第62話 和解
翌日。
俺はシェリル姉さんの案内で治癒宮へとやって来た。
院内はガラガラだった。
本来なら多くの怪我人や病人がいるはずだが、今はロクに人が居ない。
原因は間違いなくプネブマだ。
苦しんでいる人を助けるのは良いことだと思うが、なんか申し訳ない気分になる。
受付でイアンの病室を教えてもらって、そこへ向かう。
扉の前に立ち、手を伸ばす。
が、止まってしまう。
勇者パーティーにいた時のことがフラッシュバックしてしまう。
二人きりの時は罵倒などはしてこなかったイアン。
でも、オスニエルやイヴィーたちと罵倒してきたのは事実だ。
正直、会うのに抵抗がないわけではない。
その証拠に手が止まってしまっている。
でも……。
「どうしたの?」
シェリル姉さんが覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だ」
俺は病室に入る。
イアンはベッドの上で編み物をしていた。
編み物?
あの、イアンが?
イアンは俺とシェリル姉さんの存在に気付く。
特に俺の方を見て、驚きをあらわにした。
「ルーファス……」
立ち尽くしている俺と呆然としているイアン。
ゆっくりとイアンがシェリル姉さんの方を向く。
「何で、シェリルとルーファスが一緒に? その前に何でここにルーファスがいるの?」
シェリル姉さんが状況を説明する。
全てを聞き終えたイアンは納得したように頷いた。
しかし、何か妙だ。
俺の知っているイアンと今ここにいるイアンが別人のように見える。
これは一体どういうことだ?
俺が疑問に思っているとシェリル姉さんが言った。
「イアンの印象が違う?」
「あ、ああ」
すると、イアンがシェリル姉さんを呼んで耳打ちをする。
聞き終えたシェリル姉さんは、イアンの肩をポンと叩く。
「大丈夫、ルーファス君は器が大きいんだから」
「でも……」
「友達の私を信じて」
説得されたイアンは俺の方へと顔を向けた。
「貴方に謝りたい……でも、その前に知ってもらいたの。本当のわたしを」
真剣な眼差しに俺は頷く。
そして、イアンの告白を聞いた。
衝撃だった。
俺の知っているイアンは武道以外何も興味が無い、無骨な男だった。
だが、実際は武道になんてこれっぽちも興味が無く、可愛いものが好きな男……いや、乙女だった。
しかも、オスニエルのことが好きだときた。
あまりの情報量に頭が追いつかずに目眩を起こしそうになった。
「ルーファス、ごめんなさい。わたしはオスニエルに嫌われたくない一心で貴方を拒絶していた。自分たちの弱さを貴方のせいにしていた。本当に……ごめんなさい。いくら謝っても許してもらえるなんて思っていないけど……うぅ、うっ……」
イアンが涙を流しながら、何度も何度も頭を下げてきた。
俺はゆっくりとイアンに近づき、肩に手を置いた。
「話してくれてありがとう。俺は本当のイアンを知れて良かった」
「ルーファス……」
「傷が残っていないと言ったら嘘になる。でも、俺はイアンを許すよ」
イアンは本当の自分をさらけ出し、謝ってきてもくれた。
勇者パーティーでちゃんと謝罪してくれたのはイアンだけだ。
「ありがとう……ありがとう、ルーファス……」
ふと、シェリル姉さんの方を見ると嬉しそうに親指を立てていた。
初めからこうなることは分かっていた、という感じだ。
その後、俺たちは色んな話をした。
最初こそぎこちなかったが、徐々に慣れてきて軽口を言い合えるようにもなっていた。
「あの時の強化魔術、本当に死ぬかと思ったのよ!」
「それは本当に申し訳ないことをしたと思っている」
「イアンは知っている? ルーファス君の回復魔術の威力」
「え? ルーファス、回復魔術使えたの?」
「いや、まぁ、一応は」
「回復過剰過ぎて、逆に体を破壊しちゃうの。だから、故郷では殺人回復術師って呼ばれているの」
「何それ!? 恐ろしい!」
本当のイアンはよく喋り、よく笑った。
自然体であり、何よりも話しやすかった。
俺は思ってしまう。
このイアンとパーティーを組めていたら、何か変わっていたのかもしれない、と。
×××
治癒宮を後にした俺とシェリル姉さんは宿へと向かって歩いていた。
俺は言う。
「ありがとう、シェリル姉さん」
「ん?」
「シェリル姉さんが誘ってくれなかったら、俺はイアンに会うことはなかったし、本当のイアンを知ることができなかった」
シェリル姉さんはにこやかに笑う。
「弟弟子と友達が禍根を残しているっていうは何か嫌だったから。でも、あれよ。イアンが良い子じゃなかったら、こんな提案なんてしなかった」
「そうだな。イアンは良い奴だった」
オスニエルとイヴィーも……と一瞬思ったが無理だと悟った。
イヴィーは正直、何を考えているのか分からない。
だが、再会した時に向けてきた視線。
あの負の感情を含んだ瞳は……。
オスニエルは言わずもがなだ。
×××
宿に着き、自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ヴァリスに出くわした。
「貴様、どこにいたんじゃ?」
どうやら俺を探していたみたいだ。
「ちょっと、見舞いにな」
「見舞い? まぁ、どうでもよい。おい、早く夕食を食べるぞ」
「夕食?」
時間は夕刻。
別の夕食を撮っても早過ぎるということはないが。
なぜか、ヴァリスは少し急いでいる。
その証拠に黒い尻尾が忙しなく動いている。
「夕食の後、カジノとやらに行くんじゃ!」
「カジノ?」
「うむ、娯楽施設らしくての。フェリシアが行きたいらしい」
「へぇ、お母さんが」
昔、行っていたのだろうか?
「ともかくじゃ、早く夕食を食べるぞ!」
「あ、ああ」
ということでカジノへ行くことになったのだ。




