第79話 腑に落ちない結末
報告を終えた後、マーティンとしばらく談笑をしてから帰宅することに。
職員専用の通路を進んでいるとモカに出くわした。
彼女は休憩用のソファーに座り、先ほどとはうって変わってラフな格好、よく見ると黒髪は濡れ、肩にはタオルをかけていた。
手にはミルクが入ったビンを持っている。
「ギルドマスターへの報告そっちのけでシャワーか」
「わざわざ全員で報告行くことじゃないからにゃ」
「さいで」
モカはミルクを喉に流し込んでから口元を拭う。
金色の瞳は眠そうでもう少しすれば完全に閉じてしまいそうだ。
シャワー後だからとも思ったが彼女はいつもこうだ。
「一つ聞いてもいいか?」
「なんにゃ?」
俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「どうしてモカたちはギルド職員をやっているんだ?」
モカは元宮廷魔術師。
ルカの魔術センスも一級品。
正直、二人の実力なら引く手数多だろう。
ギルド職員が悪いと言っているわけではない。
しかし、この二人……特にモカのギルド職員適性はお世辞にもあるとは言えない。
質問に対してモカは面白くなさそうにため息を吐いてから答える。
「特別に教えてやるにゃ。国に依頼されてモカとルカは裏切り者を炙り出すためにここに派遣されたんだにゃ」
心臓が跳ね上がる。
セラピアでエベリナの忠告が脳裏を過ぎった。
その時は嫌がらせかとも思っていたが、今の発言を聞いたら冗談とは思えなくなってきた。
俺の驚愕している顔を見て、モカはニヤリと笑う。
「真に受けたかにゃ? 冗談にゃ、冗談」
「あのな……それ冗談になっていないからな」
「本当は知り合いに紹介されたからやってるだけにゃ。ここは文句言う奴もいないから気楽でいいにゃ。何より職場までの距離ゼロが最高にゃ」
「ここに住んでいるのか」
というより、ギルドに居住スペースがあることに俺は密かに驚いていた。
×××
翌日。
スライム討伐に向かおうと玄関のドアに手をかけた、ちょうどその時に声をかけられた。
「おい、こんな朝からどこへ行くんじゃ?」
黒い尻尾をゆらゆらと動かして、空中であぐらをかきながらこちらを見ているヴァリス。
「スライムを倒しに行くんだ。昨日話しただろ?」
「嘘じゃな。貴様、ワシに隠れて楽しいことしておるじゃろ!」
ビシッと指差すヴァリス。
その美貌は貴様の嘘を見破ってやったぜ、と言わんばかり自信満々に輝いている。
「いや、本当にスライム討伐なんだけど」
「まだ抜かすか! 楽しいことを独り占めするなぞ言語道断! 本当のことを言わぬと丸焼きにするぞ!」
「ちょっと待ってくれよ。そもそもなんで俺が嘘をついていると思うんだよ」
昨日といい、今といいヴァリスに嘘なんて一切ついてない。
それなのにどうしてこうも突っかかって来るのか不思議でしょうがない。
「顔じゃ、顔。小物を屠りに行こうとしている奴の顔じゃないんじゃ。信じられんくらい昨日からニヤけておるぞ。他の奴らも不気味に思っておるからの」
「不気味って……俺、そんなにニヤけてる?」
ヴァリスは大きく頷く。
そうか、ニヤけていたのか。
理由は考えるまでもない。
「スライム討伐は本当。ただ、そのスライムがちょっと厄介な相手で倒すために魔術を何度も使うんだ」
「じゃあ何か? 魔術を使うのが楽しくてニヤついていただけか?」
「まぁ、そうだな。信じてくれたか?」
「嘘じゃ!」
目をカッと見開いて、ヴァリスは尻尾を怒ったように床に叩きつける。
「ありえんじゃろ! 魔術使えると考えただけであんなだらしない面になるのは考えられん!」
「本当なんだからしょうがないだろ!」
「嘘つき! 嘘つきじゃ! 偉大なる龍であるワシに嘘をつくとは痴れ者めが! ティナとセラフィに有る事無い事吹き込んでやる! 天罰じゃ!」
「何だその天罰!? 地味に辛いのやめてくれ! はぁ……そこまで気になるならついてくればいいだろ」
ブンブン揺れていた尻尾がピタリと止まる。
ヴァリスはキョトンとした顔で俺を見つめた。
「ついて行っていいのか?」
「いいけど退屈……」
「それならそうと早く言え! ほれほれ行くぞ、ルーファス!」
一気に上機嫌になったヴァリスは意気揚々と屋敷を飛び出して行った。
その一分後、どこに行くのか分からなかったヴァリスはうさうさと戻って来るのだった。
×××
「昨日はどこまで行ったかにゃ?」
「炎、水、雷、土までだよ」
「規則性があれば楽なんだけどな。まぁ、改造モンスターだから期待はできないか」
「地道にやるしかないですね」
「うにゃ……面倒この上ないにゃ」
モカは昨日と同じ場所でプルプル震えているスライムを見ながら肩を落とす。
初見殺しは手順通りに攻撃しないと倒せない。
それはつまり、正しい手順を見つけるためにはそれまでの正解である攻撃もその都度与えないといけないのだ。
俺としては願ったり叶ったり。
いくらでも相手してやろうと本気で思っている。
「けど、ルーファスさんが居るおかげでかなりスムーズに攻略できていますよ」
「モカは俺の覚えていない魔術を多く覚えているし、ルカの分析、支援魔術の助けがあったからこそだ。要はお互い様だな」
「ま、確かににゃ。……ところでお前が連れてきたアイツはなんにゃ?」
モカは眠たそうな黄色い視線をある場所に向ける。
視線の先には木の上で不貞腐れながら寝ているヴァリスの姿があった。
「ちょっと色々あってな」
ヴァリスはよほど面白いものを想像していたのだろうが、結果的に現れたのは巨大なスライムだけ。
俺の言っていたことが事実だと分かった瞬間に心底退屈そうな顔をして、「つまらん、寝る」と言って今に至る。
だから言ったのに……。
「邪魔さえしなければ何でも良いにゃ」
それだけ言って、モカは視線をスライムに向けた。
×××
早朝から始めてから時間はあっという間に昼になった。
だというのに、俺たちは何一つ成果を得られていない。
土属性魔術の次に繋がる魔術が全く分からない。
一度使った火属性なども使ってみたが反応は一切なし。
俺たちは行き詰まってしまっていた。
ぶっ続けで魔術を使っていたせいでモカの表情には疲労が滲んでいた。
「少し休憩しよう。このままじゃ魔力切れで倒れるぞ」
「そうするにゃ。というか、お前は何でそんな元気なんだにゃ?」
「元から魔力量は多い方だからな。とはいえ、こうも何も進展がないと疲れてくる」
「全然そんな風に見えないにゃ」
ジッと俺を見てからモカは大きな溜め息を吐きながら、ルカの膝に頭を乗っけた。
まるでそれが当たり前かのように。
ルカは驚くことなく、あっさりと受け入れて息を荒くしている。
「前々から感じてたのが核心に変わったにゃ。お前、生粋の魔術バカにゃ」
「──っ! ありがとう、最高の褒め言葉だ」
「褒めてないにゃ」
ルカが持ってきてくれた飲み物を飲みながら、スライムへの対策について話しているとヴァリスが起きた。
俺たちとスライムを交互に見てから呆れたような表情をする。
「なんじゃ貴様らはよってたかって雑魚一匹も倒せんのか? 情けないのお」
「見た目はスライムだけど、倒し方にコツがいるんだ」
「しょうがないの。ワシが粉砕してくれるわ」
そう言ってヴァリスは勢いよく立ち上がり、力を溜めるかのように腕を回しながら、スライムへと向かっていく。
スライムには現在通じている攻撃を与えてあえて止めてある。
ここで余計なことをされたら、また最初からになってしまう。
「ヴァリス、待ってくれ! ソイツには打撃は効かないんだ!」
「抜かせ。それは貴様らが貧弱だからじゃ。ワシの天すら穿つ一撃で跡形もなく消しとばしてくれるわ」
「お、おい!」
ヴァリスの凶行を止めようとしているのは俺だけ。
何で止めに入らないのかと二人を見る。
モカはガッツリ寝ていて、ルカはモカの寝顔を信じられないくらい幸せそうな顔で眺めている。
完全に二人だけの世界に入ってやがる!
でも、和むな……じゃなくて!
俺が気を取られているうちに、ヴァリスは既にスライムの元に。
いつもは動く様子がないスライムもヴァリスの放つ威圧感を感じ取ったのか、形を変えながら逃げようとする。
だが、スライムの速度では龍を巻くことは不可能だ。
「肉片残らずに吹き飛ぶがよい!」
ヴァリスの渾身の拳がスライムに直撃。
その瞬間、スライムが激しく震え出して内側から勢いよく弾け飛んだ。
破片が飛び散って、地面が濡れる。
「グゥハハハハハハ────!! 見るがよい、ワシにかかればこの通りじゃ!」
俺は予想外の出来事に開いた口が塞がらない。
打撃はろくに効かなかったはずだ。
単純に火力不足だったのか?
いや、そんなはずは……。
だが、現実としてスライムは木っ端微塵に吹き飛んだ。
再生する兆しも見えない。
もしかして、最後の手順は打撃だったのか?
そうだとしたら辻褄は合う。
でも、これで終わったとは思えなかった。




