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第61話 禍々しい咆哮


 あらゆる癒しの方法があるこの場所で、苦痛に顔を歪める男が一人。

 麗しい美貌、その頬に深く刻まれた傷からは鮮血が溢れている。

 傷口を押さえる手も赤く染まっていた。


 繊細さの欠片もない歩きで都を徘徊する姿はあまりにも醜い。

 夜ということもあり、外に出ている人は少ない。

 そのおかげで醜態を大衆に晒す心配はない。


 オスニエルは呪詛のように言葉を呟いていた。

 誰かに聞かせる訳ではない。

 ただ、体の奥底から溢れ出る負の感情を吐き出しているだけ。

 それは排泄となんら変わらない。


「クソ……ルーファス。僕は絶対にお前を許さない」


 その瞳には激しい憎悪が渦巻いていた。

 怒りで体が震える。


「ルーファスは絶対に何かをしたんだ。そうでなければ……クソ、卑怯者が……。僕がルーファスに負けるなんてありえないんだ……」


 オスニエルは自らの敗北を決して認めない。

 王族として生まれた時点で、勝ち続けるのが定められている。

 敗北などあってはならない。


 それが、魔術すらろくに使えない無能魔術師に負けるなど断じてありえない。

 脳裏に先の戦闘の光景が浮かぶ。

 喉に突きつけられたナイフ。

 命に手がかかる恐怖。


 ルーファスの表情。

 あれは憐れみだった。

 この僕に、王子に憐れみを向けるなんて。

 ふざけるな。

 絶対に許さない。


「……殺してやる」


 ついに口にしてしまった本音。

 それはオスニエルが他者に初めて感じた本気の感情だった。


 その負の感情が呼び寄せたのかもしれない。

 あるいは単なる偶然なのかもしれない。

 だが、それはオスニエルの目の前に唐突に現れた。


「な……なんだ……?」


 闇が蠢いている。

 いや、目の錯覚だ。

 よく確認すると、それは漆黒のローブを羽織った人だった。

 フードを深く被っているので顔は見えず、闇と同化しているので体の大きさも曖昧になっている。


「誰だ?」


 オスニエルは剣に手を添える。

 しかし、刀身が折れた剣で何が出来るのかは分からない。


 闇は問いに対して簡潔に答えた。


『魔王』

「ま、魔王だと!? そんなバカな……こんなところにいるわけがない!」

『それは思い込みというのもだ。魔王は城にこもって勇者をひたすら待っているとでも?』


 それもそうだと思ってしまった。

 オスニエルの父親である国王もずっと玉座に座っているだけではない。

 納得させられたことに苛立ちを覚え、オスニエルは剣を抜いて構える。


『ほう、そのなまくらで我と対峙するか。しかし、今のお前に我と戦うことができるか? ルーファスに手も足も出ずに完膚なきまでにやられ、傷心中なのでは?』

「────っ!? 見ていたのか……」

『ああ、見ていたさ。お前の負けっぷりに思わず吹き出しそうになったぞ』


 魔王の嘲笑にオスニエルは激昂し、斬りかかった。

 しかし、折れた剣は空を斬る。

 一切の手応えがない。

 その場から忽然と消えた魔王の姿を必死に探す。


『無駄だ。お前では我に触れることは永劫に叶わない』


 オスニエルの背後に魔王。

 いつの間に……。

 闇夜のせいか、魔王の動きが全く見えない。


『そんなに敵意を出すな』

「何を!」

『お前はなぜ我を倒そうとする?』


 魔王の問い。


「貴様は人間にとっての脅威だ。存在するだけで多くの人々が恐怖に苦しむ」

『つまらない答えだ』

「────っ」

『大義のためなどと理由をつけているが、本心は我を倒したことによって得られる名誉と賞賛だろ? 素直になれ』

「そんなことは……」


 フードの奥から覗く瞳に圧されて、オスニエルは言葉を続けることができなくなる。

 体も動かない。

 恐怖、している。

 目の前の魔王という存在の重圧に体がいうことをきかない。


『力をくれてやろう』

「力……?」

『我にとって邪魔な存在がいる。そして、その存在はお前にとってもだ』

「誰だ?」

『分かっているだろう? ──ルーファスだ』


 ルーファスが邪魔?

 魔王がなぜルーファスを知っている?


『お前に力をくれてやる。その力を持って、ルーファスを打ち倒せ』

「断る」

『口では何とやらだな』


 魔王が懐から何かを取り出した。

 それは何かの欠片だ。


『力を手にした時、お前がどんな行動をとるか楽しみだ』


 魔王は楽しそうな口調で呟く。

 そして、オスニエルの体に欠片を押し込んだ。


「ぐ……あぁ、ぐあああああああああああああ────っ!?」


 その瞬間、オスニエルの全身から禍々しい魔力が吹き出す。

 魔力がオスニエルを包み込む。

 全ての負を詰め込んだような魔力は体を精神を蝕んでいく。


 自分が。

 オスニエルという存在がドス黒い魔力によって食い尽くされていく。

 理性が瓦解していく。


「あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああ──────っ!!!」


 全てを蝕まれ、剥き出しになった本能が魔力と融合していく。

 黒い魔力が変質していく。

 堅く、より堅牢に。

 それはオスニエルの肉体を守る甲冑だ。


 禍々しい甲冑、禍々しい魔力。

 折れていた剣も魔力によって補強され、漆黒の剣へと変貌を遂げていた。


 その姿を見つめ、魔王は口元を緩ませる。


『やはり使い勝手が良いな。憑代さえあれば何度もでも蘇ることができる』


 癒しの都に禍々しい咆哮が轟いた。


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