴィー、イアン、どちらでもいいから気になるところを見つけて、それを本人に伝えて」
「分かった」
この時の私は知らなかった。
なんて事のないアドバイスが、オスニエルの隠れた才能を開花させることを。




