第66話 茶番
漆黒の甲冑から聞こえてきた声に俺の動きは止まってしまう。
体が動かないというのに、頭は凄い勢いで回転していた。
暗黒騎士だと?
ティナとセラフィが倒したはずじゃ……?
なぜ、オスニエルが?
何がどうなっている?
狙いは確実に俺だ。
俺の近くにいると二人が危ない。
早く逃げるように言わないと。
「二人ともに────」
「お兄様!」
俺の声を掻き消してティナが叫ぶ。
気付いた時には暗黒騎士がすぐ目の前にいた。
「────っ!?」
反射的に腰に差していた杖に手を伸ばすが、それよりも早く漆黒の剣が襲いかかる。
ダメだ。
間に合わない。
ダメージを負うことを覚悟した俺だったが、攻撃はいつまで経っても来なかった。
建物の屋上にいた。
視線の先にはさっきまでいたカジノ。
そのカジノの入り口には暗黒騎士──オスニエルの姿が見えた。
「大丈夫ですか? お兄様」
ティナの声で何が起こったのか理解した。
空間跳躍で俺、それにセラフィを飛ばしてくれたのか。
「ああ、助かったよ。ありがとうティナ」
「妹としてお兄様を守るのは当然ですから」
突然のことで驚いていたセラフィは呼吸を整えてながら疑問を口にする。
「なんで暗黒騎士がここにいるの? それにあの人、ルーファスに突っかかってきてた……」
「分かっているのは標的は俺ということだけだ。だから、二人とも逃げてくれ」
「それではお兄様が!」
「そうだよ、ルーファスを置いて逃げるなんて出来ないよ!」
心配と不安が混じった声をあげるティナとセラフィ。
奴から漂う禍々しい魔力は明らかに危険な雰囲気だ。
それに加えて、果てしなく暗くて重苦しい憎悪と全身を突き刺すような痛々しい殺意。
その全てが俺に向けられているのを理解しているから二人は不安の色を隠せないのだ。
俺は二人を安心させるように言う。
「大丈夫だ。本当に危なくなったら逃げるから」
「でも……」
「それに、これは俺とオスニエルの問題だ。こんな下らないことに二人を巻き込みたくないんだ」
そう、これは俺たちの問題だ。
他の人を巻き込んでいいわけがない。
二人は完全に納得したわけではないが了承してくれた。
退避する前に俺はティナに言伝を頼んだ。
ティナは頷いて、セラフィを連れてその場から消えた。
やはり空間跳躍は便利だな。
すると、タイミング良くオスニエルが俺の存在に気付いた。
甲冑の力でオスニエルはたった一回の跳躍で俺の元へ。
そのまま剣を構える。
「殺して、やるぞ! ルーファス!」
「逆恨みも大概にしろ!」
漆黒の剣が闇夜を走る。
闇に紛れているせいで剣の長さがハッキリと分からない。
いや、闇夜だけが原因じゃないような……。
俺は防御障壁を展開する。
直後にオスニエルの一撃を受け止める。
衝撃が走る。
火花が飛び散り、剣の全容が露わになった。
それを見て、剣の長さが分からない理由が分かった。
暗闇のせいだけじゃなかった。
漆黒の剣はドス黒い魔力によって刀身を覆っていたのだ。
魔力は流動してる──形を常に変形させているから刀身の正確な長さが判断できない。
魔力を纏った剣撃の威力はなかなかのものだ。
オスニエルは憎悪に体を委ねて、剣を何度も振り下ろす。
数十回を超えた辺りで防御障壁にヒビが入り、やがて砕け散った。
「…………」
後退しようと体重を後ろに傾けたところにオスニエルの拳が腹部に突き刺さる。
甲冑の硬さに速度が乗り痛みが襲う。
吹き飛ばされて、何度も転がりながら屋上から放り出された。
咄嗟に縁に手をかけて落下を防ぐ。
「死ねぇぇぇ────!!!」
オスニエルは手のひらにドス黒い魔力を掻き集め、圧縮させる。
まともに喰らえば大ダメージは避けきれない。
自身に強化魔術をかけてから、壁を蹴って圧縮させた魔弾を回避して、距離を置くことに成功した。
魔弾は俺がいたところに着弾し、大爆発を引き起こす。
煙が風で掻き消えて初めて露わになる破壊の爪痕。
あれ?
思ったよりも……被害は少ないな。
少し気が抜けてしまっているところに、オスニエルが追撃してくる。
漆黒の剣による斬撃、魔弾、肉弾戦。
絶え間なく続く攻撃。
それを俺は全ていなせている。
これは……もしかして弱い?
斬撃や打撃に重さはある。
確かにある。
でも、それは通常時のオスニエルと比べての話だ。
見た目で完全に怯んでいた。
見かけ倒しもいいところだ。
こんなことなら、ティナに言伝──プネブマに加護の調節を早急に頼む必要はなかったな。
「ルーファス!!!」
オスニエルの大振りな一撃を交わして、俺は強化した拳を思い切り叩き込んだ。
拳は甲冑を難なく砕いて、オスニエルに会心の一撃を喰らわせた。
勢いよく地面に叩きつけられて、オスニエルは完全に沈黙した。




