第39話 スタンピード
「ティナはこのことをギルドに伝えてくれ」
「承知しました。報告後、すぐにティナも戦闘に参加します」
言葉の直後、ティナの姿が消えた。
今頃ギルドの受付に魔王軍襲来のことを伝えてくれるだろう。
空間跳躍の時間効率最強だな。
冒険者たちがここに来るまでに、モンスターの侵攻を食い止めるのが俺たちの任務だ。
「──アトミス!」
俺は上に向けて水魔術を放つ。
上空に上がった水は重力によって、雨のようにモンスターたちに降り注ぐ。
水浸しになったモンスターたちに向けて続けて魔術を行使する。
「──ケラヴノス!」
電撃が杖からほとばしる。
直撃した瞬間に電撃が水を浴びたモンスターたちを一瞬で消し炭にする。
「お願い、ラピス!」
セラフィの言葉に応じて、ラピスは九尾の先に青白い炎の球体を創り出す。
尻尾を振り回し、炎弾を解き放つ。
炎弾を警戒したヘルムートが回避を指示するが遅い。
凄まじい爆発が大量のモンスターを一瞬にして飲み込む。
その威力に本能的恐怖を感じたモンスターたちが逃げる態勢をとるが、それよりも先に二撃目が着弾。
続けざまに炎弾が七発。
合計九回の爆発により、相手側の陣形はめちゃくちゃだ。
ヘルムートが額に汗を滲ませながら陣形の再編成を行おうとするが、俺たちは追撃を決して止めない。
「フン、雑魚をいくら集めたところで雑魚は雑魚じゃ」
ヴァリスが不敵な笑みを浮かべて印を結ぶ。
「──【穿て覇龍の鋭爪】」
厳かに呟いた次の瞬間、大量のモンスターたちの頭部、上半身、下半身が切り裂かれる。
鮮血が撒き散らされ、切断された体が地面に落ちて誰の部位なのか分からなくなる。
声を上げる暇も与えない一撃。
「お母さんの凄いところ見せてあげる」
フェリシアの口調はいつもと変わらないが、身に纏う魔力は尋常ではない禍々しさがあった。
これが悪魔を取り込んだ者の魔力……。
「──えっと、エルクシだったかしら? えーい」
適当に詠唱するフェリシア。
彼女に攻撃しようとしていたモンスターたちの動きが唐突に停止する。
徐々にモンスターたちの表情が険しくなり、焦りが浮かびあがった。
呻き声を上げると比例して、体が押し潰されていく。
やがて、不可視の重圧に耐え切れなく体がひしゃげた。
重圧の余波で地面が抉れ、そこにモンスターたちの肉片や鮮血が溜まる。
グロッ!
そして、エゲツないな!
あまりにもグロい攻撃に俺だけではなく、セラフィも引いていた。
「みんなヤバ過ぎ。ウチも良いとこ見せなきゃっしょ」
プネブマはやる気があるのか分からないトーンで喋りながら肩を回す。
ダラダラと歩いているのは格好の獲物だったのだろう。
モンスターたちがニヤリと笑い襲いかかった。
そのモンスターを見つめながら、プネブマが指を鳴らす。
地中から勢いよく木が伸びて、モンスターたちに巻きつき動きを完全に封じる。
「甘過ぎウケる。来世マジ頑張り案件じゃね?」
彼女が指を鳴らした瞬間、木が凄まじい勢いでモンスターを締め付けて完全に息の根を止める。
それからプネブマは手を地面に触れる。
大地に亀裂が走り溝を生み出す。
その溝は広まりモンスターたちを次々と飲み込んでいく。
「はい、ご臨終〜」
次の瞬間、大地がプネブマの意思に応じたように元に戻っていく。
溝に落ちたモンスターは迫る大地の力に為す術もなく命を散らしていった。
「クソォ! 何なんだ貴様らは!?」
ヘルムートの怒号が響き渡る。
彼の周りにはおびただしいモンスターの亡骸。
生き残っているのは100体前後ってところだろう。
「おい、加勢に来たぞ!」
冒険者仲間たちやギルドマスターのマーティンが完全武装で現れた。
彼らは戦場を見た瞬間に呆気に取られる。
「これ、お前らだけでやったのか……?」
「信じられねぇ」
「俺ら来た意味あるか?」
「大有りだ。相手は魔王軍四皇将なんだ」
人数は多ければ多いほど良い。
俺はヘルムートに意識を向ける。
彼は憤怒の形相で俺を睨みつける。
その背後、ナイフを構えたティナが出現した。
「────っ!?」
凄まじい反応速度でヘルムートはティナの一撃を剣で受け止める。
ティナの舌打ちが聞こえた。
直後にティナの姿が消えて、再びヘルムートの背後に出現する。
「ちょこまかと……ガキが!」
またしても一撃を受け止めて、鍔迫り合いになるティナとヘルムート。
すると、ヘルムートの表情が変化する。
「お前……まさか……」
何だ? あの表情は?
俺からはティナの後ろ姿しか見えないが、ヘルムートの口の動きを見るからに喋っているようだ。
瞬きをすると、ティナは俺の隣にきていた。
「駄目です。警戒心が高くて暗殺は無理そうです」
「流石は四皇将ってところか。……ティナ、奴に何か言われたのか?」
「たわいのない恨み言です。お兄様を敵に回したのが運の尽きです、と言い返しておきました」
ヘルムートは大きく息を吐き、冷静さを取り戻す。
だが、瞳の奥には凄まじい怒りが宿っている。
「ああ、そうか……。限界まで強化したモンスター程度では貴様らを殺すことは無理ということはよく分かった。ならば……」
ヘルムートが剣を地面に突き立てて、自分の指を噛みちぎる。
溢れる鮮血を剣に垂らす。
剣を伝って、鮮血が地面に付着した途端に召喚陣が二つ出現する。
召喚陣が禍々しい光を放ち、モンスターが召喚された。
一体はあまりにも巨大なゴーレムだ。
街を囲う壁よりも大きい。
しかし、その巨体は歪みに歪んで不恰好極まりない。
普通のゴーレムとは異なり、岩石だけではなく煉瓦や木材、塔のような物まで取り込んである。
一体は漆黒の甲冑を着込んだ騎士だ。
渦巻くドス黒い魔力は圧倒的な威圧感を撒き散らしている。
その手に握られているのは漆黒の諸刃の剣。
「これこそが我が切り札! 滅ぼしてくれるぞ、人間共!!」




