第78話 初見殺し
俺は少なからず驚いた。
爆発魔術を喰らっても無傷の存在がいるなんて思いもしなかった。
同時にショックを受けた。
この魔術はお気に入りであり、かなりの自信があったのに……。
モカはモンスターを一瞥してからルカの名前を呼ぶ。
「どうにゃ?」
「うん、物理無効、衝撃耐性は持っているみたい。この感じだと他の耐性もあると思う」
「だろうにゃ。とりあえずどの耐性を持っているか確かめる必要があるにゃ」
「じゃあ、ひと通り魔術を撃ってみるか」
「だにゃ」
俺とモカは杖を構える。
その数歩後ろでルカがスライムの反応を観察しようと青い目を輝かせる。
特に呼吸を合わせることもなく、俺とモカは同時に魔術を行使した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ────!!!」
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃっ────!!!」
炎、水、風、大地、雷など、ありとあらゆる魔術がスライムに降り注ぐ。
普通に考えたらオーバーキルだ。
これが並みのスライムだったら跡形もなく消し飛んでいるだろう。
というより、魔術をこんなに好き放題撃てるのがめちゃくちゃ楽しい。
最高だ!
できるなら魔術だけを撃って生活していたい。
チラリと横を見る。
黒髪と猫耳を揺らして、杖を構えて魔術を放つモカ。
様になっているというか、物凄くカッコいい。
魔術師としての威厳に満ち溢れているのだ。
魔術のキレも凄くて、目を奪われてしまう。
これほどまでに練り上げられた魔術は中々見ることはできない。
一体どれだけの努力をしたら、その境地に至れるのだろう……。
×××
楽しかった時間はすぐに終わってしまう。
魔術をひと通り試してみた結果。
「全くの無傷だな」
件のスライムは何事もなかったかのようにプルプル震えているだけだ。
小馬鹿にされている気がして腹立たしい。
それはモカも同じのようで舌打ちをする。
「『え? なにかしました?』みたいな顔して本当にムカつくにゃ」
「顔なんてあるか?」
「よく見ろにゃ。真っ正面に黒い点々があるにゃ」
言われて確認すると、確かにある。
あれが目か……果たして目として機能しているのか怪しい。
本当に目なのか?
観察していたルカが困ったような声色で言う。
「信じがたいですが、殆どの魔術に耐性があるようです」
複数耐性を持つモンスターがいるにはいる。
だが、物理、魔術──ほぼ全ての攻撃に耐性を持つなんて聞いたことないぞ。
ヘルムートの置き土産、か。
とんでもない代物を残していったもんだ。
しかも、置き場所が悪意に満ちている。
「いくら耐性があったとしても突破口が必ずあるはずにゃ。ルカ、どんな些細なことでもいいにゃ。気になったことを教えるにゃ」
「うーん……強いて言えば炎系魔術の時だけ、やけに震えていたかな」
試しに炎魔術を撃ってみた。
直撃を喰らったスライム。
炎の中にいてもさして表情を変えず──変わるのか分からない──震えているだけだ。
あー、でもちゃんとよく見ると……。
「確かに震えているな」
最初の爆発魔術と比較すると明らかに震えている。
ダメージを喰らっている様子はないが、この震え方は何かしらのヒントがある気がする。
その時だった。
スライムが激しく震え出したかと思ったら、形が変わり触手のようになってこちらへ襲ってきた。
その触手はルカへと向かう。
「ルカッ!」
モカがルカを突き飛ばし、自らを犠牲にする。
触手はモカに巻きついて宙に上げた。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫か、モカ!」
宙ぶらりんになり、一切の抵抗を見せないモカ。
なぜ抵抗しないのだろう……?
「ひんやりしていて結構良いにゃ」
「くつろぐなよ!」
この光景にデジャブを感じていると、モカが急に驚きの表情を浮かべる。
「にゃにゃ!?」
その理由をすぐに理解した。
触手が掴んでいる部分の衣服が溶け出しているのだ。
シューシュー音を立てて確かに溶けている。
「うにゃー! この変態スライム! 離せにゃ!」
流石に危機感を感じたモカが暴れ始める。
しかし、上手く身動きが取れないようで必死の抵抗も虚しいものとなっている。
魔術をめちゃくちゃに発動するが、これもダメージには至らない。
ただ、震えているだけだ。
俺はモカを救出するために魔術を行使しようとする。
風魔術で伸びている触手部分を切断すれば……。
「待ってください」
魔力も練って、いざ魔術をと思っていた時にルカからストップがかかる。
「どうした?」
なにかマズいことでもあるのか?
観察していたルカにしか分からない何かがあるのかもしれない。
そう思い、彼女の次の言葉に耳を傾けると。
「こんな展開滅多にないので、もう少し見たいです。ああ、お姉ちゃんの服が……はぁ、はぁ……全部溶けたら……ああ!」
「おい」
ルカの言葉に耳を傾けた俺が馬鹿だった。
本当に姉のことをどういう目で見てるんだ?
そう思いながら魔術を行使して、モカを救出するのだった。
×××
救出されたモカは心底不愉快そうに溶けてしまったローブを脱いで地面に叩きつけた。
幸いなことにローブ以外にダメージはなさそうだ。
本当に良かった。
ルカが少し残念そうにしているのは気のせいだろう。
うん、気のせいだ。
気のせいということにしておこう。
「大事な一張羅を台無しにしやがったにゃ。アイツ、絶対に許さないにゃ」
モカの黄色い瞳には怒りの色が宿り、言葉からも怒気が漏れていた。
「けど、モカの攻撃をあれだけ喰らってもダメージ一つないとなると本格的に困ってきたな」
後頭部をさすりながら、何事もなかったかのようにプルプルと震えているスライムを見る。
今まで多くの強敵と戦ってきた。
でも、その誰もが魔術を使えばダメージを少なからず与えることができていた。
しかし、このスライムは全くダメージが入らない。
ダメージが入らなければ倒せない。
倒れないということは強いということ。
このスライムは間違いなく強敵だ。
あまり攻撃してこないのが唯一の救いだ。
「確かにダメージはないにゃ。でも、奇妙なことはあったにゃ」
「奇妙なこと?」
「炎魔術で激しく震えていたのは確認済みにゃ? モカは炎魔術の次に水魔術を叩き込んでやったにゃ。するとどうにゃ、ヤツの震えが激しくなったんだにゃ」
モカの話を聞いてルカが指をくるくると回しながら言う。
「もしかしたら手順を踏んで倒すタイプのモンスターなのかも」
「ああ、なるほど。その可能性はありそうだな」
そういうモンスターがいるというのを噂では聞いたことがある。
一回でも手順を間違えると決して倒せないので、そういう特性を持つモンスターを『初見殺し』と呼称したりもする。
とはいえ、初見殺しの名の通り一度手順が分かってしまえば倒すのは簡単だ。
裏を返せば初見、つまり一回目が一番難しい。
なんせ何の情報もないところから手順を見つけなければいけないのだ。
とりあえず、スライムの震え具合を指標として俺たちは手順探しを開始することにした。
×××
夕方。
結局俺たちはスライムを攻略手順を完全解明することはできずにギルドへと戻ってきた。
スライムの特性や諸々のことをマーティンに報告をする。
マーティンは禿頭をさすりながら厄介そうな表情を浮かべた。
「そうか……初見殺し系のモンスターだったか。とんでもないのを遺していったな」
「正直かなり苦戦しています。なんせ手探りなので時間はまだかかりそうです」
ルカの言葉に力はあまりない。
かなり疲労しており、その証拠に猫耳がだらんとしている。
彼女は回復、防御、解析を一人で引き受けていたので疲労は相当なものだろう。
因みにこの場にモカは居ない。
ギルドに戻ってきたら、早々にどこかに消えてしまった。
きっとどこかで寝ているのだろう。
「しょうがないな。難しい相手だと思うが引き続き頼む」
「はい」
「ああ、任せてくれ」
「ところでだ。何でお前はそんなに元気そうなんだ?」
マーティンは俺に怪訝な視線を向けた。
「いや、結構疲れてるぞ」
「全然そうは見えないんだが。ニッコニコじゃないか」
「それはまぁ、めちゃくちゃ魔術を撃ったからな」
本当に久し振りだった。
こんなにも気持ち良く魔術をブッ放てたのは。
ヘルムートめ、厄介なモンスターを遺してくれてあり……許せないな。
「本当に魔術が好きなんだな……。ルーファスも大変だと思うが引き続き頼む」
「ああ、一生でも相手してやるさ」
「お、おう、頼もしいな」
マーティンが引きつった顔をしていたことに、その時の俺は全く気づいていなかった。




