第51話 勇者パーティーの崩壊⑬
私はわずかに赤面しつつ、エベリナに顔を向ける。
背後から突き刺す冒険者たちの視線が痛い。
あぁ……やっちゃった。
違うのよ、みんな。
本来の私は常に余裕を持った美しく、賢い女性なの。
「貴女って意外に怖いのね」
敵にまで言われた。
凄くショックなんですけど。
じゃあ、私と同じ経験してみてよ。
絶対にああなるから。
気を取り直して。
「ここからが本番よ。覚悟しなさい」
「面白い余興ありがとう。消し炭にするけどいいかしら?」
エベリナの手のひらに業火が顕現する。
微笑みながら業火を手足のように操る姿は美しく、目を奪われそうになる。
業火は形を変えていく。
それは弓だ。
続いて矢を作り出し、業火の弦を引く。
「──【浄火の矢】。何て技名どう?」
矢が放たれる。
火の粉を散らしながら、凄まじい速度で私に迫ってくる。
私は動体視力を限界まで強化し、矢の動きを完全に把握する。
「──グラニティス」
土が盛り上がりドーム状に矢を包み込む。
矢の威力がどれほどなのか不明なので、念のためにドームの四方に土壁を何重にも出現させる。
くぐもった爆音が土のドームから聞こえた。
次の瞬間、ドームで抑えられなかった爆発の衝撃が土壁を貫く。
砕け散った土の塊が宙を舞う。
「──アエラス」
私は風魔術を使い、浮かぶ土塊を飛び道具として利用する。
暴風によって土塊は加速。
一つ一つが必殺の威力。
これで倒せるとは思っていない。
あることが確認出来ればいい。
「本当に器用ね」
エベリナは指を鳴らす。
すると、業火の殻が彼女を包み込むように展開する。
業火の殻は相当な火力を誇っている。
その証拠に土塊が触れた瞬間に熔けてしまう。
攻撃を全て受け切ったエベリナは業火の殻を解除してから溜め息をついた。
「機転の良さは目を見張るものがあるわ。でも、そんな小手先の攻撃だけで私に勝てるとでも思っている?」
「………………」
「もっと強力な魔術使ったらどうかしら? このままだったら無意味に魔力を消費していくだけよ」
私は呼吸を整えて、エベリナに宣言する。
「お気遣いありがとう。でも、もう私の勝ちは確定したから」
「随分と強気な物言いね。もしかして、そう言って自分を鼓舞している?」
「虚勢かどうかは数分後に分かるわ」
私は自分の背後に複数の魔方陣を同時展開させた。
脳神経が焼き切れそうになり、激しい頭痛が警鐘を鳴らす。
鼻血が溢れ出す。
エベリナの顔に張り付いていた余裕が消える。
この後に起こることを予想して業火の殻を展開。
私は魔術の一斉行使を開始した。
ありとあらゆる属性の魔術がエベリナに襲いかかる。
業火の殻がエベリナへの直撃を全て守りきる。
「────っ」
彼女へのダメージはない。
それでも私は猛攻を止めない。
次々と魔術を発動する。
一つ行使し終えたら、すぐさま新しい術式を展開する。
頭痛が激しくなる。
体がこれ以上の魔術行使をやめろと訴えている。
でも、無視。
ここで無茶しないとエベリナには勝てない。
彼女の業火の殻は確かに強力だ。
恐らく大抵の攻撃は防いでしまうだろう。
絶対防御、と言っても過言ではないかもしれない。
しかし、弱点がある。
それは、長時間行使が出来ないことだ。
正確に言うなら、長時間行使はエベリナ本人にダメージが来てしまうのだ。
いくら守るといっても炎だ。
炎の中にずっといたらどうなるかは想像に難くないだろう。
まぁ、流石に焼け焦げるようなことはないだろうが、熱で体力は相当削られていくだろう。
その証拠にエベリナは業火の殻を長時間展開をしない。
攻撃を受ける瞬間のみ。
「くっ」
エベリナの表情に焦りが浮かんでくる。
ついでに汗も滲んできている。
私はそれを確認して距離を詰めた。
攻撃の手は緩めない。
なんなら業火の殻をより堅牢にしてあげよう。
私は風魔術をわざと放つ。
風によって業火の殻が激しく燃え盛る。
「なっ……」
「そろそろ解かないと蒸し焼きになるんじゃない?」
「貴女がさせてくれないんでしょっ」
ぐぅ……かなりキツくなってきた。
けど、もう十分だろう。
私は全ての魔法陣を破棄する。
怒涛の攻撃が止んだことを好機と思ったであろうエベリナが業火の殻を解除する。
その瞬間、私は風魔術によって自分を加速させてエベリナの懐に潜り込んだ。
驚愕するエベリナ。
しかし、すぐに笑みを浮かべる。
滝の汗を流しているとは思えないほどの余裕の笑みだ。
「魔術を使う者が距離を詰めるなんて愚策じゃないかしら? それに魔術行使の速度なら私の方が早いわ」
エベリナは炎魔術を発動しようとする。
私はそれよりも早く、掌底をエベリナの腹部に叩き込んだ。
確実に入った感触。
衝撃が腹部から背中へと突き抜ける。
「か、はっ……?」
困惑するエベリナ。
完全に動きが止まった彼女に対して渾身の打撃を連打する。
殴って、蹴って、また殴って。
反撃の機会を絶対に与えない。
というか、反撃なんてできないだろう。
彼女は生粋の魔術師。
それこそ超一流だ。
私が今までに出会った魔術師の中でも五本の指に入る実力者だ。
そんな人物が魔術以外の技を学んでいるとは思えない。
そこが大きな落とし穴なのよ。
「これで……終わりっ!」
足を踏みしめ、腰を回転させる。
全ての力が乗った拳がエベリナを貫く。
エベリナは吐血して、白目を向きながら前のめりに倒れこんだ。
私は鼻血を拭いながら、倒れているエベリナに向かって呟く。
「貴女の敗因はたった一つ。──賢者を相手にしたことよ」




