第49話 勇者パーティーの崩壊⑪
これは夢なのでは、と思ってしまった。
実はすでに寝ていて疲労のせいで奇妙な悪夢を見ている。
そう思いたい。
だって、こんなのいくらなんでも怖過ぎるもの。
しかし、だ。
全身にのしかかる重み。
聞こえてくる荒い息遣い。
その全てが現実だと訴えている。
「あ、あの……イヴィーさん?」
「あっ、起きてくれたのね。ふふっ、寝間着姿のシェリル可愛い」
月明かりに照らされて、イヴィーの姿がはっきりと見えた。
先ほどまでとは打って変わって、がっつりメイクしているんだが。
というか、スタイル物凄く良い。
顔もスタイルも良いのに性格だけどうしてこうも残念なの?
世の中って世知辛い。
「イ、イヴィー、冗談にしては過激じゃないかな?」
イヴィーはずっとニコニコしている。
それが凄く怖い。
イアンの時とは全く違う、異質の恐怖が私に襲いかかってきている。
イヴィーが顔をグッと近付ける。
「オスニエルは私を切るんでしょ?」
「──っ。聞いてたの?」
あの食堂にいたの?
全然気付かなかったんだけど。
いや、待って。
前の街でイアンと買い物していた時といい、広場で休憩していた時といい……。
コイツ、もしかして私のストーキングしてね?
「別にどうでもいいわ。もう、魔王とかどうでもよくなっちゃたし。王国じゃなくて自分の国に戻るけどね。私を辱めたオスニエルとの婚約は破棄するって決めたわ」
「………………」
イヴィーはさらに顔を近付ける。
互いの鼻先が触れそうな距離だ。
気分が悪くなってきた。
「唯一の心残りが貴女よ」
「そ、そう」
イヴィーは顔を真っ赤に染めてもじもじする。
そんな格好で今さらなんだけど。
口をパクパクしてから、覚悟を決めたようにイヴィーは言う。
「シェリル……。私、貴女のことが好き」
あ、あぁぁぁぁ…………。
やっぱりそうだよね。
この展開なら告白するよね。
なるほど、好きでも何でもない相手に告白されるのってこんな感じなんだ。
どうしよう。
何一つとしてときめかない!
でも、何か言わないと。
「あ、き、気持ちは嬉しいよ?」
「本当! 嬉しい! シェリル好き! 好き好き、大好き! 愛しているわ!」
私は徐々に接近してくるイヴィーを手で押し返す。
すると、イヴィーは私の手を掴んで自分の胸に押し付けた。
でっか! 柔らか!
何これ凄いんですけど!?
「私、シェリルと離れたくない。だから……一つになりましょう?」
って、胸に感動してる場合じゃない!
怖い!
怖い、怖い、怖い!!!
え、待って!?
今、純潔喪失の危機なんだけど!
清くて美しい私の初めてがコイツ?
絶対にありえないんですけど!
変なことするんじゃないかと思っていたけど、本当にしやがった!
しかも、何で私が被害者なの!?
イヴィーは顔を真っ赤にしながら迫ってくる。
その唇が私の唇を奪おうとする。
凄いわ!
この状況をどうにかしようとして、頭が超高速で回っている。
その証拠に凄く世界が遅く動いているもの。
賢者と言われた私が導き出した答えは実に単純なものだった。
「あっ……」
瞬間、イヴィーの体が勢いよく跳ねて力なく私の上に倒れこむ。
「うげぇ……お、重い」
私は何とかベッドから抜け出して安堵の息を漏らす。
イヴィーは完全に気を失っている。
何をしたかというと、イヴィーに電撃を与えて気絶させたのだ。
今日ほど魔術が使えて良かったと思うことはない。
「私の純潔、簡単に奪えると思うな」
と、カッコつけて言うが体は震えまくっている。
心臓は未だにバクバク鳴っている。
とりあえず、深呼吸して落ち着こう。
「さて、と。コイツはどうするか?」
一人で運ぶのは大変だ。
かと言って、傷心中のイアンを叩き起こして手伝わせるのは申し訳ない。
「はぁ……やるしかないか」
私は自分に強化魔術をかけて、イヴィーを抱える。
流石に意識を失っている人間を持つのは一苦労だ。
「んん……シェリル……」
うわ言で私の名前を呟くイヴィー。
彼女の頬には涙が伝っていた。
あぁ……コイツもしかして……。
「………………」
やめてくれ。
これ以上、荷物は抱えたくないの。
イヴィーを自室に押し込んだ。
せっかくお風呂に入ったのにまた汗をかいてしまった。
かと言って、このまま寝るのは気持ち悪い。
そういうわけで、この時間でもやっているであろう大浴場に行くことにした。
×××
宿を出ると、そこにはオスニエルがいた。
一人ではなく誰かと一緒だ。
オスニエルは私に気がつくと近付いてきた。
「シェリル、こんな時間にどこに行くんだ?」
さっき、あんな事があったにも関わらずオスニエルは平然としていた。
コイツのメンタル凄いな。
そのメンタルの強さ、少しでいいからイヴィーに分けて。
「ちょっと大浴場に。その人は?」
オスニエルの隣にいたのは赤髪の女性だ。
かなり背が高く、出ているところは出ていて、色気たっぷりだ。
娼婦か?
いや……いや、いやいやいやいや……まさかっ!
「ああ、彼女はエベリナ。イヴィーの代わりにパーティーに迎え入れようと思っている人だ」
その瞬間、全身が総毛立った。
体に溜まっていた疲労などを無視して、魔力を全力で練り上げる。
そして、大声で叫ぶ。
「オスニエル離れて!」
「シェリル、何を言っているんだ?」
馬鹿だ、馬鹿だと思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
呆れて言葉も……いや、出る。
ありとあらゆる罵詈雑言が出る。
「馬鹿! その女は四皇将よ!」
私とエベリナが同時に魔術を放つ。
互いの魔術が相殺された衝撃波が街に広がる。
エベリナは舌舐めずりをしながら、
「あら、残念」
「エ、エベリナ……?」
困惑した様子でオスニエルが問いかける。
エベリナは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「勇者パーティーがこの街に来たという情報が入ったから、私が直々に出てきたのよ。でも、拍子抜けしちゃったわ。貴方、凄く弱いんだもの」
「────っ」
エベリナが私に顔を向けた。
ジッと見つめて納得したように笑みを刻む。
「賢者シェリル。なるほど、この程度の勇者がここまで来れたのは貴女のお陰ね」
ほほう。
魔王軍の間でも私の存在は知られているようね。
まぁ、当然よね。
だって、私は賢者だもの。
って、喜んでいる場合じゃなかった。
「『赫灼の魔女』エベリナ・バレロ。ここで私に会ったのが運の尽きよ」
「あら、随分と強気なこと」
先の衝撃波で宿で寝ていた人が次々と起きてきた。
その中にはイアンとイヴィーもいた。
イヴィーにもう少し強いのを浴びせておけばよかった。
チィ……どいつもこいつも寝ていればいいものの。
すると、剣を構えたオスニエルが私の前に立つ。
は? ちょっと邪魔なんだけど。
「おのれ、謀ったな卑怯者め」
「騙される方が悪いんじゃない?」
「問答無用! 覚悟しろ四皇将! この勇者オスニエルがお前を斬る!」
この……馬鹿野郎──っ!!!




