第59話 無意味な決闘
運命のイタズラというのはこういう事なのだろう。
四皇将の一人、ヘルムートを倒した俺たちは慰安旅行をすることにした。
行き先は癒しの国の首都、セラピア。
1日目は全員で色んな癒しスポットを巡り、2日目──今日は自由行動となっていた。
俺はティナと街を適当に歩いていた。
最愛の妹と歩くだけでも俺は幸せなのだ。
ティナも楽しそうにしてくれて気分は最高潮だった。
そんな時に俺たちはシェリル姉さん、それからイヴィーと再会をした。
シェリル姉さんは純粋に嬉しく、イヴィーは少し言葉に形容し難かった。
そのすぐ後、オスニエルもやってきた。
彼は言いがかりをつけてきた。
そして、決闘を申し込まれ、俺はそれを受け入れた。
出来るなら話し合いで解決したかったが、オスニエルの瞳を見たら無理だと悟ったのだ。
そして、現在。
「行くぞ! ルーファス!」
オスニエルがいきなり斬りかかってきた。
俺は反射的に魔術を行使してしまいそうになるがこらえる。
こんな街中で俺が魔術を使ったら被害がとんでもないことになってしまう。
それはできない。
上半身を反らして一撃をかわし、距離を取る。
オスニエルが迫ってくる。
「ティナ! ナイフを貸してくれ」
「はい、お兄様!」
俺はティナからナイフを受け取り構える。
ナイフ……というか、刃物はあまり使ったことはない。
だが、不思議と何をどうすればいいのか感覚で分かる。
「そんなもので僕と戦うなんて良い度胸だな!」
度胸も何もないだろう。
決闘なんていうくらいならこちらにも武器をくれ。
それに手ぶらの相手にいきなり斬りかかるのは勇者として、王子としてどうなんだ?
オスニエルが攻撃を続ける。
その剣はお世辞にも早いとは言えなかった。
俺は剣の軌道にナイフを添えて斬撃をいなす。
「なにっ!? このっ!」
オスニエルは驚愕しつつ、歯を食いしばりながら更に攻撃を放つ。
単調で遅い攻撃を全てナイフで対応する。
流石に剣だけの攻撃だけでは駄目だと思ったのか、オスニエルは勢いよくしゃがんで足払いを仕掛ける。
だが、あまりにも見え見えな攻撃。
かわして下さいと言っているようなものだ。
俺はかわしてから、立ち上がってきたところに拳をオスニエルの顔面に叩き込んだ。
「があ゛あぁ!?」
オスニエルは地面に倒れ込み、頬を押さえる。
口の端から鮮血が伝う。
俺はオスニエルを見下ろす。
今まで散々、俺を馬鹿にしてきた、無能と蔑んできた奴が……俺を見上げている。
正直、殴ってやりたいという気持ちはあった。
でも、いざ殴ってみたらなんてことはない。
それどころか虚しいだけだ。
俺は正直、オスニエルが嫌いだった。
いつでも冷静で強くて正義感に溢れ、人望もある、完璧な人間だと思っていた。
彼に正論を言われるのが苦痛だった。
彼に使えないと言われるのが辛かった。
彼に存在価値を否定される毎日は地獄だった。
だが、俺に反論は許されなかった。
オスニエルは完璧だから言うことは全て正しい、と周りが盲信していたから。
けど、離れて冷静に見てみたら何てことはない。
オスニエルは完璧なんかじゃない。
どうしようもなく弱く、身勝手で、小さい人間だということが分かった。
俺はこんな奴を怖がっていたのか……。
「この無能がぁぁぁ────っ!」
オスニエルが血を飛ばしながら叫び、俺に斬りかかってきた。
剣術の基礎の欠片もないめちゃくちゃに振り回される剣。
ナイフで受け止め、体を捻ってかわす。
オスニエルの攻撃は一度も当たっていない。
当たる気がしない。
あぁ……どうしてオスニエルが小さく見えるのか分かった。
これまでに戦った者たちと比べてしまっているからだ。
ヴァリス、蒼炎の九尾、そして、ヘルムート。
全員が想像を絶するくらいに強かった。
彼らに比べればオスニエルなど。
それを自覚した瞬間、オスニエルに向けていたあらゆる感情が霧散した。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────っ!!!」
「──カルテリコス」
大振りに振り下ろさた剣は俺が展開させた防御壁に勢いよくぶつかる。
甲高い音が響き、刀身が折れた。
刀身は弾かれ、オスニエルの頬を切り裂いた。
「ぐうぅ……ルーファスゥゥゥゥゥゥ────!!!」
オスニエルが拳を突き上げる。
俺は一瞬で懐に潜り込み、喉元にナイフを添える。
「もうやめよう、オスニエル」
喉元のナイフを見て、オスニエルは顔を引きつらせ汗を滴らせる。
それから綺麗な顔を盛大に歪めて、俺を睨みつけた。
「ぐっ……ぐっ……」
そして、膝から崩れ落ちる。
「あ゛ああああああああああああ────っ!!! 僕が、僕が弱いわけないんだ! 全部、ルーファスが悪いんだ! 僕は悪くない! 絶対に僕のせいじゃない!」
拳を何度も地面に叩きつけて、オスニエルは号哭する。
その姿は惨めの一言だった。
彼に近寄る者は一人もいない。
仲間であるイヴィーも冷たい視線を送るのみ。
しばらくするとオスニエルは立ち上がり、俺を睨みつける。
その瞳に宿るのは怒りではなく憎悪だった。
そして、頬の傷を押さえながら去って行った。
オスニエルの後ろ姿は小さく、憐れだった。




