第63話 おはよう魔術、おやすみ魔術
カジノということで正装して行くことになった。
何事も雰囲気は大切だ。
着替えを終えた俺はロビーでみんなを待っていた。
平静を装っていながらも内心ではかなりソワソワしていた。
意味もなくソファーに座ったり、立ち上がったりを繰り返す。
「お待たせ。って、ルーファスだけ?」
「ああ」
少ししてからやって来たのはセラフィだ。
普段見慣れないドレス姿に見惚れてしまう。
セラフィは忙しなく自分の髪を触りながら、顔を赤らめながら俺を見る。
「変じゃないかな?」
「いや、凄く綺麗だよ」
「あ、ありがとう」
俺とセラフィは顔を真っ赤になり会話が続かない。
何だろう。
凄くドキドキする!
普段なら特に何も考えなくても話題が出てくるのに今は全く出てこない。
幼馴染みのいつもと違う一面を目の当たりにして緊張している。
誰も来ないので俺たちは座って待つことにした。
ソファーに座ったからと言って話題は湧いてこない。
あれ、普段って何話していたっけ?
ダメだ。
全然思い出せない。
とはいえ沈黙は少しばかり気まずい感じがする。
どうにかして話題を振り絞ろうと頭を回転されていると、セラフィの方から話しかけてきた。
「そういえば聞いたことなかったよね。ルーファスが勇者パーティーにいた時のこと」
確かにセラフィは勇者パーティー時代のことは一度も聞いてこなかった。
だが、それは……。
「あえて聞かないでくれていたんだろ? 俺が話したくなさそうだったから」
「それは買い被り過ぎだよ。ルーファスが話したくないのは知っていたけど、それ以上に聞きたくなかったの。魔王を討伐する旅なんて辛いことが多そうだから」
セラフィは苦笑いを浮かべた。
「でもね、イヴィーさんたちを見たらちょっと知りたくなちゃった。私の知らないルーファスを」
「それは……」
「いいの、今じゃなくても。いつか、ルーファスが話したくなったらでいいから」
微笑むセラフィ。
彼女だけじゃない。
ティナも冒険者仲間たちも魔王討伐の旅については殆ど聞いてこなかった。
きっと誰もが俺に気を遣ってくれていたんだろう。
俺は本当に人に恵まれている。
「昼間、勇者パーティーの一人と会ったんだ」
「え? イヴィーさん? それともオスニエルって人?」
「いや、もう一人居るんだ。イアンって言うんだ。彼は前の戦闘で重傷を負って入院している」
「そうなんだ」
昼間の出来事を俺はセラフィに話した。
セラフィにとってイアンは全く知らない人物でどんな人間かも分からない。
イアンを中心とした話は退屈というか状況がよく分からなかったかもしれない。
それでも彼女は真剣に俺の話を聞いてくれた。
「ごめん、こんな話を急に」
「ううん、でもどうして話してくれたの?」
問いかけに俺は上手く答えられなかった。
なんで急に話し出したのか自分でも分からなかったから。
この感情をどう表現すればいいのか俺は考える。
「聞いて欲しかったのかもしれない。俺が少しでも過去と向き合えたことを」
「………………」
「正直、魔王討伐の旅は俺にとって辛いものだった。でも、今日少しだけ克服できた気がするんだ」
俺はセラフィの目を見て宣言した。
「ちゃんと折り合いがついたら一番最初にセラフィに話す。だから、それまで待っていてくれないか?」
「うん。待っている」
セラフィは頬を赤らめてから、嬉しそうに頷いた。
その表情に俺は再び見惚れてしまった。
「お二人とも見つめ合ってどうしたんですか?」
突如入り込んできた声に俺の意識は現実に引き戻された。
覗き込んでいるのはドレスアップしたティナだ。
顔が凄まじく熱くなるのを感じた。
「こ、これは……その……」
「あの、えっと……」
「いいえ、お兄様、セラフィさん。皆まで言わなくても大丈夫です。……ティナは甥っ子でも姪っ子でも大歓迎です!」
「物凄い勘違いをしている!?」
お姉さん組がやって来るまで俺はティナの誤解を解いていた。
因みにその間、セラフィは顔を真っ赤にして俯いたままだった。
×××
全員集まったところでカジノへと向かった。
みんなで仲良く道中を進んでいく中で俺はティナ、お姉さん組のドレス姿を確認する。
ティナは可憐の一言だ。
流石は最愛の妹。
何を着ても似合うが、今着ているドレスは最上級に似合っている。
願わくば一時間くらいじっくりと眺めていたい。
フェリシアは麗しの貴婦人って感じだ。
生前は資産家ともあって、社交界などで何度もドレスは着ているのだろう。
その着こなしは完璧で感動の声が漏れてしまう。
で、残りの二人なのだが……。
「いつも通りなんだな」
ヴァリスとプネブマにこれといって変化はない。
まぁ、二人とも普段からドレスっぽい服装だが違和感はない。
でも、どうせなら粧し込んだ姿も見てみたかった。
「正装しろなど人間の尺度での話じゃろ? 偉大なる龍であるワシには関係ない。仮に文句言ってきたらカジノとやら破片一つ残さずに破壊してやるからの」
「文句一つで店を壊そうとするな! というか、その格好なら問題ないよ」
当然じゃ、とヴァリスは鼻を鳴らす。
一方、プネブマの方は。
「つか、ウチって精霊じゃん? 人間の作った服とか肌に合わないつーか、重くて着たら動けなくなる感じ」
「なるほど」
確かにプネブマの身体は魔力によって形作られているため重さと呼べるものはない。
服を着て動けなくなってしまうなら、仕方ないと言う他ない。
まぁ、ちょっと露出が激しいが……うん、問題ないだろう。
問題ないということにした。
「そうだ、プネブマに聞きたいことがあったんだ」
「んー?」
「『大精霊の加護』ってどんな効果なのか聞きたいんだ」
昨夜のシェリル姉さんの考察を交えて、魔術のコントロールが上手くいかない悩みを打ち明けた。
話を聞き終えたプネブマは「あー」と呟き、
「もしかしなくてもウチの加護のせいだわ」
あっさりと原因特定された。
『大精霊の加護』は全能力向上、魔術の効力超強化、回復魔術の超絶強化の効果を対象に付与するらしい。
「やっぱり……。加護はありがたいんだけど、小回りが効かないのは結構辛い」
本音を言えば、どこでも魔術を使いたい。
特に理由がなくても魔術を使いたい。
だが、有り得ないくらい魔術の威力が上がってしまってからは好き放題使えなくなってしまった。
「魔術とか強ければ強いほど良くね? って感じで加護ってたわ。んじゃ、状況に応じた威力になるように調整するから、よろー」
「え? できるのか?」
「ウチの加護だから余裕余裕」
信じられないくらい簡単に悩みが解決してしまった。
ということは、これから俺は好きな時に、好きな場所で魔術を使えるのか?
めちゃくちゃ嬉しい!
え? 待って?
ってことは回復魔術も使えるのか?
周りから「お前の回復魔術は人を殺す」と馬鹿にされ続けていた回復魔術を?
「あ、回復魔術だけは無理めなんで、マジ謝罪」
「え?」
「ウチって癒し系の大精霊じゃん? 加護ってる時点だけで回復魔術は強制的に強化されるって感じ」
「俺の回復魔術はネタ魔術から抜け出せないのか……」
「つか、ウチがいるから回復面は問題ないっしょ」
「全くもってその通りだ。これからもよろしくな、プネブマ」
俺の回復魔術は永久にネタ魔術となったのだ。
恐らく二度と日の目を浴びることはないだろう。
さようなら、回復魔術。
その事実に泣きそうになった。




