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第80話 優しさの勝利


 スライムを倒したヴァリスは上機嫌で帰っていった。

 拗ねたり、上機嫌になったりと忙しい。

 表情豊かだと思うしかないな。


 それから起きたモカと現実に戻ってきたルカに状況を説明をする。

 飛び散ってから一切反応を示さないスライムを見つめて、二人は腑に落ちないような様子だ。

 気持ちは分かる。


「最後は打撃、ですか。ずっと魔術しか効果がなかったので意表を突くという趣向なら納得はできますが……」

「どうもスッキリしないにゃ。そもそも攻撃されてまともに反撃しないあたり奇妙、というより不気味だなにゃ」

「確かにそうだな。どうする? 一応マーティンに報告しておくか?」


 モカは首を横に振る。


「まだ必要ないにゃ。アイツに報告をする時は完全に討伐した時で良いにゃ」

「私もお姉ちゃんに同意です」

「分かった」


 その後、俺たちはスライムの再生する可能性を考慮して見張っていたが、変化は全くなかった。

 これ以上の変化は無いと判断して今日は帰ることにした。



×××



 翌日。

 目に飛び込んできた光景。

 それが俺たちの抱いていた違和感が間違いではなかったということの証明になった。


 バラバラに飛び散ったはずのスライムは元の大きさに再生されていた。

 それだけならさほど驚かなかっただろう。

 しかし、俺たちは驚いていた。


 なぜか?

 スライムが真っ赤に染まっていたのだ。

 昨日までは薄っすらと青みがかってたのに……。


「これは一体……」


 俺が呟いたとのほぼ同時にスライムが激しく震え出す。

 危機感を覚えて全員が杖を構える。

 瞬間、スライムの球体みたいなフォルムが流動的に変化する。

 触手のように伸びた部分の先端が鋭利な刃物を彷彿とさせた。

 凄まじい速度で攻撃が繰り出される。

 これまでとは異なる攻撃速度に驚いて反応が遅れるも、ギリギリで体を捻って一撃を交わす。

 触手は地面を穿ち土煙を巻き上げた。

 その強力な一撃に冷や汗が吹き出る。


 モカは俊敏に動いて触手を撹乱し、ルカは防御魔術で攻撃を全て受け止める。

 攻撃を避けながらルカに声をかける。


「これどうなっているんだ!?」

「恐らくですが第二形態になったのかと!」

「第二形態!?」


 そういえばヘルムートも形態変化みたいなことしていたな。

 創作者が出来るなら、改造モンスターも出来るのは道理か。

 というか、第二形態に移行したということはヴァリスの一撃が有効、正解だったわけだ。

 しかし、一旦バラバラになってから時間が経たないと再生出来ないとは。


「とことん倒すのが面倒……時間がかかるモンスターだな」

「文句言っても仕方ないにゃ」


 モカが攻撃の隙を縫って魔術攻撃を仕掛ける。

 無理な体勢から放たれた雷魔術は激しく震えているスライムに直撃。

 紫電が森全体に走り、空気がピリつく。


 しかし、真っ赤に染まったスライムは煙を上げるだけで無傷。

 嫌な予感がする……。

 俺も攻撃を避けながら魔術を放つが、スライムにダメージを与えることは叶わなかった。


 三人一ヶ所に集まる。

 モカとルカの表情を見るからに俺と同じことを考えているだろう。


「なぁ、もしかして……」

「それ以上言うにゃ。現実を受け入れたくないにゃ」


 モカの気持ちは分かる。

 だが、現実は俺たちの気持ちを無視して襲ってくる。

 スライムは俺たちの攻撃が一切効かなかった。



×××



 それから約三日間。

 俺たちはなんの成果もなくただただ時間が過ぎて行った。

 時間が経つにつれて、当たり前だが疲労は積み重なっていく。

 体が赤くなってからはスライムは堰を切ったように攻撃を仕掛けてくるようになった。

 その攻撃をかわしながら試行回数を増やすのは大変な作業だ。

 家に帰って休息は取っているが、精神的な疲労はなかなか拭えない。


 何一つ進展しない、これが一番キツい。

 ずっと同じ作業を繰り返しているような虚無感。

 真っ暗な道をあてもなく彷徨っているみたいだ。


 今、俺たちはスライムから距離をおいて休憩を取っている。

 奴は特定の範囲で動くモノを無差別に攻撃している。

 その証拠に落ちてきた葉っぱや投げた石には反応するが、動かない木などには攻撃をしないのだ。

 まぁ、そんなことが分かっても攻略の手助けにはならない。

 

「攻撃魔術はひと通り撃ったが効果なし、打撃、斬撃も同じく」

「浄化魔術も効果ありませんでしたね」

「完全に手詰まりだ」


 溜め息が漏れてしまう。

 モカは鼻ちょうちんを膨らませて寝ている。


 何度目かの溜め息を吐いていると声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある、というか毎日聞いている声だ。

 声がする方向に顔を向けると、セラフィが大きく手を振っていた。

 もう一方の手にはピクニックバスケットを持っている。


 俺は立ち上がって、セラフィの元へ駆け寄る。


「どうしたんだ?」

「お腹空いているかなって。それにちょっと心配だったから様子を見にきたの」

「心配?」

「うん。ここのところずっと疲れた顔していたから」


 なるべく顔に出さないように意識はしていたんだけど、しっかり見抜かれていたみたいだ。


「ありがとう。ちょうど腹減っていたんだ」


 モカを起こして四人で昼食を食べることに。

 セラフィが持ってきてくれたサンドイッチは優しい味で折れかけていた気力が蘇る。

 モカとルカも美味しそうに食べている。


「美味しいです、セラフィさん」

「あの店の娘なら納得にゃ」

「そうだろう、セラフィは本当に料理が上手いんだ」

「あ、ありがとう」


 照れたセラフィが茶髪をそわそわと触りながら頬を赤らめる。

 その様子をジッと見ていたモカは、俺の方を一瞥してから頬づえをつく。


「そういうことかにゃ」

「スライムのことで何か分かったのか?」

「違うにゃ」


 モカの発言の意図が分からずに首を捻っていると、セラフィが不思議そうな表情をする。


「スライム?」

「そういえば言ってなかったな。俺たちはマーティンの依頼でスライム討伐しているんだ。ほら、あそこにいる」

「わぁ、大きなスライム。でも、大きいだけのスライムにしかみえないけど」

「実はあのスライム、ヘルムートの作った改造モンスターなんだ」


 俺はセラフィにスライムのことを説明をした。

 

「じゃあ、手順通りに攻撃をしないと倒せないんだ」

「そういうことだ。けど、あの通り赤くなってからはどんな攻撃も反応がないんだ」

「へぇ〜」


 セラフィは口元に指を添えて、スライムを眺める。

 それからポツリと呟く。


「なんか……怒ってるみたいだね」

「まぁ、真っ赤だからな」

「ずっと攻撃しているんでしょ? だったら優しくしてみるのは?」


 セラフィの提案にモカは肩を落とす。

 あ、明らかにバカを見るような目で見ている。

 失礼な。

 セラフィはとても心優しい女の子なんだ。


「お前、何言ってるにゃ。優しくするって……モンスター相手に何をどうすればいいにゃ?」

「うーん、回復魔術とか?」

「うにゃ……にゃ?」


 セラフィの一言に俺、モカ、ルカの表情が変わる。

 三人が同時に互いの顔を見合わせた。

 闇の中で光明が見えた気がした。


「回復魔術はまだ試してないよな」

「そもそも敵に回復魔術を使う発想がなかったにゃ」

「もしかしたら可能性はありますね」


 モカの言う通り、敵やモンスター相手に回復魔術を使うなんて基本的にありえない。

 そんな発想は多分逆立ちしても出てこなかっただろう。


「もう手が無いんだし、ダメ元でやってみよう」


 満場一致。

 ここはまともな回復魔術を使えるルカに任せることに。


 ルカが前に出て杖を構える。

 ありったけの魔力を込めることによって、彼女の構える杖が優しい輝きを放ち始めた。

 そして、ゆっくりと力強く詠唱した。


「──セラピア!」


 癒しの光が真っ赤に染まったスライムを包み込む。

 それをきっかけとなり、スライムの色が徐々に青くなっていく。

 さらに崩壊が始まった。

 ヴァリスの時とは違って、体が粒子のようになって消えていっている。


「………………」


 癒しの光が収まった時、スライムの姿はどこにもなかった。

 それは、この数日間にも及ぶ討伐劇が集結したということだ。


 ルカは緊張の糸が切れたのか地面に座り込んで安堵の息を漏らす。

 モカは小さく息を吐く。猫耳は疲労からか垂れていた。


「ありがとう。セラフィのおかげだ」

「そうなの? どういたしまして?」


 俺がセラフィの手を握って感謝を述べていると、モカが眠そうな声で言う。


「お前の恋人に感謝するにゃ。バカと思っていたこと謝るにゃ」

「な、何を!?」

「こ、恋人!? ル、ルーファスと私はそんな関係じゃ……」


 顔が一気に熱くなるのを感じた。

 チラリとセラフィを見ると顔が真っ赤だ。

 俺たちが照れているのを尻目に、モカはルカを立ち上がらせながら言う。


「そう思っているのは本人たちだけにゃ。討伐報告はモカたちがしておくから、お前たちは帰っていいにゃよ。疲れているのに無駄に熱いところ見せられたら鬱陶しいからにゃ」



×××



 言葉に甘えて、俺はセラフィと家に帰ることにした。

 その道中で何回か言葉をかわしたがどれもぎこちないものだった。

 モカの言葉が原因なのは言わずもがな。

 今こうして並んで歩いているだけでも、めちゃくちゃドキドキしている。


「まったくモカも変なこと言うよな。勘違いされてセラフィも困っただろ?」

「困ってないよ。むしろ嬉しかった」

「え?」


 思わずセラフィの方を見る。

 真っ赤になった顔を下に向けて恥ずかしそうにしている。

 この反応は……いくら鈍感な奴でも分かるくらい明らかだ。


 俺は彼女の思いに少しでも応えたいと思った。

 でも、どうすればいいか分からなかった。

 今できることを考えて、俺はセラフィの手に握った。


 セラフィは一瞬驚いてから、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その笑顔はとても可愛く、美しかった。

 

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