第71話 私が許さない代わりに
イヴィーに連れられて、俺は街へと出た。
見ているだけで癒されそうな美しい景観なのだが、相手が相手だけに気持ちがソワソワするというかゾワゾワする。
はっきり言ってイヴィーは苦手だ。
魔王討伐パーティーとして初めて会った時から今日に至るまでずっと苦手のままだ。
美人なのは間違いないが、冷たく近寄りがたい雰囲気を常に醸し出している。
ずっと不機嫌そうで、言動の節々にトゲがあり、お高くとまると言うか高飛車と言うか……。
凄く苦手だ。
無言のまま歩く。
一体何なんだ?
急に部屋に来て、「話がある」と言われて外に連れ出されて今に至る。
しかし、今のところ話のはの字すら出てこない。
どうせなら早く話して欲しい。
気まず過ぎる。
「ねぇ」
体感で一時間近くたったところで、イヴィーがやっと口を開いた。
彼女が指差す方向にはドリンク屋があった。
「喉乾いた。あと、歩くの疲れたからどっか座りたい」
「…………」
飲み物を買い、噴水広場のベンチに腰掛ける。
今日は天気も良く、気温も丁度良い。
のんびりした時間の流れ。
しかし、俺の心はずっとざわついていた。
飲み物を飲んでも味がしない。
隣に座るイヴィーがとにかく怖い。
早く本題に入って欲しい。
俺の懇願が伝わったのか、イヴィーがようやく言葉を発した。
「ごめんなさい」
「え?」
正直、その言葉に驚いた。
彼女の口からは絶対に聞くことはないと思っていた単語が出てきたのだ。
「アンタにしてきたこれまでの行為に対して謝罪をするわ」
「あ、いや……何で急に……」
イヴィーは飲み物を膝の上に置く。
それから息を小さく吐いてから、俺に謝ろうと思った経緯を話し始めた。
「シェリルから全部聞いたわ。私たちはアンタの力を勝手に自分のものだと勘違いしていて使っていたこと。変だとは思っていのよ。今まで召喚術なんてしたことなかったのに、急にできるようになったり、口だけのオスニエル、ひっつき虫のイアンが途端に強くなったり。思えばアンタとパーティーを組んでからおかしなことが起こり始めていたし」
「…………」
「まあ、今は借り物の力も無くなってスッキリしているし。人の力を我が物顔で使うなんて気持ちが悪い」
「そうなのか。もっと突っかかると思っていた」
「オスニエルみたいに? あんなのと一緒にしないで。気分が悪くなるわ」
「婚約者に随分だな」
「あんなのと結婚するつもりないし。この旅が終わったら自分の国に帰るし」
イヴィーは不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
これ以上、オスニエルのことを話題に出すのはやめよう。
「ともかく謝罪はしたわ。これでこの話は終わりよ」
「ああ」
本当に自分勝手だな。
俺がどれほど……いや、やめよう。
あのイヴィーから形だけでも謝罪があったんだ。
それだけで良しとしよう。
「でも、これだけは言っておくわ。私はアンタのことが嫌い。ずっと昔から」
「は?」
何でそういうことを言うんだろうか?
謝って終わりでいいじゃないか。
……って、昔から?
「ほら、やっぱり覚えていない。そうよね、アンタは昔から家族や友達、仲間に囲まれて楽しそうにしていたものね」
「何のことだ? イヴィーと会ったのは魔王討伐パーティー結成の時が初めてじゃないか」
イヴィーは立ち上がって、俺を睨みつける。
しかし、その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「私の持っていないもの、欲しいものを全部持っている……だから、アンタのこと嫌いなのよ」
「イヴィー」
「要件は終わり。もう二度と会わないと思うわ。さよなら」
そう言い残して、イヴィーは去って行ってしまった。
×××
「バカみたい、バカみたい、バカみたい、本当にバカみたい」
イヴィーは滲む涙を袖で拭いながら街中を歩いていた。
ルーファスは結局、自分のことを覚えていなかった。
それ自体はすでに分かっていたことだ。
パーティーを組んだ時の他人行儀な挨拶で全てを察した。
だから、最後まで本当の出会いのことを思い出さなかったルーファスに憤りを覚えた。
嫌がらせをしていたのも一種の復讐だった。
自分勝手なことは理解している。
でも、どうしても許せなかったのだ。
「結局、誰も私のことなんて見てくれないんだ。覚えてくれないんだ」
分かっている。
ずっと昔からそうだ。
形式上では仲良く振舞ってくれても、真に仲良くしてくれる者は一人もいなかった。
自分の性格が悪いのが原因の一部だというのは分かっている。
でも、取り繕った性格の上で出来た繋がりを本物と呼べるのだろうか?
ずっと独りだ。
誰も見てくれない、誰も覚えてくれない。
魔王討伐パーティーの中でもずっと孤独だった。
どんな無茶なことを言っても、オスニエルたちは受け入れた。
本当に思ってくれるなら諫めてくれるはずだ。
でも、そんなことは一度もなかった。
どうでもいい存在だから、何も言ってくれない。
「おーい、イヴィーさん」
誰かが名前を呼んでいる。
涙を拭って後ろを振り返ると、茶髪の女の子が大きな胸を揺らしながらこちらへ走ってきた。
「セラフィ」
「良かった、帰る前に話したかったの」
セラフィは息を整えてから、イヴィーを真っ直ぐ見つめた。
ジッと見つめてから、「やっぱり」と頷いて笑みを浮かべた。
「あの時の王女様、だよね」
「────っ。覚えていたの?」
「すっごく綺麗になっていたから最初は『そうかなぁ?』くらいだったけど、今ちゃんと見たら『やっぱりそうだ!』ってなったかな」
「…………」
止まっていた涙が再び溢れ出してきた。
彼女は覚えていてくれた。
知らない街を孤独に彷徨っていたイヴィーを見つけてくれた少女。
あの時に差し伸べられた手の温もり、胸のときめきは今でも忘れられない。
彼女は、セラフィはあの頃と変わらない表情でイヴィーを見てくれいる。
「でも、驚いちゃったよ。あの王女様とルーファスが一緒に魔王討伐していた……えぇ!? 何で泣いてるの!?」
「ごめんなさい……私は、ルーファスにずっと酷いことしていたの……。貴女に笑顔を向けられる資格はないの……」
今のイヴィーにとって、セラフィの笑顔は毒だった。
自分の醜さが鮮明になってしまう。
あまりにも醜い。
セラフィは優しくイヴィーの髪を撫でた。
「でも、ちゃんと謝ったんでしょ? さっきルーファスから聞いたよ」
「でも、でも、私は……」
「自分が許せないの?」
イヴィーは頷く。
内心では思っていても表には出せない。
意地っ張りなイヴィー。
どこまでも醜いイヴィー。
「なら、私は貴女を許さない。私が許さない代わりに、貴女は自分を許してあげて」
「セラフィ……」
「イヴィーさんがこれまでどんな人生を歩んで来たかは分からない。でも、自分を責め続けるのは辛いことだから」
「ああ……あ、あああ……」
彼女のように心に太陽は持てない。
だが、太陽に照らされる資格はあったようだ。
イヴィーはとにかく泣いた。
どんなに止めようとしても、セラフィの優しさに抗うことができなかった。
どれくらい泣いたか分からない。
ただ、一つだけ分かることがある。
この日はイヴィーの人生において重要なターニングポイントになった。




